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聖女の最後

●西暦1431年5月30日、ヴィユ・マルシェ広場


 この日、イギリスとフランスの100年に及ぶ戦争に終止符を打った1人の英雄が最後を迎えようとしていた。

国を救った者の最後だが、灰色の雲が空一面を覆う。

その空を眺め、広場に集まった民衆は叫んだ。


「昨日まで雲一つなかったのに......絶対これは魔女の仕業だ!」


 誰かのその言葉が、騒ぎを呼ぶ一声となった。

そこかしこで「呪いだ」、「気色悪い」、「異端者め」と罵倒が起こる。

鷹の鳴き声も届かぬ広場の中心、そこには火刑台が置かれていた。

火刑台の周りは、兵士が民衆の侵入を防ぐ壁として機能していた。

槍の壁をさらに進むと、聖職者数人が火刑台前で祈りを捧げている真っ最中だ。

そんな飾り気のない正装をする聖職者の中でも、黒いマントと人並の十字架を握る彼だけは異彩を放っていた。

彼の名はピエール・コーションという。


「皆の者、静粛に! 今ここマルシェにて、異端者ジャンヌ・ダルクの死刑執行を行う。彼女を!」


 コーションは、普段の冷静さを欠く枯れた声色でそう言い放った。

なおも民衆の騒めきは消えない。

しかし兵士たちが一斉に槍の柄を地面に叩くと、波紋の広がりのように沈黙が広まっていった。

静まる空間で唯一、台に架かる階段を上る靴の音だけが響く。


「おい、さっさと進め!」


 台上手前の最後の段、質素な服装を着させられた彼女は足を止めた。

刑が執行されるという現実は、幾たびの戦場をくぐり抜けた彼女でも躊躇う気持ちを持たせたのだ。

しかし心の整理もままならず、背後の兵士に押し出される形で台へ立った。


「おぉ、あれがジャンヌ•ダルク......もっとゴツい女かと思ったが」


 彼女の姿を初めて目撃した誰かは、罵倒の言葉を思わず飲み込んだ。

奴隷のような布切れ一枚で覆われた彼女の身体は、とても痩せこけていた。

しかし艶を失わず輝いて映る銀髪と、曇りがなく芯を持っているような瞳が存在感を放つ。

彼女が磔に拘束される一挙手一投足は、民衆の目線を片時も離すことはなかった。

息を呑む空気を切り裂く、コーションの一声が飛び出る。


「えー、この者の名はジャンヌ・ダルクという。この者は神の声が聞こえると妄言を発し、神を愚弄した。悪魔に取り憑かれた彼女は断固として許しがたく、今この時を持って死刑を執行する!」


 燃え盛る松明を掲げ、コーションは叫んだ。

それに追随するように、民衆は再び熱量を帯び始める。


「ハハハ! ジャンヌよ、最後に言い残すことはあるか?」


 歪な笑みを浮かべるコーションの表情は、ジャンヌの目に深く刻まれた。


「私は神の声を信じています! 今まで私は神の使命に反いたことはありません! 神はきっと、この場から私を救い出してくださるはずです!」


 磔にされてなお、ジャンヌは凛とした表情を崩さなかった。

形として見下ろされる立場のコーションは、彼女の立ち振る舞いに機嫌を損ねる。

泣き喚く最後を期待していた彼は、淡々と彼女の足元にある可燃物に火を近づけた。

徐々に大きくなる炎は、煙と共に彼女の足元に届く。


「ハハハ! 澄ました顔はどうした? この異端者め!」


 コーションは怒気を強め、周りの聖職者に煙を遠ざけるように扇を扇がせた。

煙が彼女の身体を離れ、純粋に炎だけの痛みに意識が集中する。

通常火あぶりの刑では焼死するより先に、煙により窒息で死を迎えるのだ。

しかし、コーションは更なる苦痛を味合わせようと煙を飛ばしている。

足全体を炎が覆うと、耐え抜いていたジャンヌはついに苦悶の声を噴き出した。


「か......神よ! まだなのですか! 私はまだ......耐えねば......」


 ジャンヌが心で神を求めると、曇り空であろうと一筋の光が降り注いでいた。

しかし、彼女が天を仰いでも灰色の雲は一向に切り裂かれることはない。


______どうして......私はここまで尽くしたのですよ。フランスのため、神のため。何故最後にあなたは、私を見捨てるのですか。


 ジャンヌの心の叫びはただ虚しく、時と共に過ぎ去るだけであった。

瞼から溢れる雫は、燃え盛る足元に落ちるも、燃焼の勢いは減ることはない。


「死ね悪魔! 女が戦場に出るからこうなるんだ!」


 燃焼範囲の広がりと共に、ジャンヌに投げかけられる罵声も声量を増していく。

彼女の視界に映る全ての人が、楽しげに言い放っていた。

憎しみを持っている訳でもなく、火あぶりにされる彼女の姿を面白がっているのだ。

ジャンヌは自分が何をしてきたのかと深く後悔する。


______人の死を楽しむのが民の本意なのか? これが人の本質だというなら、私は一体何を救おうと今まで生きてきた。


 時間が過ぎていくと共に、広場に集まる人だかりは徐々に減っていった。

彼女が苦しむ表情は、側からみれば変化は大してないからだ。

だが意識を奪われるその時、誰かが「死ぬぞ」と周りに声をかけた。

その言葉に興味をそそられた民衆は、再び広場に詰め寄せる。


______あぁ、せめて誰か、親しい者の顔が見たい。


 ジャンヌは最後の力を振り絞り、朦朧とする意識の中、重い瞼を開く。

うっすらとぼやける視界だが、確かに1人覚えのある顔があった。


______ジャン、危険なのに1人でここまで来たのか。ありがとう、最後がお前の姿でよかった。


 ローブを被り、下唇に血を滲ませる彼の名はジャン・ドーロンという。

ジャンヌ•ダルクの副官として最も長く連れ添った、戦友である。

ジャンヌは胸中にさまざまな感情が錯綜したものの、最後は僅かに笑みを浮かべ絶命した。

こうして400年後、聖女と称えられた1人の英雄が最後を迎えた。


______ジャンヌよ、そなたの活躍実に見事であった。そなたのその清い精神、他に類を見ない。


 しかし、深い暗闇の中胎児のように(うずくま)る彼女へ声が響く。

戦場で幾たびも聞き、最後には途絶えた神の声。

心身共に疲れ果てた彼女へ、再びその声は使命を課す。


______そなたならきっと、彼の地に迫る混沌を平和に静めることができるであろう。

しかし、見知らぬ地に1人で召喚されるのも苦労するであろう。

1人、知った顔も近くに置こう。

さあ、再び使命を果たす時が来たぞ。

......ジャンヌよ!


 彼女に語りかけるその声は、彼女が未だかつて聞いたことがないほどの声量だった。

神と名乗る者が言い終わると同時、彼女の身体は重量を帯びる。

目を瞑っていながらも、自らが今立っていると気づく。


______何故私は、あんな声を神と口にしていたのか。私はもう、あなたに従いたくない!

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