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第11話 盃の誓い

 奴隷の競りが行われた町の外れ。

それとは別の外れには、田園と小さな家がポツポツとあった。

アルバンとイルバーンは、そんな豊かな風景を眺めつつザンバの後を追う。

彼らの目には、魔人ではなく人がくわを持って畑の手入れをしている。


「ザンバ殿、ここは農奴の者たちがやつれた顔をしていないのですな」


 アルバンがそういうと、彼は否定した。


「あれは農奴ではない。わしが商人どもから解放してやった者たちだ。わしの所有地を使わせている。余った収穫物だけを、頂いておる」


 彼のその話に、アルバンは関心の目を浮かべる。


______あぁ、やはりザンバ殿は素晴らしい同志だ。


「イルも少しは、気概を持ったか?」


 そう息子に話かけるアルバンであったが、彼の姿を見て落胆する。

イルバーンはザンバたちとは真逆の方向に歩き出し、あくびをしていたのだ。


「あぁまったく、先が思いやられる」


 アルバンは彼を無視し、そう嘆いて顔を前へ戻した。

しかし、一歩足を踏み出したアルバンは動きを止める。

目の前のザンバが、微笑みながら背後を眺めていたからだ。


「いやいや......立派ですよアルバン殿」


 ザンバがそう口にすると同時、もう一度アルバンは背後を向く。

すると、イルバーンが青髪の少女とその母親の前で腰を下ろしていた。


「二人とも、草鞋のヒモ切れてるね。さぁ、おいで」


 おこがましいと拒絶する2人に対し、イルバーンは詰め寄っていく。

そして、強引に彼女らを両腕で担ぎ上げた。

悲鳴を上げる2人を、彼は冷静に宥める。


「大丈夫、俺力持ちだから。さぁ、後ろの人も早くザンバさん家に行くぞ!」


 イルバーンがそう声を張り上げると、残りの者たちは深々と頭を下げて返した。

担がれた2人は、恥ずかしそうにしながらもお互いの顔を合わせて笑い合う。

ザンバたちが出会ってから、彼女らが初めて笑った瞬間である。

その姿を見たアルバンは、僅かに鼻を啜った。


______私は叱ってばかりで、イルのあのような一面を知らなかった。

あの子はちゃんと、周りを見る目が育っているのかもしれない。

だがイルよ、それは金剛力の強さを縮めるやもしれん。

いや、今はただ子の成長を喜ぶべきか。


 その後、田園をしばらく進むと平屋があった。

平屋の門は開けっ放しにされており、中の井戸では組んだ水を桶に入れ、畑で見た者たちと同じ服装の誰かは去っていった。


 陽が沈み、辺りはこの平屋の光の届く範囲以外は暗闇になった。

しかし完全に何もわからないというわけでもなく、遠くで何箇所か同じような光が薄っすら見える。

イルバーンは戸を開け、庭で鳴く鈴虫の声に耳を傾けてくつろいだ。

彼の背では、ザンバとアルバンが向かい合わせに重々しく畳に座り込んでいた。


「ふむ、話はわかった。その海の先にいる敵に奴らが警戒している間に、兵力を蓄えたいということか」


 ザンバは肘置きに重心を少し預け、僅かに唸る。

黙り込む彼へ、アルバンは話しかけた。


「はい、そのためにはかつての4か国に仕えていた子孫である豪族たちに......」


 彼が言い終わる前に、ザンバは割って入る。


「確かにわしの情報網を使えば、豪族たちを招くことは容易い。だが、仮に彼らが協力してくれたとしてアコウ帝国には勝てない。戦力を揃えたところで、所詮人間だ。

かつての4大国は合わせれば400万はいただろう。しかし、それが今や......」


 そう諭すように話すザンバへ、今度はアルバンが話を重ねた。


「ザンバ殿、ホウジョウ(東の国)・バボラ(西の国)・ビブスタン(東の国)・カビナブ(南の国)の4ヶ国は、互いにいがみ合いを起こしていた。合わせれば400万というが、実情は仲間割れでまとまった兵を満足に戦わせてはいない」


 重ねた彼の声は、最初の声量より僅かに荒げていた。

それに自らも気づき、アルバンは小さく咳をする。

お互いに再び沈黙し、ザンバは結論を決めかねた。

沈黙が長引くと、彼らの耳にも薄っすらと、鈴虫の羽音が響く。

しかしその音に聞き入る間もなく、誰かが廊下をドカドカと走ってた。

その足音は彼らのいる扉の前で止まる。

開いた扉の前には、落ち着いた衣服を着飾った青髪の少女がいた。

彼女は母親の止める呼びかけを無視し、ここまでお茶を運んできた。


「すいませんザンバ様、すぐにお下げしますので」


 後から現れた母親は、床に置かれたお茶をお盆に移した。


「丁度喉が渇いておりました。お嬢さん、一杯くれないか?」


 アルバンは優しくそう声をかけた。

母親はお盆を少女の高さに戻し、彼女が手に持てるよう促す。

それを彼女が渡すと、アルバンは一気に飲み干した。


「うむ......よき茶だ。ザンバ殿も......さぁ」


 ザンバも同じく笑みを浮かべ、それに口を付けた。

2人の様子を眺め、少女は嬉しそうに笑いながら走り去る。

アルバンは彼女らが去った後も、その扉の方を見続けた。


「ザンバ殿、あなたが救えていない同胞がまだこの世には多くいる。彼らのような苦しみを持った者は、このまま300年を超えても......在り続けねばならないのでしょうか」


 彼がそういうと、ザンバは茶器を強く畳に叩きつける。

そして、背後にある小さな棚を空けた。

彼は酒を用意い、盃を2杯差し出す。


「これは......」


 アルバンは一瞬理解が及ばなかったものの、すぐに自分の近くに置かれた盃を持ち上げる。

両手でしっかり握り、注がれる酒を眺めた。


「私がこの酒を注ぐのは、決して違えぬ誓いを立てる時だけだ。もっとも、ただの濁酒だが......」


 アルバンは無言で説明を聞き、酒で満たされた盃に軽く頭を下げる。

そして、ザンバもその後は静かに自らの器に注ぎ込んだ。


「アルバン殿、わしはあなたに残りの人生全てを捧げよう。わしは道半ばで死んでも構わぬが、どうか......人類に再び安寧を!」


 ザンバは神妙な顔と共にそう言い放つと、酒を一息で飲み込む。

同じくアルバンも、彼と1秒も違えることなく盃を空にした。

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