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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
2年生

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24 元気そうだな

「数馬……」


 桐生くんは出てきた数馬くんを凝視したまま、完全に固まっている。


「忍、元気そうだな」


 桐生くんを一瞥した数馬くんは、表情を変えずに「LINE返さなくて悪かったな」とだけ続けた。


 それから私を見て、


「乙葉だろ」

「は、はい! 私、乙葉です。望月乙葉です!」

「知ってるよ。クリスマスのとき家に来てただろ」


 そう言って数馬くんは、意味ありげに口元を緩ませる。

 あ、なんか、この人にはいろいろ知られてるのかも、と思ったらまた急速に恥ずかしくなった。


「家の前でバカ騒ぎされると近所迷惑になるからさ。とりあえずみんな入れば?」


 決して快く、とは言えない雰囲気ではあったけど、数馬くんに促されて私たちは中に入った。




「で? 俺に何の用?」


 リビングに通された私たちは早速数馬くんに遠慮なく切り込まれ、お互いに気まずい思いで顔を見合わせた。


 何をどう説明するかの打合せも何もしてなかった私たちだけど、とにかく数馬くんに連絡を取ろうと思いついたのは私だし、ここは言い出しっぺの私が行くしかない。


「あ、あの」


 私は思い切って話し出した。


「ここ2、3日、先輩と全然連絡が取れなくなってしまったんです。何か大変なことがあったりしてないかと思って……数馬くんに聞けば、何かわかるかと思って来ました」

「ああ……」


 数馬くんは何かを察したようにつぶやいて、そしてあっさりと答えた。


「兄貴さ、スマホなくしたらしいんだ」

「え?」

「昨日かな? 夕方ごろ家に電話が来てさ。なんかスマホが見つからないって、なくしたかもって言ってて。一応連絡しといた方がいいかと思って家に電話してきたっぽい」

「え? ほんとに?」


 思いがけない唐突な真相の説明に、私は感極まって涙が溢れ出そうになる。


「じゃ、じゃあ、先輩はいき、生きてる…?」

「お、おう。少なくとも昨日の夕方まではね」


 数馬くんは私の反応を大袈裟だとでも思ったのかちょっと苦笑いして、それから柔らかい声で尋ねた。


「今日また夜に電話かけてくることになってるから。何か伝言でもしとく?」

「は、はい!」

「でも、浮気疑惑は解決してねえよ」


 桐生くんが納得いかないというように語気を強めて、横から口を挟んだ。


「浮気?」

「あ、それは……」


 私は、そもそもの発端になった月曜日の朝の電話について説明する。 

 黙って話を聞いていた数馬くんは少し何かを考えてから、


「うーん。でもなんかそれ、おかしくない?」

「おかしい?」

「うん。兄貴は月曜の朝からスマホが見当たらないって言ってた。そのおかしな電話の前に、最後にやり取りしたのっていつ?」

「日曜日の夜かな。大学の講義の準備で友だちの家に来てるって、画像が来て」


 私は自分のスマホを出して、そのとき先輩から来たLINEを見せた。


 先輩のパソコンやノートや、友だちと思われる人の足がちらっと写ってる画像と「勉強なう」という言葉。その後も友だちの部屋で準備作業をしている先輩から何度かLINEが送られてきたから、そのたびに返事をした。


 最後に「無理しないでね」と返して、そのやり取りは終わっている。

 ちなみに、そのときの時間は「22:16」である。


「兄貴も、日曜日の夜までは確実にスマホはあったって言ってた。でも月曜の朝になって、ないことに気づいたって。あと、日曜日はそのまま友だちの家に泊まったから、そこでなくしたことはわかってるんだけど探しても見つからないって。な、おかしいだろ?」


 ん?


 私たち3人の誰一人として数馬くんの問いかけに反応できない。

 大きなクエスチョンが頭に浮かぶばかりの私たちに、ふふふ、と小さく笑いながら数馬くんは続けて説明してくれた。


「つまりさ、兄貴は日曜の夜から月曜の朝にかけて友だちの家に泊まってそこから動いてない。スマホを最後に使ったのは日曜の夜だとしたら、スマホだってそこにあるはずだろ?なのに、ないらしい。でも月曜の朝に乙葉が電話したとき出たのは?」

「え、知らない女の人だったよ」

「ってことは?」

「女の人が先輩のスマホを持ってる……?」

「そうなんじゃない? どういうわけなのかは知らないけどさ。友だちの家に兄貴のスマホがそのままあったんだとしたら、乙葉から電話が来たときに気づいて出られるはずだろ?」

「ほら、やっぱり!」


 突然、大声で立ち上がって喜色を露わにしたのは瑠々だった。


「今の話だと、先輩は浮気してないってことですよね? どういうことかわからないけど、先輩のスマホを知らない女が持ってて、乙葉の電話に出たってことですよね?」


 瑠々のインパクトに気圧された数馬くんは、「ああ、多分」としか返せなかった。


「ほら、私と乙葉は浮気したなんて最初から思ってなかったんだから! 疑ってたのは桐生だけです!」


 瑠々は何故か得意げに、胸を張って凛と言い放った。


 一瞬呆気にとられた数馬くんだったけど、そのうち何となくほのぼのとした表情になる。


「確認なんだけど。あんたたち、みんな同じ高校?」


 言われて、私たちはみんなろくに自己紹介もしてなかったことに気づいて、ちょっと微妙な雰囲気に包まれた。


 そんなわけでここに来てから妙に口数の少ない桐生くんが、私のことはもちろん瑠々のことも改めてちゃんと紹介してくれた。


 同じ高校に通ってること。

 1年生からクラスも一緒だってこと。

 先輩のことももちろん去年から知っていること。


 「なるほどね」と納得した数馬くんは、拍子抜けするくらいはっきりと断言した。


 「まあ、でもその子の言う通り、兄貴は多分浮気なんかしてないよ」

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