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第15話 都令の暴虐

 ジャンヌは折れた手首の痛みもあって、徒歩で土道を進んだ。

激痛により湧き出る汗は、彼女の視界を霞ませる。


______あぁ、痛いし思考がまとまらない。

県令の邸宅に都令はいるとバーンは言ってたけど。

この状態で......いや、折れてなくてもどう説得すればいいんだ?

というか本当にダンバたちがカザドを殺していたら、言い逃れはできない。

私はどっちに転ぼうと、あいつらの味方になる。

あぁもう......迷ってもしょうがない!

とりあえず手当たり次第に行動していくしか、今の自分にはできない。


 顔の汗を拭きとった彼女は、再び足を前へ動かし始める。

それから5分ほど経過すると、遠くに見覚えのある屋敷の屋根が見えた。

だんだんと屋根より下が視界に映ってくると、門の前がごちゃついているのがわかる。

ジャンが輸送していた3台の荷馬車の周辺には人が集まり、未だに糧秣を荷台に乗せたままの状態になっていた。

彼らを制止するため、ジャンは兵士と共に荷台への接触を防ごうとする。


「返せー! 俺らの米だぞ!」


 集まった人々は、手足に泥を残した状態でそう口々に吐く。

ジャンは人垣を制している兵士の後ろで、声を荒げる。


「辛坊してほしい! 討伐軍の糧秣をここへ蓄積せよと命があった!」


 彼がそういうも、人々は兵士の間をくぐって荷台の袋に手をかけた。


「触れるなぁ!!!」


 その瞬間、門の奥から威圧感のある声が響いた。

ゆっくりと重々しく開く鉄の扉からは、カザドを一回り大きくしたような男が現れる。

見下すような目つきを備えた彼は煌びやかな服装を纏い、腹を揺らしながら歩いた。

そして門の外に出ると、指で合図をする。

剣や槍を剥き出しにした戦闘態勢の兵を後ろにつかせ、コホンと咳をした。


「そこの役人がいったように、糧秣を蓄える。だがこれは討伐軍のためだけではなく、そもそもの徴収量が足りなかったからだ。先ほど処刑した県令は、あろうことか職務を怠っていた。貴様らから取り立てる量というのは、今までの10倍は要する。

