第19話 ダンバとジャンヌの出会い
●ダンバたちのいる山
土を埋め尽くす落ち葉が当たり一面に広がる斜面を、数人の男が登っていた。
彼らは毛皮の布を纏い、手に木の棒を握っている。
棒の先端には石を尖らせたものをくくり付け、簡易的な武器に仕上がっていた。
そして彼らの視線の先にある、斜面を越えた場所。
そこからカンカンカンと金属を叩く音がした。
「合図だ.....来るぞ」
男たちはそれを耳にした直後、木の陰に間隔を広げて身を潜めた。
視線と手で簡単なやりとりを行っていると、獣の咆哮が響く。
誰かは顔の半分を、慎重に木の陰から出した。
すると、猛スピードで斜面を下っている猪の姿がある。
猪の少し後ろには、木の陰に隠れる男たちと同じような身なりの者たちがいた。
彼らの1人は片手に持つ金属の物体を、剣の鞘で何度も叩き続けている。
そして、誰かの木の陰の横を猪が通り過ぎようとしたその瞬間。
獣の横腹に木の棒が突き刺さった。
猪は片脚をくじき、木に顔を衝突させる。
数秒ほどジタバタと身体を動かしていたが、徐々にそれは弱弱しくなっていった。
「頭、やりましたぜ」
男は棒を引き抜き、斜面を下るダンバにそう声をかける。
ダンバはもみあげから顎まで、もっさりとはやした髭を触りながら頷いた。
彼が猪を解体しようとしたその時、仲間の一人が焦った様子でダンバに駆け寄る。
「町のはずれで盗み聞きしたんですが、都令が討伐軍を呼びました! どうしますか」
彼の言葉に、一同はドっと騒ぎ出した。
「まじかよ、やっぱり都令を殺したのはまずかったんですよ。早くここから離れましょう」
______あぁ、俺の命も後少しか。
しかし、姐さんへの恩はこれでようやく返せる。
生まれた時から忌み嫌われる俺たちを、姐さんだけは普通に接してくれた。
ダンバは目を瞑り、ジャンヌとの出会いを頭の中で遡る。
彼女との出会いは、彼がまだ髭の濃くない時のことだった。
彼らは猪を狩った場所と同じ斜面で、先ほどと同様木の陰に身を潜めていた。
斜面の下の山道には、木の桶で水を運ぶジャンヌの姿があった。
彼女は肩に太い棒を載せ、それに桶をぶら下げていた。
歩く度に背中側と前側でぶら下げている桶が微妙に触れ、彼女は水をこぼしそうになっている。
しかしそれを更に進む一歩で何とか修正し、桶から水をこぼさないように慎重に動いていた。
「頭、あれは高く売れますよ。ただの村娘ですが、あの銀髪と人形のような容姿はまさに......磨けば宝石ってもんだ」
ダンバは仲間の誰かの口ぶりを、うーんと唸りながら聞いた。
「まだ人さらいを渋っているんですか? もう散々、追い剥ぎをしてきたんですよ。どっちみち捕まれが首が飛ぶんです。なら、大金手に入れて少しでも楽しい山賊生活送りましょうや」
調子の良い彼の言葉に、他の仲間も同意の声を上げる。
______俺らも人数が増え、山道を通る商人たちを襲う頻度が増えた。
そのせいで最近は奴らに護衛がいたり、襲いづらい道を通られてる。
だからこれからは人さらいが一番だ。
上玉を見つければ、数週間は襲わなくていい。
「仕方ねぇ、これも生きていくためだ。者ども、あの女を捕らえるぞ!」
彼の号令の声が響いた数秒後、一斉に彼らは斜面を駆けた。
そして彼らの数人は斜面の途中で蹴り上げ、飛びかかって彼女に襲いかかる。
それに気づいたジャンヌは、足を滑らせて桶の水を被った。
空になった桶を頭に被せた状態で、彼女は立ち上がる。
ヒヒヒと不気味な笑い声が、四方八方から彼女の耳に入った。
しかし臆する動きもなく、ジャンヌはゆっくりと桶を持ち上げる。
「へへへ、大人しくしていれば手荒にはしない。さぁ、腕を後ろに回しな」
彼女の目の前に立つ男は、こん棒を手のひらで叩きながらそう口にした。
ジャンヌはゆっくりと彼に向かって歩き、桶をぶらぶらと持ち続ける。
その姿に、男は従うのかと考えてこん棒を腰まで下げた。
しかしその瞬間、ジャンヌは彼に飛びかかって桶を額に当てる。
「この野郎......1時間かけて運んでた水だぞ!」
もう一撃、彼女は直撃させようと腕を振り上げた。
だが彼の隣にいた男が、彼女を殴り飛ばす。
飛びかかられた彼は、額を抑えながらジャンヌを睨みつける。
「このアマ、ただじゃおかねえ!」
彼女に近づこうとする彼だったが、目の前にダンバが立ちふさがった。
「落ち着け、もう女は捕まえた」
ダンバの大柄の体格を前に、彼は舌打ちをする。
「すいません頭、すぐに売れなくなっちまいました」
女を殴った仲間の一人は、ペコペコと謝る。
ダンバは振り返り、気絶したジャンヌを眺めた。
彼女の殴られた左目付近には、青い痣が出来ている。
それを見てため息をついたダンバは、口を開く。
「お前ら、洞窟に戻るぞ。この女は数日間、俺らで捕らえておく。痣が癒えたら売り飛ばす、それでいいな」
彼の言葉に「あぁい」とぽつぽつと返事が発せられた。
そして殴った男は、ジャンヌを持ち上げながらボソっと喋りかける。
「それにしても頭、この女面白いっすよね。男に囲まれてビビらないどころか、殴りかかるなんて」
「......あぁ」
こうしてダンバとジャンヌの、奇妙な出会いが始まった。




