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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
1年生

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13 怪しい噂

「最近、なにやら怪しい噂を聞きませんこと?」


 文化祭後も変わらず4人で一緒に登校している途中、合流した雅さんはわざとらしく大仰な言い方をした。


「怪しい噂?」

「そう。3年生の間では噂になってるんだけれど」


 そう言って、悪意を含んだ目つきで先輩を睨みつける。


「ねえ、『伊織』」


 あれ、この不穏な雰囲気、なんだか懐かしいなあなんて悠長なこと言ってる場合じゃなかった。

 雅さんって、普段は伊織って呼ばないよね。


「雅、何が言いたいんだよ」

「わかってるくせに。最近あんたのまわりを胡散臭くて辛気臭い女がうろちょろしてるって」


 雅さんの毒舌が久々に全開! などと喜んでいられたのは途中までだった。

 何のことか、察しがついてしまった。


「お前、いちいちうるさいんだよ」

「ふん、いい気なものね。うろちょろされて、満更でもないんでしょ」

「そんなわけあるか。だいたい俺は」

「乙葉、大丈夫か?」


 気がつくと、心配したようにこちらを窺う昂ちゃんと目が合った。


「うん?」

「涙」

「え?」


 慌てて頬を触ると、少しだけ濡れているのがわかった。

 すぐ手で拭うと、突然まわりが暗くなって、先輩にふわっと抱きしめられてると気づく。


「悪い、先に行っててくんない?」


 先輩の声に、渋々といった様子で2人の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。



「乙葉」


 先輩は私の顔を覗き込み、濡れた目元を指でなぞった。


「どうした?」

「何が?」

「なんで泣いてる?」

「泣いてないよ」

「お前なあ」


 先輩は苦笑いして両手で私の頬を押さえ、目線を合わせる。


「瞳子のこと、気にしてんのか?」

「気にしてない」

「嘘つくな」

「ついてない」

「じゃあなんで泣いてる?」


 聞かれても何も答えない私を困惑した目で見定めると、先輩は私の濡れた目元に口づけた。


「ごめん。お前のこと、泣かせちゃったな」


 先輩が口づけた目元が、じんわりと熱を持つ。


「瞳子が懲りもせず俺んとこ来るんだよ。北斗の話なら聞かないって言ったんだけど、そうじゃないって、なんだかひっきりなしに来て話し続けて」


 あー、わかる。

 あの人、聞かれてもないのに勝手に話し続けるよね。

 独りよがりだよね。

 でもきっと、必死なんだろう。

 その気持ちだけは、わかる気がした。


「ほんと、もうどうでもいいから構ってないんだ。それでもあっちから来るから困ってんだけど」

「そう」

「乙葉」

「うん?」

「何かあったんだろ」


 もちろんあった。

 でもあの日、瞳子さんに会ったことを先輩には話していなかった。話せなかった。




 瞳子さんに遭遇したあと、ひとまずトイレに行って一呼吸置いた。

 私を探していた瑠々に会ったらなんだかホッとして、視界が滲みそうになるのを必死でこらえる。

 私の態度がおかしいことに気づいた瑠々は、一部始終を聞くと柄にもなく憤慨して声を荒げた。


「あの人、そんな人なの? 最悪じゃん」

「なんか勝てる気がしないんだよね」

「……それ、本気で言ってんの?」


 驚きに目を見開いて、瑠々は続ける。


「先輩が乙葉以外を選ぶと思う? 乙葉しか見てないような人だよ?」

「だって、もともと先輩は瞳子さんのことが好きだったんだよ? その人が自分のことずっと好きだったって知ったらやっぱり」

「いやいや、あり得ないって」

「先輩だって手が届かないと思ったから諦めたんだし」

「いや、ほんと、今更そんなことマジでないって。むしろなんでそんなふうに思っちゃうの?」

「だってあの人、私と全然違うじゃん。綺麗な人だった」

「そうかもしんないけどさ。あー、そうか、だから『きれい系』だったわけか。でも乙葉は先輩に愛されてるじゃん」

「ほんとに愛されてるんだったら」


 言おうとして、詰まった。


 ほんとに愛されてたら……?

 私は、何を言おうとしたんだろう。


「とにかくさ、私なんかと話すより先輩とちゃんと話した方がいいよ」

「何を?」

「何って、今のこととかさ。瞳子って人が言ってたこととか、先輩がどう思ってんのかとか」

「そしたら瞳子さんが先輩のこと好きだって教えることになっちゃう」

「大丈夫だって。そんなことで揺らぐ人じゃなくない?」

「わかんない、そんなの」


 瑠々には絶対に大丈夫と言われたけど、私は結局何も言わなかったし聞かなかった。


 先輩が瞳子さんを諦めたのは、届かないと思い知ったからだ。

 でももし、自分の気持ちが届いていたと知ったら?

 ずっと焦がれていた人がずっと自分を求めていたと知ったらどうなるんだろう。

 その答えを知るのが怖くて、先輩に話せるわけがなかった。


 だから私は、また以前と同じように「何もなかった」フリをする。


「何もないよ」


 そう答えたら先輩の目が一瞬硬直して、そして落胆の色に染まった。




 それから冬休みまで、表面上は穏やかな日々が続いた。

 朝は今まで通り4人で登校する。

 雅さんは、先輩に対してまた少し辛辣な物言いをするようになった。

 昂ちゃんはそれを軽く咎めることが多い。

 先輩は以前と同じように応戦してるように見えて、ほんとはあまり本気を出していない。


 先輩とは、変わらず毎日のように一緒に帰るし、甘い言葉も優しい仕草も変わらないけど、なんとなくぎこちない気がしていた。

 でもそれを問い質すことも取り繕うこともなく。

 先輩の方も時々何か言いたそうにはするものの、あれから何も言ってこない。


 私は密かに、いろいろなことを覚悟するようになっていた。

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