第6話 将軍ダイテツの初陣
潮風が吹き通る中、魔王軍とボンガス軍はお互いを認知しながらも、睨み合いを続けた。
その状態で1か月が経過し、魔王軍兵士は作業の合間に私語を挟むほどには、緊張感を無くしていてた。
彼らの陣営は木造の簡易的な砦を越えると、白いテントのような拠点が碁盤の目のように並べられていた。
同サイズのそれが並ぶ中、いくつかの拠点は異なった形をしている。
軍事作戦本部は長方形に建てられ、中には卓上に地図と駒が置かれていた。
他にも、将軍用と魔王の拠点は階段が設けられている。
入口には左右に門番がおり、同じ魔王軍の兵士といえど、許可なく立ち入ることは許されていない。
そんな魔王の拠点の階段前に、階級の高さを表す勲章を胸に付けた男たちが現れた。
彼らは門番に一礼し、入口の幕をくぐる。
最後尾の男は門番に挨拶はせず、素通りするように中へと入った。
「ダイテツ、参りました」
一番に拠点内で王へ挨拶したのは、武骨な顔のダイテツと呼ばれるトカゲ族の将軍である。
彼は配置される席の中でも、入口に近い末端の網椅子に腰を下ろした。
「カリョウ、参りました」
2番目に王から遠い席に座るのは、細目が特徴的なカリョウと呼ばれるエルフ族の将軍だ。
そして1番魔王に近い席には、先ほど門番を無視したヴァイロウというマンモス族の将軍である。
彼は魔王に対しては深く頭を下げ、ゆっくりと失礼のないように腰を下ろした。
「皆の者、そろそろどうだ」
魔王は肘置きをカチカチと人差しの爪先で叩きながら、集まった将軍たちと軍議を始めた。
隣のライチョウは立ったまま、大きな団扇で王へ風を送り続ける。
少しの沈黙を経て、ダイテツは腰を上げた。
しかしその直後、前にいたカリョウが彼の発言を塞ぐように喋りながら立ち上がる。
「はい魔王様、ここ1か月の偵察で奴らの補給頻度はおおよそ把握いたしました。季節も日差しの上に数秒いるだけで、汗が出る時期でございます。我々が押し寄せ、海岸で布陣せざるを得なくなった彼らはさぞ息苦しいでしょう」
「我のこの喉の渇きは、暑さからではない。軍事状況ではなく、勝算の話をせよ。
私にはもう、時間がないのだ!」
魔王は肘置きを叩き割り、淡々とした口調で静かに怒った。
一瞬にして場の空気が張り詰め、緊張が帯び始める。
ダイテツは声には出してはいないが、冷徹で冷静な魔王の初めて見る怒りに驚きを隠せずにいた。
「あぁ、それは大変申し訳ございません。では、勝算については......」
カリョウは重い口を開き、話を続けようとした最中、さらに前のヴァイロウが腰を上げた。
「魔王様、今こそ出陣の許可をください。たとえ、海からこようと、人ごときに我らが負けるはずがない」
彼は魔王の身体を影で覆い尽くすほどの巨体で、そう言い放った。
象のような鼻を持ち上げ、自信に満ちた振る舞いを見せる。
「うむ、それならば三日以内に作戦を立て、進軍せよ」
軍議を終え、垂れ幕をくぐる最後尾はダイテツに変わった。
先を行くカリョウとヴァイロウは、談笑を終えて振り返る。
「あぁ、ダイテツ殿先ほど何も発しませんでしたなぁ。何か、思うところはなかったのですか?」
カリョウはほくそ笑むような顔とは反対に、丁寧にそう話しかけた。
「私は特に……いや、あえて申し上げ」
ダイテツが話し始める途中、ヴァイロウは高笑いをし始める。
「ガハハ! よさぬかカリョウよ。ガイテツ将軍の子とはいえ、本日が初陣なのだ。簡単に言葉を挟めるわけなかろう」
「まぁ、それもそうですな。ではお二方、明日は作戦本部にてお会いしましょう」
カリョウはそう言い残し、自分の拠点の方へ歩き始めた。
そして彼と同じように、ヴァイロウも手を振って別れを告げる。
残されたダイテツは、ため息を吐いた。
______私も父上のように、大軍勢を指揮してみたかった。しかし、あの御二方がご健在ならばそれも叶わないか。あぁ、生まれがもう少し早ければ。
次の日、彼が作戦本部に向かう最中のこと。
背後から蹄の音と、ギコギコという馬車特有の車輪の音が響いた。
段々と迫るそれは、横を少し通り過ぎて止まった。
ダイテツが馬車の方を向くと、魔王と同様の屋根付きの車体が停車している。
そこから2人の男女が降り、彼は呆気に取られた。
______キンヨウ様に、妹君のギンチヨ様!?
一体何をしに来られたのだ。
目を点にするダイテツの前へ、華奢な体格のギンチヨが迫る。
金髪の髪を靡かせ、上下共に短い紅色の貴妃服を羽織っていた。
彼女は呆然と立ち尽くすダイテツを面白がり、声をかける。
「お主、幼き頃見た覚えがある。名は?」
我に帰った彼は、鼻先に迫る尖った耳の彼女から距離を取った。
「わ、私はガイテツの子……ダイテツでございます。姫様、何故こちらへ?」
慌てて返した彼に対し、ギンチヨは「ふーん」と興味を無くした素振りを見せた。
踵を返し、背中越しに彼女は話を続ける。
「ほう、ガイテツの倅か。ならば、歳は23前後。私と近い歳で将軍とは、頑張ったねぇ」
「それで、何故こちらへ? 戦場は危ないので、離れた方が」
「だって私と兄様は多分、今後一度も生で戦いを見る機会なんてないからね。王家として、それじゃあ締まらないと思わない?」
彼女は馬車の方へ足を進めつつ、話を続けた。
「まぁ、せいぜい頑張ってよダイテツの倅。とは言っても、カリョウとヴァイロウがいたらただのお飾りになっちゃうわね」
ギンチヨは嫌味たらしくそう言い放ち、笑いを手で塞ぎ、遠くへ去っていった。
ダイテツはしばらく、その場に放心せざるを得なかった。
______ギンチヨ様、殿下とは似ても似つかない人だ。あの方は何を考えているのか、見当が付かない。
…… いや、しまった!
作戦本部へ向かわなくては!