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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
1年生

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12 返して

 週末、瑠々につきあってもらって先輩へのクリスマスプレゼントを買いに行くことになった。

「何をあげたらいいのか見当もつかない」と言ったら、瑠々が快く助っ人を買って出てくれたのだ。


「男子高校生へのクリスマスプレゼントといえばマフラー・手袋あたりが定番じゃない? あとはアクセサリーとか財布もいいかな? 先輩は受験生だし、文房具とかもいいかもね」


 なんて次々とアイデアを出してくれるから、私にとっては本当に心強い助っ人だった。

 プレゼントを買うのがいちばんの目的ではあったけど、クリスマスが近づいたメインストリートはどこも煌びやかで、歩き回るだけでテンションも上がる。

 そしてようやく、納得のいくものを見つけた。

 先輩のために選んだのは、シンプルな腕時計。これから先、別々の場所で過ごすことになってもこの腕時計が私の代わりにいちばん近くにいて先輩の時間を刻んでほしい。腕時計を見て私を思い出してほしい。そんな密かな願いがあった。

 ちょっとだけ予算オーバーでだいぶ迷ったんだけど、やっぱり妥協はできなかった。

 ここで適当に、安易に決めてしまったら先輩の気持ちが離れていってしまうんじゃないかという、そこはかとない不安があったから。


 あの日、瞳子さんという人に初めて会った時から、私の中であの人の存在がどんどん無視できないものになっていた。

 先輩がもともと好きだった人。

 華奢で、綺麗なあの人は、私とは違いすぎた。私もあんなふうに綺麗になれたら、先輩はずっと私のことを好きでいてくれるだろうか。

 離れてしまっても、変わらない気持ちでいてくれるのだろうか。


 そんな私の勝手な焦燥感に全く気づいていない瑠々は「先輩なら何もらっても喜んでくれると思うけどね」と楽観的に笑っていたけれど。



「乙葉、まだ時間あるよね? ちょっと寄りたいとこがあるんだけど」


 無事に買い物が済んだところで瑠々に連れられてきたのは、化粧品売り場だった。

 キラキラしたコスメたちが所狭しと並べられ、クリスマス仕様にディスプレイされている。


「乙葉、化粧とかあんま興味ない?」

「そんなことないよ。やり方とか使い方がわかんないだけ。めっちゃ興味ある」

「よしよし。ならばこの瑠々様が教えてしんぜよう」


 瑠々は、自分の持てる知識を最大限教授してくれた。私は化粧とかメイクとかコスメとかいったことには疎くてあまり知識がなかったから、瑠々の説明にびっくりしたり感動したり納得したりしながらうんうんと聞き入っていた。グロスやアイシャドウ、マスカラ、アイブロウ、その他何に使うのかよくわからないコスメの数々を2人であーだこーだ言いながら手に取って試したり色を確認したりお互いに批評し合ったりするのは、新鮮ですごく楽しかった。


「うちはほら、お姉がああ見えて意外にコスメオタクっていうか、いろいろ詳しくてさ。聞いてもないのに教えてくれるわけ」

「うらやましいなー。私も瑠々のお姉ちゃんみたいな兄弟ほしかったな」

「雅さんがいるじゃない」

「確かに雅さんはお姉ちゃんみたいだけど、素材が違いすぎるよ。雅さんみたいな完璧な人にこういうこと聞くのってなんか恐れ多いというか」

「雅さんは何もしなくても充分完璧だもんねー。でも乙葉だって、素材としては全然悪くないと思うよ? 可愛いし、ちょっとメイクしただけで全然変わりそう。こうなりたいなっていうメイクのイメージとかないの?  ナチュラル系とかクールビューティー系とかかわいい系とかさ」


 聞かれて、私は咄嗟にあの背中を思い出した。


 心細げに震える背中。

 儚げで綺麗な女の人。


「……あー、きれい系、かな」

「きれい系ねー。どっちかっていうと乙葉はかわいい系だけど、きれい系にしたらギャップ萌えでいいかもね」

 

 瑠々はひらめいた、とばかりに上機嫌できれい系メイクに使えそうなアイテムを手にとっては吟味していく。

 それを目の端に捉えながら、私はぼんやりと目の前にあった透明のグロスに手を伸ばそうとした。


 そのときだった。


「乙葉、ちゃん……?」


 突然、名前を呼ばれて振り返る。

 目の前に、今まさに頭の中に浮かべていた人が立っていた。


「乙葉ちゃん、だよね? 伊織の……」


 儚げで弱々しい目が、何故か力強く私を捕らえて離さない。


「は、はい」

「私、結城瞳子って言います。この前玄関で会った……」

「覚えてます」


 忘れるわけがない。

 忘れてしまいたいのに、頭の中から消してしまいたいのに消えてくれない人。


「あの、伊織から私のこと、聞いてると思うんだけど……」

「え?」

「私と北斗、もうダメになりそうなの。ていうか、ほんとはもう随分前からダメだったっていうか……

 私、自分のほんとの気持ちに気づいてしまって……」


 何も聞いてないし聞きたくもないのに、瞳子さんは勝手に、すがるように話し続ける。


「ほんとは私、ずっと前から伊織のことが好きなの。伊織だってほんとは私のこと……。だから、返してほしいの」

「返、す?」


 私は目の前の人を見返した。

 睨み返した、と言ってもいい。

 何言ってんだという怒りや先輩を奪われる恐怖、奪われたあとの圧倒的な喪失感が全部綯い交ぜになって私に襲いかかってくる。

 言葉にできない昏い想いに囚われて、自分が制御できない。


「先輩は、モノじゃないんで」


 それだけ言って、私はその場を離れた。

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