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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
2年生

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23/75

20 嫌われるわよ

 運命の月曜日。


 その日は、珍しく先輩にモーニングコールなんてものを頼まれていた。


 大学の講義の中で、数人のグループを作って一つのテーマについてまとめたものを発表するなんてのがあって、前日の夜にみんなで集まって最終的なレポートとプレゼン資料をまとめる作業をすることになったらしい。


 次の日朝イチの授業で起きられないと困るから、できれば電話で起こしてほしいと言われていたのだ。


 大学でもグループ学習ってあるんだなあとか、前日の夜に集まって作業するなんて大学生っぽい、とか呑気なことを思いながら、朝から先輩の声を聞けるなんて役得、と喜んで引き受けた。



 言われていた通り、自分が登校する前にちょっとウキウキ気分で先輩に電話をかけた。


 なのに、なかなか出ない。


 数秒、呼び出し音が続く。


 そしたら


「もしもし?」


 突然、聞いたことのない女の人の声がした。


「え?あの」

「なに?」

「これって、せんぱ、あ、藤野先輩の携帯じゃ……?」

「そうだけど」

「あの、先輩は……?」

「あー、藤野くん、今ちょっとそれどころじゃないのよね。出られないから代わりに出てって言われて。その状態じゃ出られないわよねえ? ふふ」

「え?」

「もういいかしら?」

「いや、あの」

「あんまりしつこいと嫌われるわよ」



 切られた。


 え、なに?


 どういうこと?


 唐突すぎて、何が起こったのか理解できない。

 たった今、自分の耳を通して行き来したやり取りが頭の中でずっとリピートし続け、私はしばらくの間固まって動けなかった。




 その後何とか登校して、すでに登校しているはずの瑠々を探した。

 「おはよう」の挨拶もそこそこに、瑠々は私の切羽詰まった顔に気づく。

 「どうした?」と聞かれるのとほぼ同時に、私は頭の中を整理すべく今朝の出来事を順を追って説明した。


「ということが、朝ありまして」

「は?」


 ことの重大さにいち早く気づいた瑠々は、弾かれたように椅子から立ち上がった。



「何それ」

「いや私にもどういうことだか」


 2人で顔を見合わせる。


「ちょっと、落ち着こう」


 瑠々は言って、自分の席に座り直した。ただ表情は、心なしか蒼ざめて強張ったままだ。


「状況を整理しよう」

「うん」

「先輩に、朝電話してほしいって言われてたからしたんだよね?」

「うん」

「そしたら知らない女が出た、と」

「うん」

「なんか気怠い感じで」

「まあ、そうだね」

「そんで、先輩はそれどころじゃないから代わりに出て、と言われたと」

「そう」

「あと何だっけ?」

「『その状態じゃ電話に出られない』とか『あんまりしつこいと嫌われるわよ』とか?」

「何それ」

「わからん」


 瑠々はしばらく難しい顔をして何かを考え込んでいたけど、そのうち言いにくそうに口を開いた。


「その状況だけ考えると……浮気っぽくない?」

「だよね。そうなるよね」


 そう。


 なんせ電話をかけたのは朝7時半過ぎなのだ。

 その時間に一緒にいるということは、そういうことを意味するんじゃないだろうか。しかも前日に講義の準備で集まっていた人だとしたら、そのままの流れで、ということも充分あり得る。


 耳の奥に残る電話の女の人の気怠そうな話し方が、寝起きのそれとは違う、いわゆる「事後」のようにも思えて。


 女の人が無情に放った意味ありげな言葉とも相まって、私はずるずると深い闇の底に引き摺り込まれていきそうになる。


 まさか、とは思う。

 思うけれど、手の震えを抑えることができない。


「最近先輩と話してて、そういう怪しい感じとかあった?」

「特に感じなかったけど」

「だよね。先輩に限ってって思うよね」


 瑠々にとってはきっとそれほど重い意味なんてないのかもしれない言葉が、今の私には泣きたくなるくらい心強く響く。


 あの先輩が、本当に、そんなに簡単に浮気なんかするだろうか、とは思う。

 でも、大学生活が楽しくなってそっちを優先したい気持ちが大きくなってたとか、毎日LINEしたり通話したりするのがめんどくさいとか思ってたとしたら。


 新たな生活の中で、唐突に目の前に現れた心惹かれる人への想いに抗えなかったとしたら。


 どうしよう。


 突然のことで、何も、考えられない。


 心の奥の方からどんどん冷えていって、体中の体温が全て奪われていく感覚に陥る。


 呼吸すら、自分のコントロール下にあるのだろうかという虚ろな状態の私に、頭上から冷たい声がした。


「だから遠距離なんて無理だって言ったんだよ」


 見上げると、そこには何故か怒ったような表情の桐生くんがいた。


「桐生くん聞いてたの?」


 鋭い口調で責めるように瑠々が尋ねる。


「聞こえたんだよ。それよりそれ、完全に浮気だろ」

「ちょっと、いきなりなんてこと言うのよ」

「だって、朝電話したら女が出たんだろ? 罪悪感で電話に出づらいから出てもらったんじゃないの? 全く、朝まで一緒にいて何してんだか察しがつくよな」

「なんでそんなこと言うのよ。乙葉の不安を煽るようなこと」

「そんなの、俺の方見てほしいからに決まってるじゃん」


 は?


 私と瑠々はまた顔を見合わせた。


「それって、どういう」

「そのままの意味だよ。乙葉ちゃんと藤野先輩の仲が壊れたら、俺にもチャンスが来る」

「いや、待って」

「それってつまり」


 私と瑠々は、またまた顔を見合わせた。


「乙葉ちゃんが好きなんだ、俺」


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