第22話 私は......私は、ジャンヌ・ダルク
ブクマが5000になるまで、一旦この話で中止します。
詳しくはあらすじに追記しております。
●県令の邸宅前
「おい、紐が緩んでるぞ」
「あ......あぁ、悪い」
足袋の紐を結び直す男は、落ち着かない手つきを見せる。
その様子を眺めていた他の者は、荒い息を整えようとした。
「皆、緊張しているな」
その中でも、比較的緊張の薄い2人の男は軽く言葉を交わす。
「あぁ、襲撃を断行したのはいいが......集まったのは50人だ。都令の邸宅にいるのは20人ほどと聞いているが、勝てるかどうか」
「何弱気になっているんだよ。糧秣を取り返さなければ、どっちにしろ俺らは死ぬんだぜ?」
「まぁ......そうだな」
片方の男は、話し合いを済ませると鍬を掲げて深呼吸をした。
そして喉の調子が整ったのを確認すると、声を張り上げる。
「皆聞いてくれ! 俺もお前らと同じように、手の震えが止まらない」
彼は懐から紫色の草を取り出し、隣の者に渡した。
「これは痛絶草といって、痛みを一時的に無くしてくれる。怖さは軽減できないが、これで怯むことなく戦えるはずだ。さぁ、皆これを食べるんだ」
数分後、集団は隣の者に皮膚をつねらせて痛覚を確認し合う。
「ほ......本当だ。痛みが全くない。これなら......これなら行けるぞ!」
「よーし、皆そろそろ邸宅に突撃をする。ここで帰りたい奴は、消えてくれ!」
●県令の邸宅にある、とある一室
ボン都令は供物の処理を終えたという報告を聞き、笑みをこぼしていた。
______フフフ、都令を甘く見た報いよ。討伐軍もすぐそこに迫り、案内を飛ばした。
今宵か明日には到着するだろう。あぁ、早くこの辺境から都に帰りたいものだ。
彼はそう思いながら、寝室に灯る最後の蝋燭の火を消そうとした。
その直後、ドドドと寝室へ向かって廊下側から足音が鳴る。
彼は身体を反射的に動かし、蝋燭を倒した。
手に火傷を負った都令は、扉に迫る足音を睨みつけた。
「誰だ! 火傷を負わせおって、許さん!」
彼が扉を叩きつけるように開けると同時のことだ。
兵士は都令を見るや、慌てるように報告をし始める。
「なんだって!? ゴミどもが襲撃だと!?」
都令は目の前で膝をつく兵士を蹴飛ばし、門の方へと足早に向かう。
外へ出ると、警備をしていた兵士と民衆がすでに戦闘を行っていた。
トカゲ族の兵が民衆を容赦なく斬り殺すも、彼らは怯むことなく突撃を行う。
硬い皮膚を持つトカゲ族を倒す者はいないが、エルフ族は拮抗した戦いをしていた。
トカゲ族の兵士もダメージは負ってはいないが、僅かに後ずさる動きをしている。
腕や足を斬り落とされ、目を潰されても咆哮と共に突撃する民衆の様が彼らをそうさせていた。
「こいつら何なんだよ! あぁ!」
練度の低い都令の兵は、士気の高い人の集団に気圧され始めた。
そしてついに鍬の先端が目に深く刺さると、1人のトカゲ族の兵士が絶命する。
鍬に寄りかかって倒れる死体に、民衆は更に声を張り上げた。
「......目だ! こいつらの目から直接を脳を突き刺すんだ!」
最初にトカゲ族の兵士を殺した男は、そう叫びながら同じくその場に倒れた。
左腕から血を垂らしながら、戦闘を行っていたのだ。
その勇姿を見た彼らは、執拗にトカゲ族の目へ攻撃を繰り返す。
______これは現実なのか?
人が魔人相手に何故、ここまで優勢に立っているんだ!
それもただの村人風情が!
「おいそこの! ガンマとベータを呼べ!」
ボン都令は上ずった声で、近くの兵士にそう伝えた。
______あぁ、討伐軍の到着を早めたのが裏目に出るとは。
この失態が知れれば、私も降格されかねない。
やっと気づいたこの地位、辺境の人族風情に潰されてたまるか!
