16 破壊力
「だいたいさ、今日のお前可愛すぎるんだよ」
「は?」
「最初見たときいつもと違うって気づいたんだけど、綺麗すぎて焦ったっていうかなんか色っぽくて、直視できなくて困った」
「え?」
先輩に言われて、瑠々のアドバイス通りに初めてがんばったメイクにちゃんと効果があったとわかる。
だいぶ、いい感じで。
「可愛すぎて誰にも見せたくなかったから、早く家に来てよかったかもな。いっぱいいちゃいちゃもできるしな」
そう言って、どさくさに紛れてまた頬とか瞼とかにキスをする。
「せ、先輩」
「なに?」
「くすぐったいよ……」
「そう?」
「するなら、ちゃんと、してほしい」
最後の方は声にならなかった。
先輩が、唇にまたキスをくれた。
それから、私を抱きかかえたままの姿勢で、静かに話し出す。
「俺は最初から、春になっても別れるつもりなんてなかったよ。俺が大学に合格して離ればなれになったとしても、当然遠距離でやっていけると思ってた。そんなの言わなくてもわかってると思ってたけど、言わなきゃわかんないよな。不安にさせてごめんな」
私は先輩の胸に頭を押しつけたまま、首を振る。
「乙葉、俺はもう、お前を手放してやれそうにない。先に行ってるから、お前も東京に来いよ。待ってるから」
「うん」
先輩の私を想う気持ちが、触れている全ての場所からしっかりと伝わってくる。
怖くてずっと聞けなかった私たちの未来のことも、瞳子さんのことも、自分が思っている以上に先輩に愛されていたことも、何もかもが私の想像を見事に超えていて、とっくにキャパオーバーなのに私の心の中は穏やかな海のように凪いでいた。
しばらく、そのまま無言で先輩の温もりに浸ったあと
「このまま、するの?」
顔を上げて聞くと、先輩はギョッとした顔をした。
「は?」
「このまま、その、しちゃうの?」
「は? おま…! 何言ってんだよ!」
「これはそういう流れなのかなと」
「なに開き直ってんだよ! いきなり大胆になるなよ! しないよしない!」
「え、しないの?」
「しません! そんな顔しちゃダメだろ! 俺を誘惑するな!」
先輩は慌てて私を引き剝がすようにして距離を取ったけど、私の顔を見るなり今度はおろおろし出した。
「あ、違うから、そういう気がないわけじゃないから」
「やっぱり私とは……」
「違うから! ただ今日はしないってだけで!」
「なんで?」
「なんでって、準備もないのに、できないの! ちょ、一旦落ち着け、勢いでしようとするな!」
先輩は「せっかく我慢してるのに」とか「俺を殺す気か」なんてブツブツつぶやいている。
あれって、準備とか必要なんだっけ…?
「お前さあ、俺だって健全な男子高校生なんだよ」
「知ってるよ」
「わかってねえよ。そういうこと、考えないわけないだろ。ただでさえ乙葉のこと好きすぎるんだから。毎日あれこれ妄想してるに決まってんだろ」
「妄想」
「好きだから、触れたいし大事にしたい、喜ばせたいし、幸せな気持ちにさせたいし、できれば痛い思いもさせたくない。どうしたら乙葉が怖がらないで、その、俺とそういうことになってもいいって思ってくれるのか、もう毎日妄想しまくってんだよ。わかるか?」
「あー、はい…」
「だいたいお前、するって言っても何をどうするのかちゃんとわかってんのか? わかってないからそんな悠長なこと言ってられるんだろ」
それについては、確かに微妙ですと認めざるを得ない。
一応、私も一般的な女子高生だし、それなりの知識をあちこちでかき集めてはいるものの、でもその知識はやっばり「それなり」なわけで。
肝心なところがよくわからないのよね。
みんな、どこでどうやって正しい知識を得ているんだろう?
「だから、俺は好奇心とか勢いとかでしたくないんだよ。そのときが来るまで待つって決めたの。ちゃんとお前を大事にしたいから」
まるで小さい子どもに言い聞かせるような優しい声で、先輩は私を諭した。
ちょっと、いやだいぶ反省した。
先輩がそういうことをしてこないってだけで私は先輩の気持ちを疑ってたけど、先輩は先輩でちゃんと私のことを考えてくれてただけで。
勘違い、というか思い込みで、なんだかいじけて拗らせてた気がする。
「ごめんなさい。私あんまり、ちゃんと考えてなかった。それに、思ってることはちゃんと言えば良かった」
「そうだな」
「でも『何もしてこないのは好きじゃないからでしょ?』ってのは、健全な女子高生としては聞きづらいんだけど」
「そういうこと聞くのって、健全って言えんの?」
先輩はクスクスとちょっと揶揄うように笑った。
「健全でしょ? 私だって、先輩に触れたいとか、いろいろ思うよそりゃ」
「そうなの?」
「そうだよ。あと瞳子さんがすぐ伊織、伊織って言うのもめっちゃイラっときたし。なんなのあれ」
ここぞとばかりにむくれて腹を立てる私を見て、先輩は何だかうれしそうにニヤニヤしてる。
何よ。
なんか、癪に障る。
私は、反撃とばかりに先輩の首に両腕を回しながら抱きついて、耳元で「伊織」とつぶやいてやった。
先輩は、「破壊力……」と言ったきり、絶句した。




