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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
2年生

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side伊織 ⑤

 結局、夏目の部屋をどれだけ探してもスマホは見つからなかった。


 スマホがなくても、そりゃ生活はできる。

 でも、乙葉に連絡できないことがいちばん気がかりだった。


 絶対、心配してるよな。

 いや、そもそも朝の電話に出なかったことを怒ってるかもしれない。


 頼んでいた電話にも出ず、連絡も一切来ないとなったら乙葉はどうするんだろう。


 怒ったり、呆れたり、心配したり、いろんな乙葉を想像しながらも、心に重い鉛を抱えたようなもどかしい一日を過ごした。





 火曜日。


 夏目はその後も自分の部屋の中を一人で探してくれたみたいだが、「やっぱりない」「俺んちでなくなるって、なんか申し訳ない」と言われた。


 必要のない罪悪感を抱かせていることに、かえってバツの悪さを感じてしまう。

 夏目は何も悪くないのに、本当に俺のスマホはどこに行ったんだろう。


 その日の夜、再度実家に電話したら新しいスマホを買うしかないのでは、と言われた。


 まあ、それも仕方がないのかもしれない。


 それと、やっぱり悪用のことを考えて、携帯会社や警察に連絡した方がいいんじゃないかとも言われた。

 そっちの方は親がやってくれることになったが、とりあえずあと一日探してみることになった。





 水曜日。


 午前の講義を終えて学食で昼ご飯を食べようとした矢先、夏目が昼休みにはそぐわない真面目な顔つきで言い出した。


「俺、考えたんだけどさ」

「うん?」

「やっぱり、俺んちでスマホなくなるっておかしくね?」

「異次元につながってない限りはな」

「それだよ。勝手になくなるわけない。でもお前が最後にスマホ使ったのは俺の部屋だ」

「そうだな」

「ってことは。誰かが持ってるんじゃないかって」


 え?


 俺は思わず真向いに座っていた大我を見た。


「え、俺じゃねえよ。俺持ってねえし」


 と言って、大我は横に置いていた自分のカバンを持ち上げ、中をガバッと開いて見せた。


「ほら、見ろよ」

「いや、お前だと思ったわけじゃない」

「なんだよそれ」

「もちろん、俺でもない」


 無罪の主張に躍起になっている大我を尻目に、真面目な顔を一切崩さず夏目は続ける。


「ほかにいるだろ。あの日うちに来た……」



 あ。



 俺たちはお互いに顔を見合わせた。


「あいつか」

「なんだっけ、名前」

「さ、おとめ……?」

早乙女(さおとめ)花梨(かりん)だ」


 あの日、夏目の部屋に来た同じ班の女子は2人いた。


 そのうちの1人、早乙女花梨には実は少し手を焼いていた。なぜかというと、自分で言うのもだいぶ烏滸がましいのだが、あいつは俺に対してそれとなく色目を使っていたからだ。


 しょっちゅう、耳障りな甲高い声で「藤野くーん」と寄って来ては一方的にあれこれ話しかけてくる。


 誰が見てもそうとわかるほどあからさまなアピールだったから、俺は鬱陶しくてろくに相手をしていなかった。牽制のためにわざとらしく乙葉の話を持ち出しては「俺の可愛い彼女が」とか「彼女が世界一可愛い」とか言って自慢していたのに、あいつは全然めげずに突撃してくる。


 なんか、瞳子を思い出すな……。


「早乙女って、あんまいい噂聞かないんだけど」


 そう言った大我は、顔の広さも相まってどこからかいろいろな情報を集めることに長けている。中には信憑性に欠ける噂レベルの情報もあるにはあるが、大我のもたらす情報はそれなりに信頼度の高いものも多かった。


「伊織だけじゃなくいろんな男に声かけてるとか、何人かと同時につきあってるとか」

「あー」


 何となく察することができて、俺と夏目は同時に渋い顔になる。


「仲良い女子ってのはあんまりいなくて、1人でいるか、特定の男と2人でいるかが多いんだってさ。小泉さんも発表のグループで一緒になったときだいぶ嫌がってたし」


 小泉というのは、講義の発表で同じグループになったもう一人の女子だ。あまり話もしなかったし印象は薄いが、グループを作るとなったとき人数制限や「必ず男女混合のグループにすること」という指示の絡みで一人余ってしまって、早乙女と組むことになった経緯だけは知っていた。


 小泉が早乙女を嫌がっていたなら、発表の準備作業をするのになかなか都合が合わないと言い訳していたことにも納得がいく。


 要するに、できるだけ顔を合わせたくなかったわけだ。


「これは推測だが」


 夏目は小さく手招きし、俺と大我の顔を引き寄せてから声を潜めた。


「あの日、うちに来た早乙女が、ちっともなびかない伊織に痺れを切らしてスマホを持ち出したとしたら」

「何のために?」

「それは知らないけどさ。でもあの日、お前早乙女に何か言わなかったか?」


 聞かれて、俺は考える。


 あいつ、鬱陶しいくらいひっきりなしに話しかけてくるから、俺もめんどくさくてろくに返事すらしてないんだよな。

 しかもあのときは発表の準備をしていたわけだし、相手をしている余裕はあまりなかったはずだ。


 あ、でも。


「そういえばあのとき、あいつが『明日朝イチだし起きれるかなー』とか言ったから、『俺は彼女にモーニングコールしてもらうから大丈夫』って言った」


 それか。


「うわ、それでヘソ曲げてスマホ持ってったわけ? もうそれ意地悪のレベルじゃなくね?」

「もしほんとにそうだとしたら、友だちが少ないのも頷ける」

「で、どうする?」

「証拠はないし、言ってすぐ返してくれるとも思えない」

「むしろ疑われたって大騒ぎしそうだな」

「めんどくせえ」


 俺たちは頭を抱えた。


「今日中に見つからなかったら、もう携帯会社に連絡することになってんだよな」

「そうなるよな」

「あと、警察にも」

「あー」

「それだ!」


 声を潜めて話していたはずの夏目がいきなり大声を出して前のめりになり、俺を指差した。


「なんだ?」

「罠を仕掛けよう」

「罠?」

「お前がスマホなくして、これから警察に届ける話をあいつにそれとなく聞かせるんだよ。警察が絡んで来たらあいつもさすがにやばいと思うだろ。多分見つからないように返してくると思うから、その現場を押さえる」

「現場押さえるのか?」

「返してもらうだけでいいのかよ?」


 いや、よくない。


 もしも本当に早乙女が俺のスマホを持ち出したんだとしたら、絶対に許せるはずがない。


 俺たち3人は真剣な表情で頷き合った。

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