第17話 焼土
ジャンヌたちが糧秣を蓄えて一週間ほどが経過した。
その間の連日連夜、県令の邸宅からは騒音が鳴り止まなかった。
ボン都令はだらけた姿勢で座り込み、踊り子たちの姿を眺めていた。
彼の部屋には肉や魚、果物といった色とりどりの料理が常に置いてある。
それらを酒で口直しをしつつ、飽きることなく貪り食っていた。
「都令様、依然は職務と魔王様への忠義心だけは確かであったのに」
「あぁ、レインに到着してからというもの......人が変わられた」
側近たちはボン都令の部屋に料理が運ばれるたび、そう口々に廊下で話し合っていた。
「あぁ、愉快愉快! カザドにも見せてやりたかったものだ! おい、この肉冷え切っているではないか!」
彼はその肉が置かれた皿ごと、運んできた召使に投げつけた。
召使の額にそれが接触し、血が垂れる。
ボンは床に血が落ちると、さらに不愉快な顔をした。
「貴様、部屋を汚しやがって。二度とこの屋敷を跨ぐな!」
怒鳴りだした都令の言動に、踊り子たちは僅かに悲鳴を発した。
しかし、気分を害さないようにと一瞬止めた動きを再び再会する。
踊りを続ける彼女らは、兵士によって追い出される召使の男を薄っすらと眺めていた。
引き戸が閉じると、彼は唸りながら腰を下ろす。
「ふん、山賊を野放しにしていた場所だけあるわ。召使まで民度が落ちているとは、話にならん。早う討伐軍に来てほしいものだ。」
彼が酒を口に含んだ直ぐのこと。
廊下の外から兵士が頭を下げながらも、部屋に入り込んできた。
驚いた都令は酒を吹き出し、彼へ声を荒げる。
「お前まで我を愚弄するか! 誰かこの者の首を......」
廊下で彼が部屋へ入るのを止めていた兵士たちは、諦めるようにため息を吐く。
「だから言ったのに......今のボン都令に町の状況を報告するのは難しいと」
兵士は両腕を掴まれ、連行されながらも口を開いた。
「ボン都令! 徴収量が減っているのはご存知でしょうか! カザド様の葬儀と称し、供物として糧秣を蓄えているのです!」
彼がそう叫びながら伝えると、都令は連行するのを中止させる。
そして、目の前の膳を蹴飛ばしながら兵士の近くまで赴いた。
「お前、それは本当か!」
酔いが覚めたように、都令は冷静な口調で話しかける。
腕が自由になった兵士は、改めて事情を口にした。
説明が終わると、都令は歯を食いしばって沈黙を続ける。
______己、レインの愚民どもが!
小賢しい策で徴収を拒みよって。
しかし、国の法で供物に手を出すことは禁止されている。
いくら魔人だからとはいえ、それを討伐軍に知られれば魔王様の面子を傷つけたとなる。
あぁ、忌々しい奴らだ。
いや待てよ、手を出せぬならいっその事......。
彼は不気味な笑みを浮かべ、兵士の肩に手を置いた。
覗き込むような目つきをし、彼は兵士に耳打ちをする。
「供物を全て......灰にしろ」
都令の言葉の意図を理解した兵は、頷くのを躊躇う。
「しかしそれでは、彼らは本当に餓死してしまうのでは? 民が減れば来年からの徴収も減りますし」
都令は彼の肩に爪を立て、皮膚に食い込ませた。
「安心しろ、この土地は肥沃なのだ。多少数が減ろうとも、すぐに虫のように湧いて増えるわ。さぁ、今すぐ村人を装って各地の葬儀場に行け!」
「はっ!」
それから二日後......レインの各地に燃え盛る炎が点々と出現した。
葬儀場に訪れた人々はただ、食料を詰め込んだ俵が灰になるのを眺めるしかなかった。
幸い、葬儀場は町の広間に設置されていたので二次災害はない。
しかし、食料が灰となった衝撃は彼らにとってあまりにも大きかった。
ジャンヌが灰となった1つの葬儀場に駆け付けた頃には、絶望から殺意に彼らの感情が移り変わっていた。
「ど......どうするんだよ! 次の収穫は3か月後だぞ!」
騒ぎの中、ジャンは人垣をかいくぐってジャンヌの傍へ辿り着いた。
「ジャンヌ、どうやら都令は事故を装って供物を全部焼いたらしい」
暗い顔をする彼女は、ジャンに小さな声で返す。
「同時に各地で火が上がるのが事故だっていうのか」
彼女の言葉に、ジャンは返す言葉もなかった。
「こうなったら......やるしかない。もう、あいつらにはうんざりだからな」
誰かがそういうと、呼応するように皆が腕を天に突き出した。
「皆聞いてくれ! 今更山賊を倒しても、こんなことをした都令が食糧を返すとは思えない。。となれば俺たちに残された選択肢は二つだ。飢えて死ぬか......」
灰となった山に男は立ち、周囲の人々にそう声をかけた。
しかし後の言葉を言うのを躊躇い、黙り込んだ。
それでも人々は彼が言おうとした言葉を察し、1人が言葉を紡いだ。
「いっ......一揆だろ? 邸宅には討伐軍のための一か月分の食糧がある。それを奪えば食い凌げる」
誰かがそういうと、賛同する声と否定の声がきっぱりと割れる。
「馬鹿かお前ら! そんなことをすれば、俺らが討伐軍に殺されちまう。それに、都令の軍だって魔人なんだ。人の俺らが歯向かったら、死人がいくら出ると思ってんだ!」
言い争いが白熱し、彼らは拳を交え始めた。
目の前で起こる暴動を見つめながら、ジャンヌは崩れ落ちるように手を地面につける。
数秒ほどその態勢で固まった彼女は、意を決してジャンの腰にある剣を奪い取った。
それを首筋に近づけようとする彼女の腕は、寸前で停止させられる。
「ジャン......何で止めるんだよ。......死なせてくれ、頼むから」
ジャンヌは彼に掴まれた直後、そう震えた声を発した。