しかしその10倍の量が、そもそもの徴収量なのだ。

故に、今までの滞納分を今回多く集めた......それだけのことだ」


 彼はそう言い終わると、集まった人々は再び関を切ったように騒ぎ始める。


「ふざけるな! そんな話いきなり言われたって、こっちにも生活があるんだよ!」


 再び誰かが荷台に手をかけると、都令はまたしても合図を行う。

彼が自らの首を切るようなジェスチャーをした......その数秒後のことだ。

荷台に触れた手は、ボトっと地面に斬り落とされた。

落ちた手から血が垂れ、赤い水たまりが出来る。

その瞬間、斬り落とされた男の叫び声が響き渡った。

彼に共鳴するように、周囲の人々は一段と騒ぎを大きくする。


「うるさい愚民どもだ。お前ら、やれ」


 都令が呟くようにそう指示を送ると、荷台の周囲にいた人々に兵士が襲い掛かった。

次々に斬り殺される惨劇に、彼らは怯えながら退散していった。

10人ほどの死体と、落とされた手首が荷台の周りに残される。

ジャンは青ざめた表情で、ただその事態を傍観するしかなかった。


「ガハハ! 傑作だろ町令よ......生活が大変と申すから、食い扶持を減らしてやったわ! 10人も贄を供すれば、我が息子の魂は確実に楽園に向かうだろう」


 死体を見て笑い上げる彼の姿に、ジャンは依然として口を塞げずにいた。

しかしゆっくりと声を発し、行動の真意を聞き出そうとする。


「ボン様.....誠に生贄のためだけに、民を......」


「ふん、冗談だ......こいつらはただの余興。本物の贄は、あの麓にいるゴミどもだ。ゴミのくせに100と無駄に数を増やしおって」


 都令は笑った表情を切り替え、ダンバたちがいる山を指した。

憎しみの籠った彼の顔に、ジャンは背を向ける。


_____俺が一時の感情で、カザドを殺したせいだ。

そのせいで、10人の関係ない命が失われた。

いや、俺が殺したことを庇っているダンバたちもいずれは......。

誓いを立てたが、本当にこのままでいいのか。


 揺れる心と共に、彼は死体の転がる場所から視線をひたすらに外した。

しかし彼の見つめる地面を突如、誰かが踏みしめる。

その足は、血だまりとなった場所へ向かっていく。


「......ジャンヌ!? お前、どうしてここに」


 彼女は斬り落とされた手を拾い上げ、死体となった彼の腕にくっつけるように置いた。

そして涙を流しながら、一点を睨みつけながら立ち上がる。

彼女の視線の先には、背を向けたボン都令の姿があった。


「食い扶持を減らすためとか......余興のためとか、お前は命を何だと思っているんだ!」


 彼女の一声は、都令を振り返らせた。


「ふん、まだ威勢のいい愚民がいるとはな。ほう、小娘か......如何にも頭が悪そうな面だ。......殺れ(やれ)」


 ジャンヌは睨み続けていたものの、数歩手前に迫る兵士に段々と焦りを感じた。

言い足りない気持ちを押し殺し、逃げようとするも骨折の痛みが彼女の全身に走る。

足取りは重く、刃は彼女の2メートル圏内に迫った。


「ま、待って下され!」


 彼女の前で、兵士が剣を振り上げた直後だった。

ジャンは両腕を広げ、彼女を庇う。

そして、彼は躊躇いを見せた兵士の後ろにいる都令に目を合わせる。

額を地面に擦り付け、声を上げた。


「この者は私目の妹でございます! 何分頭が悪く、要領を得ない。今回もドン様の深謀遠慮を理解できずのこと。どうか私の顔に免じて、今回のことお許しいただきたい!」


 ジャンは勢いよく立ち上がり、ジャンヌの頭を抑えつけた。

手首の怪我もあって、彼女はジャンの力に負けて彼と同じく地面に膝をつける。

その様子を見て、都令は不服な顔を浮かべながら2人を凝視し続けた。


「ふむ......よかろう。町令も殺せば、地域の情報に富んだ管轄者が消えるからな。今回は罰もなしだ。しかし、二度目は無いと思え。あぁ後、その血なまぐさい俵はもういらん。新たに同じ量、徴収してまいれ」


 都令はそう言い残し、門を閉ざした。

ジャンとジャンヌは、その後も数秒間は額を地面につけたまま動かなかった。


「なぁジャン......ごめん。また私が馬鹿して、お前に迷惑をかけた」


 彼女がそう話しかけると、ジャンは顔を上げる。

前髪に隠れた顔から、雫を垂らしながらも彼は口を開いた。


「いや......俺が一番......」


 ジャンはその後の言葉を言い淀んだ。


______それでも言えない。

いや......もうこれは誓いのためではないな。

俺はきっと......体裁のために黙っているんだ。

彼女の覚悟を台無しにし、ダンバたちと民を犠牲にする俺が、彼女を守る存在として残っていいはずがない。

それを打ち明けたら、たとえジャンヌが許してくれても自分で自分が許せないだろう。


「すまん今のは忘れてくれ。怪我しているんだろ? 俺の家へ来い」


「だけど討伐軍......それにあいつらのしたこと黙っていられないよ!」


「いいから! これ以上迷惑をかけたくないなら、従ってくれ」


 彼がそう言い放つと、ジャンヌはそれ以上何も言わなくなった。

ジャンが歩き出すと、彼女は無言のまま後を追う。


______だがそれでも、俺はジャンヌを前世と同じような不幸な道へ進ませたくない。

俺がどれだけ無様でも、彼女を守ってみせる。

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