早く......早くガンマとベータは来ないのか!
数分後、お互いに死体の山を気づいた兵士と民衆は一時的に交戦を止めていた。
睨み合い状態が続き、エルフ族の誰かが一歩後ろに足を動かす。
その瞬間、民衆は再び雄叫びを上げて突撃を始めた。
彼らの声に、兵士たちは思わず悲鳴を上げる。
しかし雄叫びを上げた民衆の数人は突如、側面から現れた何者かに顔面を蹴飛ばされた。
顔面を馬の足のようなものに下敷きにされた彼は、僅かに身体をビクっと動かす。
それを察知した何者かは、馬上から槍を胴体に突き刺した。
完全にそれが動かなくなると、槍を引き抜いて血を払った。
民衆は一瞬の出来事にただ、静まり返る。
彼らの目の前には、ケンタウロス族に騎乗するトカゲ族の男がいた。
「こりゃ良い血の臭いだ。さぁ久しぶりに暴れるかベータ」
騎乗するトカゲ族の男は、槍を肩に乗せてそう呟いた。
彼に呼応するように、ケンタウロス族の男は口を開く。
「あぁ、ガンマよ遅れをとるなよ」
「わかってるさ......ひゃっほう!」
ベータと呼ばれるケンタウロス族は、太い鉄の棘が付いた盾を両手に持っていた。
後ろ足を蹴り上げると同時、彼は盾を構えて突進を始める。
民衆は驚いたものの、先ほどまでと同じく彼らにも怖気る事なく攻撃を行った。
しかし、鍬を振り落とすと同時に盾でそれを防がれてしまう。
反動で身体を反らした男に、騎乗しているガンマが槍を突き刺す。
3人程突進の勢いで槍にくし刺しにされる。
そしてガンマは死体を槍から飛ばし、目の前にいた数人の敵に覆いかぶせた。
10人を一掃すると、ベータはコツコツと蹄を鳴らしながらゆっくりと振り返る。
「ふぅ、いい汗掻いたぜ。さて、後もうひと踏ん張りと行くかベータ!」
ガンマはそう額の汗を拭い終えると、再びベータと共に突撃体制をとった。
その圧倒的な火力に、民衆は未だに声を上げられずにいた。
「あ、あんなの......勝てっこねえよ! 上と下から、同時に攻撃と防御されるなんて」
誰かがそう嘆くと、当然悲鳴が上がる。
目を潰された誰かが、痛みを訴え出したのだ。
「おい落ち着け! 草の効果はまだ切れてないはずだ! ......おい!」
誰かのそれに呼応するように、民衆は痛みを叫ぶ。
彼らの咆哮する声と真逆の反応に、怯んでいた兵士たちはお互いの顔を見合わせた。
「ハハハ、人が馬鹿にしやがって。今までの分、覚悟しやがれ!」
彼らは落とした剣や槍を拾い上げ、民衆に攻撃を再開しようとした。
ガンマたちは彼らの先頭で走り、笑みをこぼす。
「クソッ!」
傷の浅い男たちは、迫る兵士たちを前にそう呟いた。
このまま無残に斬り殺される映像が、脳内にイメージされる。
そのイメージが刻々と、現実となろうとしていた。
ベータが前足を上げ、男を蹴り飛ばそうと迫る。
.....その時、彼らの近くにあった壁が一瞬で瓦礫と化した。
瓦礫は勢いよく飛び、無数の破片がガンマたちに襲いかかる。
前足を起こしたことで、不安定な体制となった彼らはそのまま横に倒れ込んだ。
何が起きたのか......その場にいた誰もがそう思った。
一同が破壊された壁の方へ、視線を向ける。
すると、砂煙の中から人影が1人......また1人と増加していく。
「誰だ!」
ボン都令がそう言い放つと、砂煙の中から銀髪の少女が現れる。
「私は......私は、ジャンヌ・ダルク! 今この時を持ってボン都令のお命、頂戴致す! 者ども、かかれ!」
彼女は旗を掲げ、そう声を響かせた。
すると砂煙を潜り抜け、ぞろぞろとこん棒を持つ大男たちが現れる。




