3 知り合いか?
「じゃあ、文化祭実行委員は桐生忍と望月乙葉でいいなー?」
担任の柏木先生が言うと、「いいでーす」という誰かの返事とともにバラバラと拍手が起こった。
結局、こうなってしまった。
引き受けておいて、今更なんだけど。
「乙葉ってば、ほんとにやるのー?」
振り返った持田瑠々が、揶揄うようにくすくすと笑う。
前の席に座る瑠々とは、あれ以来かなり仲良くなっていた。
雅さんに文化祭実行委員に誘われたと話したら、「うちのお姉があれだけは絶対にやるなって言ってた」「とんでもなく忙しいしとんでもなく大変だし引き受けたら間違いなく高校生活詰むらしいよ」などと真顔で脅されるくらいには仲良くなっていた。
それなのに、生徒会のメンバーでもある昂ちゃんや雅さんと仲良くしている私の名前を挙げる声に押され、気づいたら実行委員を引き受けてしまっていたのだ。
入学して2ヵ月弱、私にとって2人のそばは本当に居心地が良くて、2人に可愛がられる時間はこの上ない至福の時でもあった。でも2人と一緒にいられる時間は限られていて、雅さんが言う通り2人と一緒の文化祭はこれが最初で最後なのだ。
この際日頃の恩返しをしてもいいかなと思うのはそんなにおかしいことじゃないはずだし、本当に軽い気持ちで引き受けただけだったのに。
まさかこの選択がその後の私の人生を大きく変えてしまうことになるなんて、このときはまだ知る由もなかった。
文化祭実行委員の第1回目の顔合わせの日。
私は生徒会室に一緒に向かうべく、もう1人の実行委員である桐生くんに声をかけた。
「よろしくね、桐生くん」
桐生くんは、最終的にジャンケンで負けて選ばれてしまったので、あからさまにとても不機嫌そうだった。
「ああ」
一瞬だけこちらに視線を向けて、だいぶ愛想の欠けた表情を見せる。
桐生くんって、普段もあまり自分から話すタイプではなさそうだから、こういう係はできるだけやりたくないんだろうな。
いや、やりたくないのはみんな一緒か。
そうでもないのは私だけか。ははは。
生徒会室に着くとすでに何人かの生徒が集まっていて、黒板の前で何やら数人の人と話し込んでいた雅さんが私を目ざとく見つけて駆け寄ってきた。
「乙葉ちゃん!」
なんだかやけにニマニマしている。ニマニマを抑えきれないらしい。
美女のニマニマは、眼福なのかどうなのか。
「お疲れさま。1年生はこの辺の席に座ってね」
「うわ、生徒会の仕事してるまともな雅さん、初めて見たんだけど」
「なんてこと言うのよ乙葉ちゃんたら。私、これでもれっきとした生徒会副会長よ?」
雅さんはバシバシと私の腕を叩きつつ、全知全能の女神のような笑顔を見せる。
でも、今の一連のやり取りで超絶美少女かつみんなの憧れでもある雅さんに対してとんでもなく失礼な態度の1年生がいる、と思われたらしい。ちょっと、まわりの視線が痛い。
辺りの空気が途端にアウェー感を醸し出してきたので、ここは大人しくしていよう、と黙って席に座ろうとしていたときだった。
「なんだ雅、知り合いか?」
上から声が降ってきた。
見上げると、声の主と目が合った。
優しそうな、それでいて深い闇を隠すような、そんな目だった。
「あ、藤野くん。この子、昂生の幼馴染の乙葉ちゃん」
「あー、あの隣の家の子か? 入学したって言ってたもんな」
やだ、昂ちゃんてばなんで私の話をいろんな人にしてんのよ。
昂ちゃんがまわりの人たちに一体私の何をどう話していたのかすこぶる気にはなるものの、ここはちゃんとしたところを見せねば(そしてさっきの挽回をせねば)と思い、真面目な1年生ぶって挨拶した。
「1年C組の望月乙葉です。よろしくお願いします」
「やだ乙葉ちゃん、どうしちゃったの? そんなキャラじゃないでしょ」
……ちょっと、雅さんが容赦ないんですけど。
私は雅さんの反応を完全にスルーし、取り繕うように急いで嘘くさい笑顔を貼りつけてみる。
さっきの先輩は私と雅さんとのやり取りの一部始終を興味深そうに見ていたけど、
「俺は3年A組の藤野伊織。よろしく」
とこちらも至って真面目に返してくれた。
3年A組ってことは、昂ちゃんや雅さんと同じクラスらしい。
「藤野くんは3年連続で実行委員やってくれるの。わかんないことは何でも聞いて、教えてくれるから」
雅さんの説明に藤野先輩はすごく得意げな顔をしてるけど、瑠々の言ってたことを考えたら3年連続でこの仕事引き受けるって一体何者なの? という疑問しかなかった。