23 鬼畜の所業
桐生くんは固い表情を崩さずに続けた。
「藤野先輩の弟、数馬っていうんだけどさ。俺とはクラスは違ったけど部活が一緒で、わりと仲良かったんだよ。でも2年生になって少ししてからだんだん学校に来なくなって、部活にも来なくなって。クラスで何かあったらしいんだけど、詳しいことはよくわからない。でも、人に会いたくないって言ってたらしいんだよね。今どうしてるのかは全然わからないけど」
桐生くんは中学時代の記憶を辿るのがつらいのか、話しながらだんだん弱々しい声になっていく。
せっかくすごいこと閃いたと思ったのに、軽々しく「連絡取って」なんて言えない深刻な現実を突きつけられた私は呆然とするしかなかった。
「そっか、それじゃあ……」
「いや」
桐生くんがどこか緊張した面持ちで、制服のポケットからスマホを取り出す。
「ダメ元でLINEしてみる。返事来るかどうかは期待しないでほしいけど」
「え、いいの?」
「うん。俺も、数馬がどうしてるかずっと気になってたんだよね。ほんとは藤野先輩にも聞きたかったんだけど、結局聞けなくてさ。人に会いたくないって言ってるやつに連絡取っていいのかわかんなくてずっとそのままになってたんだけど、こういうのは勢いも大事かなって思って」
そう言って早速LINEを開き、さくさくと迷いなく操作していく。
「何なの桐生。やっぱりいいやつなの?」
瑠々が何だか微妙に不満そうな顔でつぶやくと、
「これで数馬に連絡が取れて、結局ヤバいことは何も起こってなくて、やっぱり先輩が浮気しただけだってわかったら乙葉ちゃんも先輩と別れる気になってくれるかもしんないじゃん」
「何それ、結局自分のためだけに動いてるわけ? もはや鬼畜の所業」
気を許しそうになった反動なのか、瑠々はいつも以上に嫌悪感を滲ませた形相で睨みつけていた。
でも、私は桐生くんの迷いのない行動の背後に、今の言葉だけでは説明できない何かがあるような気がしていた。
放課後、渋い表情の桐生くんは「やっぱり返事はない」「ただ既読にはなってる」と教えてくれた。
「そっか。まあ事情が事情だしね」
状況を考えたら仕方のないことだ。
諦めムードで返事をして帰ろうとしたら、
「もうさ、行ってみない?」
桐生くんが思い切ったように私を引き留める。
「行ってみるって?」
「数馬の家に、直接行ってみたらどうかなって。もしかしたら数馬は家にいるんじゃないかと思うんだよ。いなかったとしても、親とかがいたら話が聞けるかもしれないし」
「場所わかるの?」
「だいたい。乙葉ちゃんだって、行ったことあるでしょ?」
言われて、クリスマスイブのことを思い出した。
瞳子さんに関する誤解や未来のこと、先輩が私に対してどんな気持ちでいたのかを先輩の腕の中で聞かされ、甘やかされ、そして初めてキスされたことも。
あ、やばい。
急速に顔が赤くなってきたのがわかる。
今そんなこと思い出してる場合じゃなかった。
「何思い出してんだか」
クリスマスイブのことをしっかり私から聞き出していた瑠々はニヤニヤした目をして、それから「面白そうだし私も行く!」とついてくることになった。
先輩の家、つまり数馬くんの家に着くと、桐生くんはもう一度数馬くんにLINEをしてくれた。
でもやっぱり返事はない。
瑠々が躊躇なくインターフォンを押してみたけど、こちらもやっぱり反応はない。
「いないのかな」
「まあ、少なくとも親はいないんだろうね。この時間だとやっぱり仕事かな。数馬は家にいたとしても、出てこないのかもしれない」
「うーん」
どうしたものかと3人で顔を見合わせつつ考え込んでいたら、突然瑠々がキョロキョロと辺りを見回し、玄関の外から唯一見える2階の窓を見つけると唐突に叫び出した。
「数馬くーん! いるなら返事してー!! 数馬くーーーん!!」
いきなりの瑠々の珍妙な行動に、私も桐生くんも慌てふためく。
「ちょ、瑠々!」
「え、あそこ数馬の部屋なの?」
「そんなの知らないよ。でもここから見える部屋ってあそこしかないから」
そう言って、また平然とした顔で「数馬くーーん!」と叫ぶ。
「ちょっと瑠々、数馬くんって人に会いたくないって言ってたんでしょ? そんなことしたらかえって出てこないんじゃ……」
「そうかもしんないけどそんなこと言ってる場合? 非常事態だって言ったの乙葉じゃん」
「いやそうだけど」
「可能性が少しでもあるんだったら、私はそれに賭けたいの! 私だって、先輩が浮気してても何かあってもどっちも嫌だし!」
「瑠々……」
「私にとって、先輩と乙葉は憧れなんだから! 先輩と乙葉には末永く仲良くしててほしいし幸せでいてほしいの! それが私の夢でもあるの!」
瑠々は決死の表情で、でも少し泣きそうになっていた。
いちばん近くで私と先輩とをずっと見守っていてくれた瑠々は、先輩に対して何故だか絶対的な信頼感を抱いていた。でもそれはきっと、そうであってほしいという強い願いが込められていたからなんだと思い至って私も少し涙ぐみそうになった。
なんてことをしていたら。
「人ん家の前で大騒ぎするの、やめてくんない?」
先輩に少し似た、でもだいぶ不機嫌そうな顔をした男の子がドアを開けた。




