2 文化祭実行委員
2人と別れて教室に入り自分の席に座ると、前の席の女子が待ってましたとばかりに振り返った。
「ねえねえ、あの2人と知り合いなの?」
前の席の女子――確か名前は持田さん、が明らかに興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「あの2人って?」
「生徒会長の橘昂生先輩と、副会長の一条雅先輩。容姿端麗、品行方正、清廉潔白な美男美女カップルって有名なんだよ」
「そうなの?」
「私、姉が3年生にいるからいろいろ聞かされててさ。泣く子も黙る、完全無欠の2人なんだって」
「完全無欠」ねえ。
確かにお似合いすぎて、オーラが眩しすぎて、残念ながら直視できなかったのは事実だ。
抗えない事実にまたしても打ちのめされ、ため息をつきたい気持ちを我慢しながら私は答えた。
「橘先輩って、うちの隣に住んでるの。お隣さんなのよ」
「え、じゃあ、いわゆる幼馴染ってやつ?」
「そうそう」
「なんかそのシチュエーション、めっちゃ憧れる」
持田さんは無邪気に笑ったけど、そのシチュエーションのせいで私は今、絶賛複雑な心境の真っ最中なんですけどね。
そんな私にはお構いなしに持田さんは自分の姉の話をし始めて、それが結構楽しめたからちょっとだけ気が紛れた。
結局あれから、朝は昂ちゃんと一緒に登校している。
途中で雅さんが合流して、3人になる。
私の勝手な予想を覆し、2人は決して私を邪険にはしなかった。
それどころか雅さんはことあるごとに私に話を振ってくれて、「乙葉ちゃん可愛い」「乙葉ちゃん面白い」と盛大に称賛し、派手に喜んでくれる。
最初は嫌な感じに牽制されてんのか?と勘繰っていたけど、見事に違った。
雅さんは素直で、気さくで、そして面倒見がいい。上品な美少女で、生徒会副会長で、勉強もできてみんなに優しくて、この人もないものなんかねえなって感じだけど、意外に腹黒だしだいぶ毒舌でもあった。
「乙葉ちゃんの前で猫かぶってても仕方ないし」とあっさり本性を現したのには驚いたけど。
だから私も初めの頃の距離を置いた接し方は早々に諦めて、普段昂ちゃんと話すような砕けた感じで接するようになってしまった。
そんな生意気な態度が、かえって「乙葉ちゃんたらほんとに可愛いんだから」などと言われることになるとは。
そして私たちの会話を、昂ちゃんが楽しげに聞いているのが私たちの朝のデフォルトになっている。
昂ちゃんだけでなく雅さんの「妹ポジ」にも収まって、これはこれでなんか平和でいいかもな、と思えるようになるのにそれほど時間はかからなかった。
そんなある日。
いつも通り3人で登校していると、雅さんが思い出したように「あ!」と言いながら私の方を振り返った。
「乙葉ちゃん、文化祭実行委員って決まった?」
「文化祭実行委員? 何それ?」
「文字通り、文化祭のための実行委員よ。各クラスから男女1人ずつ選ばれて、文化祭に向けてクラスの取りまとめとか準備とかをする係なの」
「もちろん生徒会とも連動してな」
言われて、そういえばこの2人が生徒会上層部の重鎮だったことを思い出す。
文化祭実行委員って、要するに文化祭の運営側ってことだよね。
めんどくさそう、と一瞬思った私を見透かすように、雅さんは殊更無邪気な様子を装って前のめりで説明し始めた。
「確かに大変な仕事ではあるの。放課後に集まりなんかがあるし、文化祭が近くなればなるほど集まりもいろんな作業も増えて忙しくなるし。クラスの意見をまとめたりクラスの人たちをうまく引っ張ったりして仕事をこなさないといけないし、文化祭当日も忙しいから嫌がる人も多いんだけど、乙葉ちゃんが文化祭実行委員になってくれたら楽しいのになって思って」
聞いてるだけで充分めんどくさそうじゃん、と思いつつ、上機嫌で説明する雅さんを無視する気にはなれないでいた。もちろん、雅さんの願いを無下に断る気にもなれなかった。
それに「一緒の文化祭は最初で最後だし」なんて伏し目がちに寂しそうな顔で訴えかけられると、不満も抗議も躊躇も何も言えなくなる。
あざとい。雅さんがあざとすぎるよ。
根が腹黒だということを知ってはいても、純情可憐な雰囲気を纏う雅さんに勝てるわけがない。
しかもこういうときの雅さんは、純真無垢を装いながら地味に迫力があるというか、有無を言わせない「圧」があったりする。
蛇に睨まれたカエルってこんな気持ちなのかなあ、などと場違いなことを考えながら、私は曖昧に中途半端な笑みを見せるしかなかった。