26 心配かけてごめん
そして、金曜日の朝。
いつものように目覚まし時計代わりのスマホが鳴ったから何気なく画面を見ると、先輩からLINEが来ていることに気づいた。
驚いて飛び起きて、LINEを開く。
「心配かけてごめん」
「浮気は絶対にしてない」
「愛してるのは乙葉だけ」
「今日ちゃんと説明する」
え。
ちょっと、待って。
今まで、「好き」と言われることは何度もあったけど「愛してる」なんて言われたことはなかったから。
あ、愛……?
愛してる……?
私はとりあえず画面を二度見して、それから凝視して、照れくさいような信じられないような気持ちになって、それから記念にとそのLINEの画面をスクショした。念のため、2回。
登校して教室に入るなり瑠々の席まで駆け寄って、まるでどこかのご隠居の印籠のようにLINEの画面を見せた。
「良かったー」
瑠々は私に抱きついて、昨日と同じようにまた泣きそうになっていた。
瑠々の反応に、私もうれしさやら安堵感やらいろんな感情が込み上げてきてもらい泣きしそうになる。
目を潤ませて瑠々を見返すと、どうやらスマホの画面のある部分に目を奪われていたらしい。
「私も知ってたけどさ、乙葉ってほんとに先輩に『愛されてる』んだね」
にんまりと揶揄うような訳知り顔をされ、涙も引っ込んでしまった。
まあでも、今回のことに関しては瑠々の揺るぎない“先輩への信頼感”というものに私自身が救われていたから、何も文句は言えない。むしろありがとう、しかない。
桐生くんに話すと「でもまだ、決着はついてないからな」と不満げではあったけど、その声は幾分丸みを帯びていた。
直接先輩からちゃんと話を聞いて、浮気じゃないと100%言い切れないうちは桐生くんも諦めてくれないのかもしれないけど、きっとわかってくれると思う。
でも。
夜になれば、きっと先輩から電話が来て、今回のことをちゃんと説明してくれる。
何が起こっていたのかの全容を知りたい気持ちはもちろんあるけど、それよりもやっと先輩と話せるという未来が待ちきれなくて、その日の授業の内容はちっとも頭に残らなかった。
放課後。
桐生くんが「俺、今日数馬んとこ寄ってくわ」と誰も聞いていないのに嬉々とした様子で言い出した。
「ちょっと、いろいろ話したいことあるしさ。数馬もいつでも来ていいって言ってるし顔出してこようかと思って」
そんな桐生くんが微笑ましくて、スキップでもしそうな背中を瑠々と2人で見送った。
桐生くんの姿が見えなくなったあと、そのままの姿勢の瑠々が何やら難しい顔つきになって話し出す。
「ねえ、おとといさ、桐生が数馬くんにLINEしてみるってなったとき、これで先輩の浮気がはっきりすれば乙葉が先輩と別れてくれるかもしんないから、とかひどいこと言ってたじゃない?」
「あー、そういえばそうだったね」
「あれって、ほんとにそう思ってたのかな」
瑠々はあのときの桐生くんを思い出しているのか、どこか苦々しい表情になる。
「そういう気持ちも確かにあったのかもしれないけど、ほんとは数馬くんにLINEする口実がほしかっただけなのかなあ、なんて思って」
「どうだろうね。あのとき桐生くん、LINEするとなったらわりと迷いなくLINEしてたと思わない?」
「あー、そうだったかも」
「あれ見て、ずっとこういう機会を待ってたのかなって思ったんだよね。だからいざLINEするってなったとき、すぐ送れたのかなって思って」
「ほんとはずっと、連絡したかったのかな。いろいろあってできないうちに時間が過ぎちゃって、ああでも言わないと行動できなかったのかな、なんてさ。素直じゃないというか、何というか」
「桐生くん自身も言ってたじゃない? こういうのは勢いが大事だって」
あの時点での私たちは、2人の間の複雑な事情など知る由もなかった。
葛藤や後悔、迷いや戸惑いに縁どられた2人の中学時代を思うと複雑な気持ちにはなるけれど。
それでも、これからの2人に「幸あれ」と強く思う。
「えー、でもさ、そうなると結局桐生っていいやつなの? 腹黒なの? どっち?」
瑠々は困ったような半笑いを見せた。
それから2人で帰ろうと玄関に向かうと、とっくに帰ったと思っていたはずの桐生くんが慌てた様子でこちらに向かって戻ってくる。
「あれ、桐生くん?」
「どうした、桐生」
「あ、お、乙葉ちゃん!あの、せ、正門!早く!!」
「は?」
「正門に……!!」
桐生くんは切羽詰まった様子で正門の方を指差し、はあはあと息を切らしている。
正門?
私は正門の方に目をやった。
瑠々も何事かと目を凝らす。
そのときふと、あることに思い当たって。
気づいたら、駆け出していた。
そして正門まで辿り着くと、
「乙葉」
聞き慣れた声がして、気づいたら先輩の腕の中にいた。
触れるだけでわかる。
先輩の匂いも、腕の強さも。
「な、なんで?」
「ごめん、乙葉」
先輩はそれだけ言って、私を強く抱きしめた。密着しすぎて、息苦しささえ感じるほど。
そして、
「心配かけてごめん。傷つけてごめん。でも、会いたかった」
苦しそうにつぶやく先輩の低く抑えた声が耳元をかすめた。




