第4話 宴
「町令......この酔い潰れてるのが都令の子ってのは、本当なのか?」
ジャンは話しかける声を無視し、ジャンヌに事態の深刻さを説明した。
冷や汗を垂らす彼女は減らず口を封じ、腕を組んで話を聞き込んだ。
「いいかジャンヌ、都令っていうのは県令や町令とは違うんだ。奴らは魔王への忠誠心が高いものだけがなれる。つまり都令の子への非道は、魔王の爪先に泥を塗ったのと同じだ。こいつがもし、誇張して都令に告発したら間違いなくレインは大変なことになるぞ。わかっているのか......おい!」
彼はひたすら目を閉じ、「うぅ」とうなり声を上げる彼女の肩を揺すった。
「わかったからジャン......やめ......ろ」
眉間にしわを寄せ、睨みつけるような目つきで彼女はそういった。
ジャンは問い詰めに怒っているのかと勘違いし、さらに強く彼女の肩をグワングワンと動かす。
「ジャンヌ、話を理解してくれ頼むから! これはお前だけの問題ではなく、レイン全体の危機なんだ!」
「おい......姉さんから離れてくれ町令!」
ジャンは再び、柄の悪い男たちの声を聞き入れなかった。
癪に障った男たちの1人、ダンバは彼の腕を掴む。
すると、ジャンは鋭い目で彼の方を向いた。
「離せ悪党ども。だいたい、貴様らみたいな悪党どものせいでこうなったんだ!」
「あぁ? いくら町令と言えど、聞き捨てならねえなぁ」
「お前らに居座られてるせいで、ジャンヌは厄介事に巻き込まれてるつってんだよ。ジャンヌに免じてお前らを労役に課す報告はしていないが、やろうと思えば今すぐにだって......」
