21 つけ入る隙
「は?」
「ちょっと、どさくさに紛れてなんてこと言い出すのよ」
朝イチの出来事だけでも手一杯なのに、いきなりの桐生くんの告白に私も瑠々も唖然としてしまう。
「俺ほんとはさ、去年からずっと乙葉ちゃんのこと気になってたんだよね。去年は藤野先輩がいたから無理かなって諦めてたけど、先輩は卒業したし、乙葉ちゃんとはまた同じクラスになれたし、実行委員も一緒になったし、これはもう完全にチャンスだと思ってずっと乙葉ちゃんにアピールしてたんだけど」
突然の桐生くんの怒濤の告白が止まらない。
え、桐生くんって、こんなに饒舌だったっけ?
そりゃ、桐生くんの気持ちに関しては「もしかして」と思うことはあったけど、こうもはっきりと明確に、しかも公然と解説されることになるとは。
信じられない思いで桐生くんを見返すと、桐生くんは照れたような表情をしてその好意を隠そうとはしなかった。
「結構あからさまにアピールしてたつもりだったんだけど、何しても何言っても、乙葉ちゃん全然なびいてくれないんだもん」
「はあ、まあ」
驚愕のあまり、雑な相槌を打つことしかできない。
「でもこれで、藤野先輩が浮気して乙葉ちゃんと別れてくれるなら、俺がつけ入る隙もあるよね」
「は? ちょっと、何勝手なこと言ってんの?」
私よりも先に冷静さを取り戻した瑠々が、噛みつかんばかりの勢いで応戦し始めた。
「そもそもまだ浮気って決まったわけじゃないし。先輩が浮気なんてするわけないじゃない」
「いやいや、普通に考えてその状況って浮気しかあり得なくない? いくら先輩だって、乙葉ちゃんと離れたら気持ちも離れる可能性だって」
「あんたに先輩の何がわかるのよ。先輩が乙葉のことどんだけ大事にしてたか知らないくせに、浮気かもしれないってショック受けてる乙葉によくそんなこと言えるよね」
「でも可能性として絶対ないとは言い切れないんじゃない? これがもしほんとに浮気で、それで別れることになったら傷心の乙葉ちゃんは俺が慰めるからさ」
瑠々の顔つきがみるみる変わり、目じりを険しく吊り上げて明らかな敵意を表した。
「は? それ、乙葉が傷ついてるのを利用して自分のものにしようとしてるってことでしょ。なんでそんなこと堂々と言えるわけよ。そんなやつ私が認めないから」
「瑠々ちゃんに認められなくてもいいよ。乙葉ちゃんが俺のこと好きになってくれればそれでいいし」
「てか、あんたいつから私のこと『瑠々ちゃん』呼びなのよ? 馴れ馴れしく呼ぶな」
「俺だってなりふり構っていられないんだよ。今までどんだけアピールしてきたと思ってんの? 教室でも実行委員の仕事のときでも、結構みんな察してくれるくらいには俺もがんばってたんだけど」
私を挟んで激しく言い合う2人を見ていたら逆に自分の頭の中は冴えてきて、気持ちにも余裕が生まれてきた。
いろんなことが一気に起こって、まだまだ混沌の極みの中にあるけれど。
「桐生くんの気持ち、ちょっと気づいてたよ」
私は心の内側に渦巻く混乱を鎮めるように、できるだけゆっくりと、落ち着いて話そうと思った。
「もしかしてって思う程度だったけど、そうなのかなって。何となく気づいてはいたよ」
「え、そうだったの?」
「うん。でも、そういうふうに思ってくれてるのはうれしいけど、その気持ちには応えられないよ」
「なんで」
「だって、先輩がいるから。先輩のことが好きだから」
「いやいや、でもさ。もしほんとに先輩が浮気してたらどうすんの? それでも許すの?」
「それはまだわかんないけど。先輩の話を聞かないうちは、何も決められないし決めたくない」
私は自分の覚悟を誇示するように、桐生くんの顔を見つめた。
朝の出来事は衝撃的すぎて、いろんな気持ちが錯綜して、考えようとすればするほど足元がぐらついて立っているのもままならない感覚になるけれど。
でも、これが浮気でも、そうじゃなくても、先輩なら言葉を尽くして説明してくれるはず。
私のために、必ずそうしてくれるはず。
だから先輩の言葉を直接聞くまでは、何も決めたくない。
「俺がつけ入る隙はないってこと?」
「ごめんね」
桐生くんの顔が一瞬苦しげに歪んだように見えた。
でもすぐに、平然とした様子に戻って「参ったな」と苦笑した。
「ほんとはここで告白するつもりはなかったんだけどな。しかも速攻で振られるなんて思ってもみなかったよ。ちょっとは脈があるんじゃないかって期待してたのに」
まだみんなが揃っていない朝の教室とはいえ、私たちの会話を聞いていた人もいただろう。
桐生くんの告白と失恋が噂になってしまうことは避けられないだろうなと思ったら、心の中に苦いものが広がる気がした。
「勝手に脈があるかもなんて期待してんじゃないよ。乙葉があんたになびくわけないんだから」
「瑠々ちゃんはキツイねえ」
「だから『瑠々ちゃん』って呼ぶな! あんたって、いい人そうに見えて実はとんでもない人間だったんだね」
瑠々は刺々しさを含んだ声で皮肉たっぷりに言って、「あんたがそうするなら私も呼び捨てにするわ」と吐き捨てるように言った。
その日はそれから、何度も先輩にLINEしたり電話をかけたりしたけど、一切返事はなかった。
「既読」にすらならなかった。




