第7話 開戦
海岸から陽が上り、段々と景色は元の色を取り戻していった。
木漏れ日が入る森の中では、ダイテツが騎乗して開戦の太鼓の音を待つ。
その最中、彼は昨日の作戦をざっと脳内で振り返った。
●開戦から3日前、アコウ帝国拠点作戦本部
3人の将軍は卓上の地図に敵と自軍の駒を置き、腕を組んだ。
ボンガス軍の城砦と海岸に布陣した拠点、それぞれは掎角の勢を成している。
どちらかに止む雲に総攻撃を成しても、片方がこちらの背後に回って挟撃されてしまう。
作戦本部にて、総攻撃を主張したヴァイロウはそれを指摘され「つまらんのう」と吐き捨てた。
彼の発言にカリョウは口を開く。
「ヴァイロウ殿、コウモリ族がいた頃の我が軍とは違うのです。戦局をより見極めることを求められた今、十分に作戦を立てなければ......」
ダイテツは卓を前に対面する2人よりも、少し離れた位置から地図を眺めていた。
______コウモリ族はここ300年で飛行能力を退化させ、戦力として求められなくなった。ライチョウ様は唯一健在なコウモリ族のお方だが、軍には地上戦力しか残されていない。カリョウ殿の仰る通り、対になる拠点と砦どちらかを分散したり総攻撃を仕掛けるのは下策。しかし、敵のこの掎角の勢には弱点がある。
長い沈黙を経て、ダイテツは地図上で海上を表す位置に人差し指を置いた。
「発言しても......良いでしょうか?」
彼の言動に面を喰らった2人は、お互いの顔を見合わせる。
「ヴァイロウ殿、消去法として失策を聞くのも大事ですな」
カリョウがそう口にすると、ヴァイロウは無言で頷いた。
「ありがとうございます。単刀直入にいうと、海岸に布陣した拠点と城砦は一見すると掎角の勢となり、攻めにくく思えます。特に、海岸に布陣している拠点は背後に死角がないので兵力を左右と全面に集中できる」
「はぁ、ダイテツ殿......そのことは私もヴァイロウ殿も理解しておる。だから困り果てているのではないか?」
「はい......ですが城砦の方はいかがでしょうか。前後左右に加え、海岸との最短距離を確保できる道を死守せざるを得ない。こちらが苛烈に叩けば、城砦の戦力だけでは足らず徐々に海岸から兵を増員します」
この時、無意識に近い状態で2人の将軍の彼への評価は塗り替わっていった。
頭を使うのが苦手なヴァイロウでさえ、話を飲み込もうと首を振って意識を切り替える。
「なので、1週間かけてこの城砦に敵兵力を増加させます。陽動で2万をこちらへ送りこみ、序盤は5000人で包囲攻撃を仕掛ける。こちらも戦力を数日かけて増やし、城砦への攻撃に本腰を入れているように見せるのです。そして、1週間後は予備戦力として待機させていた6万の軍を陽動の軍に合流させます。この時、城砦へは今までで最大の猛攻撃を行う」
「待て......我らは総勢10万だぞ? 2万の軍はどこへ行った。それに、これではただの総攻撃と大して変わりはない」
ヴァイロウが口を挟むも、ダイテツは動揺の素振りを見せずそれに対する返答を行おうとした。
しかし、彼が声を発する前にカリョウが自軍の駒を海岸に置く。
「なるほど......わかったぞ。海岸の兵力が希薄になったところを、周り込んだ軍で強襲するのだな!」
ダイテツは深く頷き、話を続ける。
「はい......しかし狙うのは拠点ではなく、敵の糧秣を乗せた船です。拠点を制圧し、城砦の軍を挟撃する形にできなくともこれで敵は飢える。時期に降伏か、自滅します」
「あぁ、そうであるな。しかし......ダイテツ......いや、ダイテツ殿! お主、書物のみでこの計略を編み出したのか?」
カリョウは目の色を変え、彼へ問いかけた。
ダイテツは首を横の振った後、口を開く。
「いえ、私は強制されて常に父と共に戦場にいました。指揮権などは与えられませんでしたが、父上が作戦について副将と議論している様を椅子に座り聞かされておりました。その中で、類似した配置がたまたま今回の作戦立案に役立ったまでです。」
その言葉を聞き、カリョウとヴァイロウは再び顔を見合わせる。
そして、頭を深く下げた。
「今までの無礼な言動、申し訳ござらん! ダイテツ殿を親の七光りと思い、見下しておった」
カリョウがそう言い放つと、ヴァイロウは短く「我もだ!」と口にした。
急変する2人の態度に、ダイテツはポカンと口を空ける。
「や、やめてくださいお2人とも! お2人は父と並ぶアコウ帝国の将軍でございます。この案だって考えたものの、誰がどの役割を果たすべきか決めかねていますし」
「あぁ、それなら......」
●開戦当日、ダイテツの布陣
ダイテツは馬上にて、小さくため息を吐く。
______この作戦の要は陽動部隊......それを理解した上で発案者の私に任された。
しかし、この陽動部隊はこの戦において一番精力を求められる。
昼夜問わず、交代でひたすら城砦へ攻撃を継続しなければならないからだ。
兵士は昼間と夜で番を代われるが、将軍である私は万が一の対処のため睡眠をとれない。
作戦に対して、僅かに後悔を浮かべている彼の耳に太鼓の音が入る。
その瞬間、彼は暴れる馬を手綱で制した。
馬が落ち着きを取り戻すとともに、剣をゆっくりと振り上げる。
______どうこういっても仕方がない。これが戦というものだ。
あの御二方に遅れをとらぬよう、覚悟を決めねば。
深呼吸をしたダイテツは、閉じていた瞼を刹那の速さで開いた。
「これより我らは城砦を叩く......突撃じゃ!!!」