第20話 ダンバの思い
ジャンヌが目を覚ますと、そこは薄暗い洞窟だった。
しかし彼女の後ろからはぼんやりと、橙色の灯りがある。
振り返ると、遠くに火を囲った集団を見つけた。
彼女は腕を後ろに拘束されていることに気づき、不器用に立ち上がる。
壁を伝ってそこまで歩いた彼女は、視界が明瞭になった。
目の前では、山賊たちが木の実や山菜をボリボリと食していた。
彼らは談笑していたものの、現れたジャンヌを見て静まり返る。
そんな中、彼女は彼らの中で飛びきり印象に残った顔を見つけた。
「あっ、お前ら二人とも!」
ジャンヌは自分が襲いかかった男と、殴ってきた男の2人を睨みつける。
しかし、2人と他の男たちは笑いをこぼし始めた。
「ハハハ! お前、自分の立場わかってないのか」
仲間と共に、彼女を笑い飛ばす2人の男はふいに頭を小突かれる。
彼らの後ろにいた、髭が濃い老け顔の男は重々しい足音と共にジャンヌに近づいた。
見下ろす彼にも彼女は、毅然とした態度で向き合う。
「お前は一週間後、奴隷商人に売り飛ばす。その青いコブが癒えたときが、貴様は売られる」
男はそう言い残し、干し肉を彼女の口元に当てた。
睨みつける彼女だったが、それを口に含んで咀嚼した。
「俺の名はダンバ......何かあれば、声をかけろ」
ダンバは背を向け、遠ざかりながらそう喋った。
その後は元いた場所に座り、木の実を食べる。
「頭、なんであの女に貴重な肉をやるんですか?」
「そうですよ、俺たちはこんな質素なのに」
仲間がそう嘆くと、ダンバは答える。
「売り飛ばすとき、やせ細っていたら困るからだ。心配するな、金が入れば干しと言わずマシな肉を食わしてやる」
彼の言葉に仲間は歓喜し、ジャンヌを忘れてまた談笑が始まった。
彼女も仕方なさそうに、彼らから少し離れたところで干し肉を少しずつ食べる。
次の日、ジャンヌが目覚めると隣には1人の男がいた。
彼は目を覚ました彼女を確認し、再び洞窟の外の景色を眺める。
「なぁ、見逃してくれない?」
ジャンヌは上目遣いでそう、彼へ声をかける。
しかし、男は視線を向けることはなかった。
何度かそう声をかけても反応がなく、彼女は仰向けに倒れる。
「はぁ、これから6日間毎日味のしない肉かぁ」
そうため息を吐く彼女に、男はキリっと目を向けた。
「おい女、あまり大きな口をほざくなよ。俺らの貴重な食糧に、文句垂れやがって」
彼の言葉を聞き、ジャンヌはニコっと笑みを浮かべる。
「ようやく声かけたな。お前らは山賊だから、満足いく飯食えないんだろ?」
そう言われた彼は、反発するように無視をしようと試みる。
それを見たジャンヌは、身体を転がして壁に当たった。
「あ~あぁ、腰のポケットに塩があるんだけど取れないなぁ」
「ぁん......塩だと?」
彼がそう、呟いた直後のことだ。
ジャンヌの衣服の中から、片手に収まるサイズの甕が転がり落ちる。
彼は驚きながらも、自身の足元近くに来たそれを拾い上げた。
「本当に塩じゃねえか、こんなものどこで......」
「おーい、猪仕留めたぞ」
彼が甕に夢中になっていると、洞窟の入口からそう声がした。
彼は戻って来たダンバにすぐそれを見せ、訳を話す。
「うっめぇ!」
日が沈み、洞窟の外は灯りが完全に消えた。
またしても火の灯だけを頼りに、彼らは食事をする。
しかし昨晩のように、苦虫を噛むような顔ではない。
白い小さな粒をふりかけた肉を、豪快にかぶりついていた。
「肉がこんな美味いの、久しぶりに思い出したぜ!」
そんな中、塩を提供したジャンヌは依然として拘束された状態でいた。
騒ぐ彼らを眺め、一笑する。
その姿に誰も目もくれない中、ダンバだけが彼女に迫った。
「女、何がおかしい? 塩で買収しようとして、失敗したんだろ?」
彼がそう呟くようにいうと、ジャンヌはまたしても笑いをこぼす。
「まぁね。だけど......お前らの楽しそうに食べる姿見たら、いいやって感じだ」
彼女ののほほんとした口ブチに、ダンバは頭を掻く。
「お前、馬鹿なのか? このままだと、奴隷になるんだぞ?」
彼の言葉に、ジャンヌは視線を反らす。
そしてため息を吐いた後、ぐったりと身体を横にした。
「まぁね、でも私それよりも辛い目にあってきたから。人生なんて、幸せになっても突然振り落とされるし、その逆もまたある。私が奴隷として売られたとしても、必ずしも不幸に思うとは限らないってこと」
「そんな楽観的な気持ちで売り飛ばせる女、初めてみたぜ。可能性を否定する気はないが、俺らがこの歳まで山賊稼業でしか生きられてないんだ。現実を見据えて、少しは考え改めな」
ダンバはそう言い残し、またしても去ろうとする。
しかし数秒後、彼の足はピタリと止まった。
彼女の言葉が、彼を引き留めたのだ。
「じゃあ、お前に可能性を与えてやるよ。私の家、実は飯屋なんだ。もし、私を開放してくれるならそこで働かないか? 金は出せないけど、飯と寝床は保証するよ」
振り返った彼は、「舐めているのか!」という言葉が喉まで出かけていた。
しかし、彼女の屈託のない笑顔を前に言い淀む。
「だ、誰が信じるかてめぇの話なんか。そこで黙って寝とけ!」
ダンバは自身の頬を叩いた後、彼女の全身を獣の毛皮で覆った。
踵を返し、今度こそ帰ろうとしたまたしても止められる。
「この毛皮すごい臭うな。......お前ら、人さらいは初めてなんだろ?」
ジャンヌは毛皮を外し、そう声をかける。
ダンバは振り返らず、無言でその場に立ち尽くした。
「私の知り合いが攫われて、危うく売り飛ばされそうになったことがある。その時の話を聞いたことがあるけど、お前らより酷かった。たんこぶが出来ていたからだとしても、そう思うよ。きっと、生まれが違えば山賊なんてしてなかっただろうに」
ダンバはそれを聞き、なおも沈黙した。
その背後でジャンヌは立ち上がり、深呼吸をする。
声を張り上げ、洞窟にいる一同の視線を集めた。
「お前ら、そんなにうまい飯食いたいなら......私の家へ来い! 握り飯に、手羽先、魚の煮込み、何でも食わせてやる。私のこと、解放するって条件付きだけどな」
彼女の言葉を聞き、彼らは口々に料理名を浮かべた。
よだれを垂らし、手に持った猪の肉を見つめる。
「これより......これより美味いのか!」
誰かがそう、彼女に問いかける。
ジャンヌが大きく頷いて見せると、男は腹を鳴らせた。
「さぁ頭さん、選びなよ。仲間の気持ちを優先するなら、選ぶのは1つだけどね」
「はぁ、おかしな女だ。いいだろう......ただし、美味くなければ約束は無しだ」
ダンバがそう照れながらいうと、ジャンヌはまた笑顔を見せる。
「おう!」
______俺らは姐さんと出会い、まともな生き方というのを初めてした。
山賊をしていたら得られないような、充足した日々だった。
「で、どうしますか頭」
ダンバは現在に意識を戻し、仲間から決断を迫られた。
「もちろん......残る」