取っ組み合い寸前の2人に、彼女は声をかける。
「ジャンもダンバもやめてくれ。今回の件は全部私が悪い......うぷっ。すまん......気持ち悪いから吐いてくる」
ジャンヌは店の奥の裏口を出て、酒を体外に戻した。
彼女は制止し、裏口から姿を消すまでの間、2人は黙り込んだ。
しかし、見えなくなると途端に店の中は騒ぎ始めた。
「だからいっただろ! 姐さんは酒飲み過ぎたんだから、揺らしちゃダメって!」
「もっと早くいえ!」
「もうやめな! 私が悪いんだってことよ」
ジャンヌは腹をさすりつつ、2人の前に右腕を刺し込んだ。
2人はお互いの胸倉を離し、顔を反らして苛立ちを全身で表していた。
「吐いている時、思いついたことがある。ジャン、県令に頼んで宴を開こう」
数時間後、県令の邸宅の大広間にて豪華絢爛の宴が開かれた。
蝋燭が入口から奥まで柱のように列挙され、視界は昼と同じように明らかになっている。
入口の3段ほどの短い階段を上ると、肉や魚といった値段の張る食べ物が並んでいた。
ジャンヌの仲間の男たちは、その光景を見ただけでよだれを垂らす。
「お前ら、合図があるまで待てよ?」
ジャンは男たちに軽く忠告し、県令の座る最奥の席へ向かった。
「県令、話は届いていると思いますが」
腰を低くし丁寧な口調で伺いをするも、県令の魔人は扇子で口を塞いで不満を表した。
「ジャンよ......とんでもないことしてくれたな。穏やかに暮らしたいからここを希望して来たというのに」
県令は小言をいうも、扇子で仰ぎながらゆっくりと腰を下ろした。
その様子を観察し、一旦安堵の気持ちが湧いたジャンは、都令の子の席へと向かう。
額の汗を拭い、気絶している彼へ声をかけた。
「カザド様......カザド様!」
何度かの呼びかけでようやく、身体が微かに反応見せる。
立ち上がろうと膝を立てた直後、カザドは机に小指をぶつけた。
弾みで頭を床に打ちそうになるが、ジャンは回り込んでそれを防いだ。
「おぉ、すまないすまない。ん……これは」
眠気眼に映る煌びやかな部屋の様子に、カザドは未だ眠りの中なのかと錯覚を持った。
しかし、背後から声をかけるジャンによって意識は確実に戻っていった。
「カザド様、昼間の無礼大変申し訳ございません。そのお詫びとして、今回は県令と共に宴を開かせていただきました。今宵は料理や踊りをお楽しみくださいませ」
「ふん……こんなことでな……許すと」
カザドは寝起きて早々に、机の上の骨つき肉にかぶりついた。
3本ほど食い尽くし、隣の盃で喉の脂を胃に流し込んだ。
______よかった、口ではそう言ってはいるが案外好意的に受け取っていそうだ。
これならジャンヌの秘策を使わなくても……。
ジャンが肩を撫で下ろしたその瞬間、カザドは机を強く叩いた。
「おい! そいつらを席にあげるんじゃねぇ! 目障りだ出てけ!」
______しまった、流れでこいつらを席に入れてしまったのを忘れていた!
ジャンは彼らを言いくるめる為動き出すも、間に合わないと察知する。
ダンバがカザドの言葉に癇癪を起こし、仲間の抑えを押し切ってこちらに迫っていたのだ。
一触即発の空気に、県令は扇で顔を隠し見て見ぬふりを決め込んだ。
しかし、次の一歩でダンバの足は踏み留まる。
鳴り響く琴の音に、彼らは視線を集める。
彼らの目には、まさに天女という言葉がふさわしいと思える銀髪の少女がいた。
美しい音色を奏でる彼女の姿は、紅白が縦に混じる羽衣を羽織っていた。
長い銀髪も踊り子のように結われ、妖艶さを引き出している。
「皆さま、今宵は宴をお楽しみください」
「き……貴様はオルレアンの」
頰を染めつつ、カザドは拳を握る。
ジャンヌは周囲に目配せをし、各々が元の席に戻ることを促した。
ダンバたちは邪魔にならぬよう、自席の肉を抱えて邸宅を去る。
ジャンヌは近くの酒器を取り、カザドの元へ向かった。
______へへっ。まさか親父に無理やりさせられた琴が、役に立つとはな。
いや、そんなことはどうでもいい。
落ち着け私、これからが重要なんだから。
「カザド様、昼間は大変申し訳ございませんでした。私もお酒が入り、度を超えた行動をしてしまいました」
酒を注ぎ終わると、彼女は額を床に付けた。
言い淀む彼は、喉の調子を整えて再び口を開く。
「ほう、反省はしているようだな。だが、謝るだけならば誰でもできよう」
盃を飲み干すと、カザドは鼻の下を伸ばしてそう言った。
ジャンヌは深呼吸終えると、ゆっくりと顔を上げた。
「はい、宴を楽しんでいただいた後は寝室へお招きいたします。ご期待を頂ける身体ではないかも知れませんが、満足いただけるよう努めます」
彼女がそう言い終わると、「ガハハ」とカザドは笑い声を飛ばした。
ひとしきり笑い終わると、ジャンヌに立つよう促す。
「回ってみよ」
ジャンヌの身体を舐めるように眺め、カザドは再び笑いをこぼす。
「あの生意気な娘が色っぽくなるもんだ。いいだろう、さぁ宴を楽しもうではないか!」
彼女を隣に置き、カザドは料理を堪能し始めた。
______ジャンヌ、何も身体を使わなくても。お前は言動は変わっても、誰かのためにそう動くんだな。だが、俺はあの悲劇のように君をもう悲しませたくない。
ジャンは耳打ちでジャンヌに作戦を変更しないかと相談を持ちかける。
しかし、彼女は首を横に振った。
「私の責任だから仕方ない。なーに、火に炙られるよりはマシさ!」
彼女はジャンの背を叩き、ニコッと笑みを浮かべる。
その笑顔にジャンは、これ以上口を出すのを躊躇った。
______俺はまた、彼女を見捨てるしかないのか。……クソ!
「おい、どこへ行くんだジャン!」
県令の声を無視し、彼は宴の席を飛び出た。
暗闇の中にポツポツと蝋燭を灯し、肉を貪るダンバたちに遭遇する。
「なんだジャン、やらねぇぞ?」
ダンバのその一言に舌打ちをし、ジャンは邸宅からさらに遠ざかった。
______万が一を考えれば、薬が必要だ。ジャンヌ、力になれずすまない。せめて、無事に乗り越えてくれ。