第16話 葬儀の供物
惨劇が未だ鮮明に脳内に映る中、ジャンヌは折れた手首を擦った。
______ジャン......私に怒っているはずなのに、手首の応急措置をしてくれた。
思えば、前世からずっと彼は私の隣にいて助けてくれる。
無鉄砲な自分の行動は自覚しているけど、彼がいるから甘えているのかもしれない。
あぁ、私って1人で何もできないのかな。
ジャンヌはジャンの後ろ姿を眺め、漠然とそう考えに耽る。
しばらく歩くと、目の前に屋敷が見えた。
県令の邸宅と比べると質素だが、他にあるレインの家々よりも際立って大きな造りをしている。
しかし2、人は門の数メートル手前で立ち尽くす。
目の前には県令の邸宅前のように、人々がいたのだ。
人数は減っているが、彼らは一同に頭を下げながら声をかける。
彼らの声は、明らかに震えた声色をしていた。
「町令様、何度も申し上げて大変ご無礼と存じております。しかし......一月もこの規模の徴収をされると、飢えで死んでしまいます。どうか、都令様にその旨をお伝えいただけませぬか」
そう話し終えると、膝を落として祈るように両手を重ね始めた。
彼らは口々に「お願いしますどうか」と繰り返した。
その姿に頭を悩ませたジャンは、膝を土に付けた1人を立たせようとする。
「無理を言わないでくれ。私がそのような進言をしても、聞き入れられはしない。頼むから、山賊たちを討伐するまで辛坊してくれ」
彼の言葉を聞き、集まった彼らは拳を地面に叩きつける。
「クソ! こうなったのも全部、あの山の奴らのせいなんだ! なんで俺らが、こんな苦労しなけれりゃ......そうだ!」
ジャンが立たせようとした彼は、集まった彼らに声をかけた。
「みんな聞いてくれ! 討伐軍が来る前に山賊どもを俺らで一掃しよう! そうすれば、徴収は元の基準値の量だけで済む!
討伐軍に与える糧秣は、無くなるんだ!」
彼の言葉を聞き、彼らは迷いが晴れたように叫んだ。
「おぉ! 町令も当てにならねぇなら、やるっきゃねえ! やるぞぉ!」
彼らは意志を高めるためなのか、叫び声と共に何度も腕を天に突き出した。
その様子を見ていた2人は、事態の悪化に焦りを感じる。
「なぁジャン、民が勝手な行動したら多分さぁ」
ジャンヌがそう口にすると、ジャンは深く頷く。
「あぁ、都令に知られればあの惨劇を再び引き起こしかねない。だが、徴収は決定事項。彼らのあの士気を崩すことは......」
彼は言葉に詰まり、落ち着くように彼らに声をかける。
しかし、ジャンの声は彼らに通らなかった。
「よし......鍬を持ってきて、山へ向かうぞ!」
集団はそのまま、ジャンの屋敷から遠ざかろうとした。
ジャンヌは彼らの後ろ姿を見つめ、思考を巡らす。
______このままだとダンバたちだけじゃなく、レインの皆が大変なことになる。
何かしたいけど、ジャンにも解決できないことを飯屋の私が......。
あぁ、そもそも私がカザドを怒らせなきゃこんなことにはならなかったのに。
都令の子だって知っていれば、こんな事態になんか絶対......。
そう考えた瞬間、彼女の脳裏にある秘策が思いついた。
彼女は深呼吸をし、遠くの山脈まで届くのではないかという声量を出す。
「待って! 私......戦わずに解決する方法見つけました!」
立ち去ろうとした民衆は一瞬、彼女の大声に足を止めた。
振り返る彼らの前で、ジャンヌは咳き込み始める。
喉の調子が回復する頃には、再び彼らは背を向けていた。
しかし、ジャンヌは彼らの近くまで行って訳を話す。
「カザドの葬儀を行うんです! そうすれば、徴収はされません!」
彼女の説明に一同は首をかしげる。
隣にいたジャンも、何を言っているんだと彼女の肩を掴む。
彼らの困惑した顔とは反対に、ジャンヌは自信に満ちた笑みを浮かべた。
それから二日後、レインの各地では町中を歩く全ての者が白装束を着込んでいた。
彼らは町の広間に簡易的な木造の建物を建てて、壁には花がかけられている。
建物の入口には町令の役人がおり、清酒を来客に手渡しした。
ジャンヌはジャンからおちょこを受け取り、その酒を飲み干す。
鼻にまだ酒の香りが残っている中、彼女は入口の白い垂幕を一礼してくぐった。
目の前には祭壇に向かって長い列をなす、人だかりがある。
彼らは祭壇前に着くと、持ち寄った供物を備えた。
「貴様ら、一体これはどういうことだ!」
ジャンとジャンヌの2人が、顔を合わせて笑みを浮かべた瞬間だった。
垂幕を強引に突破した都令の兵士が、葬儀場でそう叫んだ。
彼を宥めようと、ジャンは接近する。
「落ち着いてください、これはカザド様の葬儀でございます」
そう声をかけるジャンに対し、兵士は列を押しのけて祭壇へ向かう。
兵士が最前列に着くと、そこには大量の食糧が俵に積まれていた。
「町令よ、民に懐柔されたようだな。これをボン都令に報告したら、どうなるかわかっているのか?」
声を荒げる彼へ、ジャンが口を開こうとした。
しかし、後を追って現れたジャンヌが彼より先に兵士へ喋りかける。
「兵士さん、首が危ないのはどちらでしょうか。これは亡きカザド様への供物として、お捧げしているのですよ? 下手に報告すればあなたがむしろ、ボン都令の癪に障ることになりますよ」
彼女の説明を聞き、兵士は鞘から取り出そうとした剣をゆっくりと収めた。
「だが徴収をさぼればどうなるか、思い知ることになる。このような挑発行為、ただで済むと思うなよ」
彼はそう吐き捨て、舌打ちをしながらその場を去った。
彼の姿が完全に消えると、葬儀場にいた人々は歓喜の声を上げた。
「やったぁ! これで一か月分の飯は確保できたぞ!」
歓声の中、ジャンはジャンヌに声をかける。
「まさか一か月分の食糧だけ、供物として葬儀場に備蓄しようなんてな。ジャンヌ......お前は相変わらず型に囚われない策を思いつくな」
そう感嘆の言葉を投げかけられ、ジャンヌは頬を染めて両手を腰に当てる。
「ま、まぁね! いくら都令でも、息子の葬儀のための供物まで徴収しようなんて思わないだろうし。これが上手くいけば、今度はダンバたちを救う策も一緒に考えようよジャン!」
彼女がそう返すと、ジャンは笑みを消して顔を反らした。
「あぁ、一月の猶予はあるからな。今回はお前に完全に助けられた。何かまた考えついたら、俺へ報告してくれ。だが、覚悟はちゃんとしといてくれ」
「いやだから、一緒にって......」
「俺はお前を守れれば、他がどうなっても構わない。だから、他のことを考える余裕はない。......すまない」
「ジャン......お前そんなことを考えていたんだ」
「まぁそんなことより......ジャンヌ、お前命を何だと思っているんだとか言ってたよな。この策って結構、死者への冒涜じゃないのか」
「......うるさい! 他に策が思いつかなかったんだから、しょうがないだろ」




