第2話 ホウジョウ国の末柄
●カドレリア暦1018年、ホウジョウ国首都
断崖絶壁、難攻不落などの様々な異名を持つこの首都の名はカタトスクという。
城壁の高さはおよそ、21階建てのビルに等しい66メートルだ。
四方どこから攻めても、その異常な高さの壁を越えることは一度もなかった。
人類同士の戦争では、幾度もこの城壁で敵の攻撃を防いだ。
「嘘......だろ」
しかしこの日......30万の人ならざる軍勢によって、その記録は砕かれようとしていた。
「怯むな! 地上に放射することだけに集中しろ! 上空は別の部隊が対処している!」
アコウ帝国は地上と上空により挟撃を仕掛け、胸壁(城壁の上)にいる兵士を翻弄した。
コウモリのような姿をした兵士は、矢が止むと途端に雲を突き抜けて下降する。
空から無数の矢が降り注ぎ、城砦で地上に放射していた彼らの胸を貫く。
「きたぞ! 奴らを撃ち落とせ!」
隣の城砦では号令と共に、迎撃を開始した。
「クソっ! また上に隠れやがって」
しかし数人をまぐれで撃ち落とすことはできても、再び彼らは雲の後ろへ身を潜める。
兵士の1人が上を向いていると、突如隣の仲間が血しぶきを上げた。
振り向いた彼の視界にあったのは、人の形をしたトカゲだった。
彼らは鎧を纏い、剣や槍でそこらにいたホウジョウの兵を蹴散らす。
「南門がついに......」
南西の城砦で指揮をしていた将軍は、戦闘中は一度も命令意外の言葉を発するような人物ではなかった。
しかし、そんな彼でもカタトスクの城壁に敵兵が乗り込んだ。
という未だかつて起こりえなかった状況に、つい口を滑らした。
彼の目線の先には、階段上の橋が地上から架けられていた。
その橋の土台には、象のような姿をした身長3メートル以上のマンモス族がいた。
彼らは築いた段の上に乗り、頭上に木の橋を持っていた。
数キロ先から続くそれによって、トカゲ族の兵士たちが乗り上げたのだ。
ホウジョウ側も橋が架かるのを傍観していたわけではない。
矢と槍によって迎え撃っていたものの、土台の彼らは1つも痛がる素振りもなくその場に立ち尽くしていた。
投石機を使い、ようやく彼らの動きを鈍らせる程度だ。
「こいつら......硬てぇ!」
同じく、城壁の上ではトカゲ族の猛攻に苦戦を強いられる。
彼らは鎧と等しいほどの硬度を持つ皮膚を持っており、軽い一撃では貫かれない。
ホウジョウ側はそれでも必死の抵抗を続け、鎧の隙間に槍を突き刺した。
突き刺した兵士は、槍を引き抜く前に雄たけびを上げる。
「人間もどきがっ......人様を舐めるな!」
そう発した直後、暗い緑色の肌をしたトカゲ族の男は槍の柄を掴んだ。
槍を勢いよく抜き、その反動でホウジョウ兵の武器を奪う。
「......欲しいか? じゃあ返すぜ」
槍を奪った彼は穂(槍の先端)を反転させ、ホウジョウ兵の足を突いた。
悶絶してその場に腰を下ろす彼を、トカゲ族の男はすかさず剣で首を斬る。
「......よっわ」
こうしてカタトスクは無情にも、一矢報いることもなく血の海に沈む。
ホウジョウ国の兵は1人残らず斬首され、城中にいた民も反乱阻止のために各地にバラバラに飛ばされていった。
●カドレリア歴1319年、ラタトスク付近のランバイ
「だが我らは最後まで戦い抜き、破れたのだ。人類の誇りを失わない為にな。......おい、聞いているのかイルバーン!」
ホリが深く、中年と呼ぶには少し老けた顔の男は、声量を抑えながらも怒気を込めてそう発した。
彼は草むらに身を伏せ、行軍中のアコウ帝国への警戒を怠らなかった。
「父上、その話はもう19年聞き飽きた。ですが何度もいうように、300年前のことなんて、俺はどうでもいい」
身の丈2メートルと、人間としては規格外の体格を持つ彼の名はイルバーンという。
アルバンの後ろで仰向けになり、退屈そうに空を眺めあくびをしていた。
「......うおっ!?」
怠けるイルバーンの頭上を突如、刃が通った。
思わず声を上げそうになった彼は、口を手で塞ぐ。
「......殺されると思ったじゃないか」
彼が目をやると、神妙な表情でアルバンは口を開いた。
「いいかイル、この剣は王だけが代々携えることができるものだ。この剣を受け継ぐ時、私は300年に及ぶ祖国の恨みを必ず晴らすと前王に誓った。この誓いは私が果たせなくとも、必ず次の者に引き継がせる。お前は恵まれた体格と力がある。
もし私が生きている間にあの獣どもの支配が揺らぐようなことがあれば、貴様が奴らに引導を渡すのだ!」
イルバーンはしばらく父に目をやり、話が終わると再びあくびをした。
そして、空を眺めながら暫く沈黙する。
______はぁ、父上がこうなると融通効かないんだよな。
だけど王家の血を継いでいるといっても、各地を転々とする根無し草だし。
俺はただ、鍛え上げたこの肉体で魔人どもにどこまで通用するか試したいだけなんだ。
でもまぁ、話が長引くのもめんどくさいから素直にお返事しときますか。
「はい父上! もう一度しっかりと、心に刻みました!」
イルバーンは立ち上がり、高らかな声と共に自身の胸を叩いた。
慌てたアルバンは、彼の腰付近の服を掴む。
「おいこら伏せんか、この馬鹿息子!」
慌てる彼とは反対に、イルバーンは落ち着いて立ち尽くす。
「父上、もう奴らの後ろギリギリ見えるかどうかだぜ」
そう言われたアルバンは、ゆっくりと腰を上げる。
はぁとため息をつき、鞘でイルバーンの頭を軽く叩いた。
「......いてっ! ちょっ......」
「それにしても、10万規模の軍で討伐せねばならない蜂起や反乱が向こうにあるというのか。......行くぞイル」
アルバンは小さな荷物を背負い、行軍するアコウ帝国の後を進み始める。
「えぇ、いくら俺でも10万から父上を守り切れるかなぁ」
「黙れ、私も心得はある」
今この時を持って、300年くすぶっていた意思は火を灯し始めるのであった。