1 はじめまして
春。
一陣の風に煽られて、桜の花びらが勢いよく舞い上がった。
華やかで煌びやかな入学式の次の日、一緒に登校する途中で2つ年上の幼馴染でもある昂ちゃんこと橘昂生に連れられてやってきた場所には、見知らぬ絶世の美少女がいた。
「この人が俺の彼女だよ」
ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめる昂ちゃんに紹介された絶世の美少女は、一切の邪気を感じさせずにこやかに微笑んだ。
「はじめまして、一条雅です。合格おめでとう、乙葉ちゃん」
美少女は上品で、優し気で、凛としていて、そしてすべてを包み込む菩薩のようなオーラを放って佇んでいた。
やばいやばい、つい拝んじゃうとこだった。
「昂ちゃんにこんな綺麗な彼女さんがいるなんて知らなかったなー」
ドキドキと嫌な感じに騒ぐ心臓の音をどうにかこうにかごまかして、動揺を隠しながら必死に言葉を返す。
「いやー、お前が受験で大変なときに彼女ができたなんて言えないだろ。俺だけ幸せになっちゃって、なんか申し訳ないしさ」
「勉強の邪魔になっても悪いしな」とか何とか、昂ちゃんは照れながらも完全に浮かれているのか、一人であれこれ言い訳している。
雅さんは雅さんで、「綺麗だなんて……うれしい」とはにかんだ様子でぽっと頬を赤らめている。
なんだよこの2人。
リア充かよ。リア充だよ。
今年、私は晴れて憧れの志望高校に合格した。
とある事情で隣の橘家の2人の兄弟とはまるで本当のきょうだいのように育ってきたこともあり、2人が選んだ高校を志望したのはもはや必然だったとも言える。
昂ちゃんは私の2つ年上、悠ちゃんこと悠生はさらにその3つ年上。
小さい頃から悠ちゃんも昂ちゃんも、私のことを妹のように可愛がってくれていた。どこへ行くにも何をするにも一緒に連れて行ってくれたし、小さい私の面倒を見るのを嫌がることは一度もなかった。
そうしてたくさんの時間を共有してきたからこそ、私も2人を本当の兄のように慕ってきたのだ。
2人が選んだ高校を目指して受験勉強に明け暮れ、ようやく合格できたのはつい先月のこと。
今日からいよいよ昂ちゃんと一緒に登校できる、と期待に胸を躍らせて玄関を出た矢先のこれである。
家の前で私を待っていてくれた昂ちゃんに「紹介したい人がいる」と言われたとき間違いなく嫌な予感しかしなかったし、なんなら今だって突然襲いかかった衝撃の事実にちょっと打ちひしがれている。そこは否定できない。
だって、私は幼馴染の昂ちゃんに対して、ずっと密かに憧れの気持ちを抱いてきたのだから。
昂ちゃんは、はっきり言ってイケメンである。
長身痩躯、眉目秀麗でありながら屈託のない笑顔がトレードマークの爽やかイケメンである。
しかも勉強ができて、運動もそこそこできて、面倒見が良くて、人望があって、むしろないものを探す方が大変じゃね?ってくらい非の打ちどころのないイケメンである。
憧れるなって方が、無理なわけで。
そんな昂ちゃんにとって「特別」とも言える「妹ポジ」を長年維持してきたというのに、突然の彼女の登場である。しかもこれ以上ないというくらいの美少女。太刀打ちできるはずもない。
そりゃあ、自分が彼女とか、そういうふうになりたかったのかと聞かれたら実はよくわからないとしか言えない。言えないのだけど、だからといってすんなり納得できるはずもない。
そんな私のもやもやとした煩悩なんか昂ちゃんの恋にとって何の脅威にもならないことだってわかってはいるけど、それでもやっぱり「妹」としての気持ちは複雑である。
これまでずっとそばにいて、兄のように私を守ってくれていた昂ちゃんがどこか遠くへ行ってしまうようで、心から歓迎する気持ちになれなかったのは仕方のないことだと思う。
仲良さげに正門を抜ける2人の背中を見つめながら、私は早くも暗雲の立ち込める高校生活を思って深いため息をついた。