第10話 豪族ザンバ
「1000!」
「2000!」
「さぁ、この青い髪の少女は2000の値が付いた! 他に競う奴はいねえか!」
とある町の外れでは、車輪の上に雑に組まれた木造の牢屋がいくつも陳列されていた。
牢屋には先ほど魔人の男が説明した、その少女が囚われている。
彼女の横にも牢屋は並べられているが、それは黒い布で格子が覆われ、声はしてもどのような人物がいるかは傍からではわからない状態だ。
そして涙を浮かべるその少女の周りには、無数の魔人の男たちが群がっていた。
彼らは少女の肢体を舐めるように眺め、手を挙げる。
指の立てた数が多いほど、より高値を張ったという意味として扱われていた。
「頼む! 娘だけはどうか、許してください!」
有象無象の喋り声が支配するその場で、布に覆われた牢屋の中から少女の母親らしき人物の懇願が続いた。
少女の牢から距離がある周囲の人々とは違い、奴隷を売っている魔人の男は段々と苛立ちを表す。
「......だ!」
誰かが値を上げたその瞬間、商人は値を聞きそびれた。
その原因を布の中にいる女性と考え、ついに彼は格子に蹴りを入れる。
「おねが......!?」
彼の行動により、女性を乗せたそれは後ろへ少し後退した。
外の視界がとれない彼女にとって、その激しい揺れは予測も対処も出来ずにいた。
後頭部を木の格子に強打した彼女は、気絶して瞼を閉じる。
「......ママ? ねぇ、どうしたのママ!」
少女は声を無くした牢屋の方を向き、さらに瞳から大粒を落とし始める。
彼女の声や言動も目障りに思ったのか、商人は腰から小さなナイフを取り出す。
顎の下にその刃を当てられると、少女は口を閉ざした。
しかし、ナイフの冷たい感触は震えと恐怖を彼女に増幅させる。
男はそんな少女の反応など気にも留めず、ナイフを腰の鞘に戻し、再び声を張り上げた。
「さぁ、もう手を挙げるものはいないのかい?」
彼がそう喋り終えた瞬間、張りのない骨ばった手が人差し指と親指を同時に立てた。
「お......お客さんそれは2倍じゃないですよ?」
「わかっておる、先ほどのものが出した値の10倍であろう? 問題はない」
その貫禄がある声と、破格の値を付けたことは瞬く間に周囲の視線を一点に集めた。
声の主であるその男は、杖をついている老人でありながら身なりのよい衣服を纏っている。
そして何より彼らの視線を釘付けにしたのは、彼が人間でありながら一代で成り上がった豪族の1人であるからだ。
「おいあいつは、ここらの賭場を仕切っているザンバじゃねえか」
誰かがそう、隣の友人らしき魔人へそう話かける。
その話を聞いた友人は、生唾を飲んだ。
「確かあいつは賭場に集まる魔人どもからの情報を収集し、ここらの町令や県令の弱みを握っているとか」
「へぇ、それでお咎めがないってわけか」
カツカツと杖を突き、そのザンバと呼ばれる老人は人混みの中を進んでいく。
段々と魔人たちも、彼の行く道から遠ざかっていった。
「ほほぉ、どうもどうも」
彼は前から避けてくれた者たちへ、頭を下げつつそう口にし続ける。
人垣を抜け、商人の前に彼は到着した。
そして、少女の目を数秒ほど眺めた。
怯える彼女の眼差しに、笑顔で彼は返した。
その後、彼は視線を布で覆われた牢屋が何台あるか、確認するように視線を切り替えていく。
黙り込むザンバに動揺したものの、商人は声をもう一度張った。
「一様確認するが、もう競うものはいないな? ......よし、ではザンバ様落札でございます!」
彼は予想外の大儲けに、若干上ずった声でそう叫んだ。
しかし、喜ぶ彼へザンバは指を指す。
「待て! 1つ相談なのだが、今付けた額と同じで、他の奴隷もすべて貰いたい」
「えぇ!? ザンバ様、全てと言うと馬が50頭は買える額ですがよろしいのですか!?」
商人は驚きと歓喜を隠せずにいたが、そう確認をとった。
「そうだそうだ! いくらザンバとはいえ、そんな金あるわけねぇだろ!」
周囲の魔人たちは、競りを台無しにされたことにより、彼へ罵声を飛ばし始める。
「黙れ! お前ら貧乏人はどっか行きやがれ!」
商人はザンバの機嫌を損ねまいと、周囲の魔人たちへどこかに消えるよう手を振った。
彼の言動によって、集まった彼らは舌打ちをそこかしこでしつつ、段々とその場から去っていく。
数分も経たないうちに、周囲はもの静かになった。
瞼を閉じれば、小風が肌に当たるのを感じるほどである。
そんな静寂の中、商人はザンバにもう一度話しかけた。
「ザンバ様、本当によろしいのでしょうか?」
「くどい......もう一度言わせるな」
ザンバはそう小さく発すると、懐から金塊を3枚地面に投げ捨てた。
「ほわぁ! こ......これはまさしく金!」
商人は口角を上げ、落ちた金塊を拾うために腰を下ろした。
その様子を見下ろすように眺めるザンバは、彼の首筋を睨みつける。
______わしには、この首を刎ねる勇気はない。
ゴミどもから巻き上げた銭を、ゴミに渡すことでしか同胞を救えぬ。
奴隷売買がアコウ帝国の法で禁じられていようと、それは形だけに過ぎない。
魔人どもが結託すれば、人の我らは抗う術などほぼ......持ち合わせないのだ。
あぁ......悔しくてならん。
彼は天を仰ぎ見て、「はぁ」と息を吐いた。
そしてもう一度、彼は視線を商人に向ける。
しかし突如、白髪の彼は垂れた瞼を力強く上げた。
「なん......だと」
彼の視界には、首と胴が切断された商人の死体が映り込んでいたのだ。
口角を上げたままの商人の顔は、死んだことに気づかないまま絶命したことを物語っていた。
「父上、こいつも斬りますか?」
思考が追い付かないまま、ザンバは若い声の方へ顔を上げた。
「馬鹿者......この方はザンバ様だ!」
鮮血を垂らす剣を肩に乗せ、青年は後ろにいる中年の男の方を向いていた。
その立ち姿にザンバは、まだ理解が追い付かずにいる。
しかし、彼の手を優しく包み込むアルバンの両手にようやく何が起きたのか悟った。
「ザンバ殿......お会いしとうございました」
アルバンは屈託のない笑顔で、ザンバに声をかけた。
その瞬間ザンバは、もう片方の手に持っていた杖を投げ捨てる。
膝と額を地面につけ、咽び泣いた。
「どこのどなたか知らぬが......感服致した! わしは自分が情けなく、御二方と顔を合わせることもできませぬ!」
ザンバの土下座に動揺1つせず、アルバンは彼の背に手を置いた。
「あぁ! こちらこそ、面目がない。しかし、ザンバ様のその姿を見て私は嬉しゅうございます」
「な......何故!?」
彼はアルバンの言葉に思わず、顔を上げる。
「いやなに......同じ志を胸に抱いていて、嬉しかったのです」
アルバンのその言葉を聞き、ザンバはさらに瞼から溢れんばかりに雫を垂らした。




