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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
1年生

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14 溺れさせたい

「と、とりあえず、午前中は図書館で勉強、昼食べて、午後は俺ん家でまったりってのが今日の予定な」


 クリスマスイブ。

 約束の時間に待ち合わせ場所に行くと、先輩はもう来ていた。

 プレゼントを買いに行ったときに瑠々が勧めてくれたコスメで、瑠々が教えてくれた通りにちょっとだけ化粧をしてみたんだけど、先輩は気づいたんだか気づいてないんだか微妙な顔で時々気まずそうに視線を逸らす。


「先輩の家に行くの?」


 今まで先輩の家に誘われたことなんてなかったから、突然すぎてちょっと狼狽える。


「大丈夫。親は仕事だし、弟はいるけど部屋から出てこないから」

「弟さんがいたの?」

「そ。お前と同じだな」

「いくつ?」

「お前と同じ年。高1」


 他愛のない話をしながら、目的地の図書館まで手をつないで歩いた。

 先輩の手は、少しひんやりしていた。

 私が来るまでの間、待ち合わせ場所で待っててくれたからかもしれないと気づく。

 この手が私じゃない誰かの手を取る日が来たら、私はすんなり離すことができるんだろうか。


 わからない。

 考えたくない。



 図書館に着いて、先輩が勉強に集中し始めたのを見計らってそっと席を立った。

 休憩スペースを覗くと珍しく誰もいなかったから、ソファに座ってぼんやりする。

 冬の日差しが図書館の庭の芝生を柔らかく照らすのを眺めながら、2つか3つため息をついたあたりで不意に人の気配がした。

 顔を上げると、そこには何故か、本当にどういうわけだか今いちばん会いたくない人が立っていた。


「ねえ、いつになったら別れてくれるの?」


 瞳子さんは非難めいた口調でつかつかと近づいてきて、忌々し気に私を見下ろした。


「伊織を返してって言ったよね? 早く返してほしいんだけど」

「だから先輩はモノじゃないって言いましたよね?」

「あなたがいつまでも伊織にしがみついてるから、伊織も困ってるじゃない。伊織はほんとは私のことが好きで、今日だって私と過ごすはずだったのに」


 え、そうなの……?


 さっきの、そして今日までの、先輩の様子を思い出して少し混乱する。

 先輩がこの人と一緒に過ごそうとしていた素振りがあっただろうか。

 今日までの時間を振り返って考えてみてもこれという証拠を見つけることができず、代わりにうっすらとした違和感が芽生える。


「いい加減にしてほしいのよね。伊織があなたなんかに本気になるはず……」

「あの」


 なんだろう。

 なんで私、今この人に一方的に責められてるんだっけ?


「そういうの、先輩に言えばいいんじゃないの?」


 私はわざと敬語をつかわず、全く表情を変えずに淡々と言葉を投げつけた。


「は?」

「先輩が好きなら好きって直接言えばいいんじゃない? そしたら先輩だってあなたを選ぶだろうし」

「え、でも」

「誰を選ぶかは先輩が決めることだし、そもそも先輩はあげたり返したりするモノじゃないって言ったよね? ここで私に文句言いに来てる暇があったら、ちゃんと先輩に……」

「あのさ」


 入口の方から怒気をはらんだような鋭い声がして、気づくと勉強していたはずの先輩が立っていた。

 そのまま休憩スペースに入ってきた先輩は、ソファまで来て私の隣に座ったかと思うとこれ見よがしに私の腰に手を回してきた。

 驚いて先輩の顔を見ると一瞬にっこりと微笑んで、そしてすぐに殺気を滲ませながら瞳子さんを見上げた。 


「瞳子、お前、前にも乙葉に何か言っただろ」

「わ、私は別に……」

「俺がお前のことまだ好きなわけねえだろ。お前のことなんか、とっくに、1ミリも、何とも思ってねえわ」


 私と同じ角度で瞳子さんを見上げながら、「とっくに」「1ミリも」のあたりをやけに強調する先輩。


「乙葉と別れたくないのも、しがみついてんのも、本気になってんのも俺。乙葉だけが好きだし、乙葉だけに優しくしたいし、乙葉だけを甘やかしたいんだよ俺は」

「う、嘘でしょ? ほんとは私のことが好きだから、私に見せつけたくて、嫉妬してほしくて……」

「あのさ」


 先輩の声が、冷たく響く。


「自分がそうだからって、俺もそうだと思うなよ」

「え?」

「北斗がお前のこと放ったらかしにするから、自分の方を見てほしくて俺んとこに来てたんだろ。俺に近づいて相談して、嫉妬してもらおうとして、今回もそれで北斗の気を引こうと」

「ちが、違う、私、ほんとは伊織のことが好きだって、やっと気づいて、だから」

「だから、何?」


 先輩はわざとらしく、嫌悪感を纏わせてため息をついた。


「俺がお前にやきもち焼いてほしくて乙葉とつきあってるとでも思った? バカなのお前? お前の勝手な勘違いで乙葉のこと傷つけてんじゃねえよクソが」


 私の腰に回った腕に力が入り、私と先輩がますます密着する。限りなくゼロに近い距離に、私は思わず俯いてしまう。


 やばい。

 いろいろやばい。


 先輩の私への気持ちが怒涛のように押し寄せ呼吸もままならない。

 しかも先輩の口調がこれまでにないほど荒れに荒れて瞳子さんを直撃している。

 あまりの展開にちょっと私の脳みそ追いついていません……。


「嫉妬させることで愛情を確認するようなやり方、俺はしない。お前や北斗とは違う。嫉妬なんて苦しい思いさせるより、誰よりも甘やかして俺だけに溺れさせたいんだよ」


 先輩の言葉に恐る恐る顔を上げると、蕩けるような甘い目をした先輩と目が合った。

 うれしさと恥ずかしさとその他もろもろの激情の波に揺さぶられて固まっていると、「乙葉」と先輩が耳元でささやく。


「もう勉強する気失せちゃったから、だいぶ早いけど、俺ん家行くか?」

「え、もう?」

「だって、図書館だといちゃいちゃできねえだろ」

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