19 アリかナシか
今年最初の文化祭実行委員の集まりの日。
私は去年と同じように準備して、桐生くんと一緒に生徒会室に向かった。
「この部屋に来るのもなんか久しぶりだね」
「だな。もう1年経ったんだなあ」
生徒会室に入ると、見覚えのある顔がいくつかあって思わず頬が緩む。
今年の生徒会のメンバーの中にも私のことを覚えてくれている人が何人かいて、「またよろしくね」と挨拶してくれた。
そういえば、去年の文化祭準備のときは途中から生徒会の手伝いばっかりしてたなあなんて、懐かしく思い出す。
瞳子さんのことを知った私がこれ以上傷つかないように、昂ちゃんや雅さんが生徒会も巻き込んで守ってくれたっけ。
もう昂ちゃんや雅さんや先輩みたいに私を守ってくれる人はいない。
でも、今年もがんばろう。
「ねえ、望月さん」
ひとまず隣の席に座った桐生くんは、なんだか必要以上にニコニコしながら私の名前を呼んだ。
「今年も実行委員一緒だし、せっかくだから乙葉ちゃんって呼んでいい?」
「え?」
「望月さんって呼ぶの、なんか他人行儀じゃない?」
桐生くんの笑顔には、邪気が見えない。
私は、女子にはだいたい「乙葉」とか「乙葉ちゃん」と呼ばれることが多い。
男子とは今まであまりかかわりがなくて(もしかたら先輩の牽制があったのかもしれない)、ほとんどが「望月さん」だった。
今年初めて同じクラスになった男子からはどういうわけか「もっちー」と呼ばれることもあるけど、下の名前で呼ばれることはほとんどない。
だから桐生くんから突然「乙葉ちゃん」呼びを提案されることに、ちょっと違和感はあった。
でもまあ、断るのもなんか変に意識してるみたいだし。
「いいよ」
軽い気持ちで返事をしながら、この話をしたら先輩がまた警戒心をむき出しにするだろうなあなんて思ったらちょっとニマニマしてしまった。
「乙葉ちゃん、藤野先輩は元気?」
「元気そうだよ。大学生活を満喫してるみたい。めっちゃLINE来るよ」
「ふうん。寂しくないの?」
桐生くんの目が、一瞬突き刺さるような鋭さを増した気がした。
「そりゃ、寂しいなって思うときもあるけど」
「だよね? 寂しいよね? 遠距離って難しいんじゃない?」
桐生くんの言葉には、どことなく不穏な雰囲気がまとわりついていた。
言い知れぬ何かを感じて、私は「うん、まあ」なんて曖昧な返事しかできない。
「そばにいられないのって、耐えられないよね。俺だったら無理かも。寂しくてまわりに目が行っちゃうとか聞くしさ、先輩は大丈夫かなって不安になんない?」
「でもまだ始まったばっかりだし……」
ん?
桐生くんって、こんなこと言う人だったっけ?
なんか随分と不安を煽られてない?
桐生くんを見ると、私の疑念などどこ吹く風で、けろりと涼しい顔をしている。
なんだろう、このケンカ売ってんのか?という微妙な空気。
ちょっと、意味がわからない。
抑揚のない桐生くんの言い方にうっすらと怖気づいた私は、思わず話題を変えた。
それから、何度か実行委員の集まりがあった。
経験者でもあり、もともと人望のあった桐生くんは今年も学年の取りまとめ役の立場になって、遺憾なくそのリーダーシップを発揮していた。
それは全然いい。
むしろどんどん活躍していただきたい。
ただ、どうにも最近気になるのは。
「ねえ、桐生くんってさ、乙葉のこと好きなのかな?」
いつもながら、いろいろ勘のいい瑠々の一言。
左手を顎の辺りに当てて頬杖をつきながら、瑠々が教室の中を見回してつぶやいた。
「なんで?」
「いやだってさ、最近乙葉との距離が近くない? 実行委員の仕事にかこつけていつも一緒にいる気がするし。なんか言われたりしてないの?」
「うーん、言われてはないんだけど」
「だけど?」
「でもなんか、ちょっと察するものはあるんだよね」
「でしょ!」
そう。
あれ以降、桐生くんの様子がなんだかとても怪しいのだ。
昨日の実行委員の仕事のときも、
「乙葉ちゃんって可愛いよね」
「乙葉ちゃんは俺の仕事手伝って」
「乙葉ちゃんがいてくれないと困る」
みたいなことを散々言われていて、まわりのみんなにしっかりと生温かい目で見られているのを感じていた。
はじめは自分の耳を疑った。
なに言ってるの?的な。
しかも桐生くんは特に恥ずかしがる様子もなく、淡々と、至って平然とそういうことを言うのだ。
意識する私がおかしいの?と思ってしまう。
思い返せば、つきあう前の先輩もやたらと甘い言葉を連発していてあの頃はそれが本当に恥ずかしかった。
でも恥ずかしかったけど嫌ではなくて、だんだん先輩が気になるようになっていったわけだけど。
じゃあ今回もそうかと言われると、そんなことは全くなくて、逆に動揺というか混乱してしまう。
はっきりと決定的なことを言われてはいないものの、桐生くんの言動に落ち着かない気持ちになってしまうことは否定できなかった。
「で? 乙葉的にはどうなの?」
「どうって?」
「桐生くんよ。アリかナシかでいうと」
「うーん、そういう目で見たことはないかなー」
「デスヨネー」
私の中にはっきりと先輩がいる以上、ほかの誰かの好意を受け入れる気はさらさらない。
もちろん、先輩以外の人に気持ちが向くことはもっとない。
ただ、先輩が心配していた通りになっちゃったかも、と少し申し訳ない気持ちにはなっていた。




