響く凶報
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──響く凶報
皇太子ニコライは共和国が歴史的に見て自分たちの領土とするバサラブ地方を巡行していた。
バサラブ地方を巡ってはこれまで幾度となく、共和国と帝国の間で火花が散ったものの、全面戦争に陥るようなことは起きなかった。
共和国はお決まりのように今回のニコライの巡行に遺憾の意を示して、それでおわりになるはずであった。
だが、そうはならなかった。
ニコライは暗殺されたのだ。
ニコライを最初に襲ったのは手榴弾で、それが車に傷をつけた。
ニコライの警護要員は混乱し、スケジュール通りに巡行が行われたことにするために、そのまま事態を見逃してしまう。
その間にも暗殺者たちは動いていた。
だが、二度目の襲撃によって拳銃によって撃たれたニコライとその妻は、その銃撃が原因で死亡する。
事件は一時は混乱を抑えるために伏せられたものの、事件の真相が明らかになるにつれて、帝国の対応は変化していった。
ニコライを暗殺したのは共和国が支援していた共和派組織“バサラブ人民解放戦線”という組織のメンバーだったのだ。
帝国は共和国に事件の責任を取るように要求。
バサラブ人民解放戦線が拠点を置く、ダキアの警察権と多額の賠償金及び大統領の謝罪と関係者の処分を要求した。
当然ながら共和国はこれを拒否。
両国で動員が始まった。
それに呼応するように連合王国遠征軍が王国に上陸。加えて王国も動員を開始する。
瞬く間に世界大戦の歯車が回転し始めていた。
「分かった。すぐに向かう」
早朝にかかってきた電話にミヒャエルが応じる。
「どうしたんです、あなた?」
「帝国が動員を開始した。共和国も動員を開始している。戦争になる」
その言葉にガブリエラが目を見開いた。
「そんな……」
「皇太子ニコライが暗殺されたのが俺たちのせいだと向こうは主張し、こっちは否定した。どういうやり取りがあったかは知らないが、交渉は決裂したようだ」
ミヒャエルはすぐに起きて軍服を纏い始める。
「私も急いで支度します」
「ああ。そうしてくれ」
ガブリエラも大急ぎで軍服を纏う。
そして、ふたりとも着替え終わるとすぐに陸軍省の参謀本部に向かった。
「来たか、ブロニコフスキー中将、ガブリエラ大尉」
レヴィンスキー大将はふたりを参謀本部で出迎えた。
「帝国の宣戦布告まで秒読みとなった。カテゴリーIの師団は既に配置についている。カテゴリーIIとカテゴリーIIIの師団もまもなく配置につく。東方戦線における戦力は歩兵師団40個、自動車化歩兵師団8個、装甲師団6個だ」
「増強されましたね」
「演習の結果だ。帝国の機動部隊を止めるにはこれだけ必要だと考えられた。西方戦線について影響があると思うかね?」
「あったとしても勝たなければ、我々はお終いです」
ミヒャエルはそう言ってのけだ。
「結構。では、勝とうではないか。既に西方戦線で大規模攻勢を仕掛ける準備は進んでいる。この西方への脱出さえなれば、まだ事態は挽回できる」
ガブリエラの提示した作戦は拡大され、装甲師団27個と装甲擲弾兵師団10個、自動車化歩兵師団10個が参加するものになっていた。
突破口の規模もスダンを中心に50キロと拡大されている。
「外務省は帝国からの宣戦布告があり次第、王国と連合王国に宣戦布告する。速やかに宣戦布告は実行される」
そこでレヴィンスキー大将はミヒャエルとガブリエラを見た。
「君たちの立てた作戦だ。後で責任者として法廷に引っ張り出されたときに言っておくべきことは?」
「勝利万歳」
「結構だ」
ガブリエラもミヒャエルも負ける気などさらさらなかった。
何としても勝利する。その気持ちだけがあった。
そこでレヴィンスキー大将はベルがなっている電話に出た。
「私だ。ああ。分かった。残念だ。残念だよ」
レヴィンスキー大将はそう言って電話を切る。
「帝国の大使が宣戦布告の文章を外務省に渡した。いよいよだ。今度は連合王国と王国に宣戦布告がなされる」
いよいよ始まったのだ。
ラジオ放送がエアハルト大統領の演説を流し始める。
『共和国市民の皆さん。卑劣にも帝国は我が国に宣戦布告しました。これは世界秩序と平和への明白な挑戦です。そして、同時に連合王国と王国も密かに戦争を企てています。我々はこれらの戦争に、挑戦に応じなければならない』
エアハルト大統領は落ち着いた様子でそう話していた。
『ある人々にとってこれは二度目の世界大戦となるでしょう。またあのような困難なときが訪れるのかと不安に思われているかもしれない』
ラジオはガブリエラの実家でも聞かれていた。
『確かに共和国は困難なときを迎えるでしょう。それに耐えなければならない。耐えて勝利を勝ち取らなければならない』
エアハルト大統領が熱を込める。
『我々は勝利する! どのようなことがあろうとも勝利する! 我々の勝利は太陽が上るのと同じように確実だ! 共和国と全ての人民に栄光あれ!』
ラジオ放送はそれで終わった。
それからは戦時の際の避難手順についての説明が流れ始め、東部の住民に避難指示が出始める。避難に使用を許可されている道路について説明が行われ、避難は自家用車ではなく、共和国政府の用意するバスや鉄道を利用することを推奨していた。
「いよいよ、か」
「まずは西方戦線での勝利ですよ」
「ああ。西方戦線で確実に勝利する。そして、合衆国を戦争に引きずり込む」
「そうすれば未来はあります」
私たちはもうふたりではないのですとガブリエラが言う。
「そうだな、我が子たちのためにも明るい未来を」
「ええ」
ガブリエラは実家に使用人に見てもらっていたアウグストとアンドレアを預け、参謀本部での仕事に取り掛かった。
「B軍集団は予定通り低地地方から侵攻を。降下猟兵師団の準備は?」
「できています」
「結構。敵にはB軍集団こそが主力だと思わせる。B軍集団が低地地方を進撃し、敵の目に前大戦の幻を映し出させる。またしても共和国が強い右翼で殴りかかってきたぞ、と」
そして、と言ってA軍集団の駒を中立国と低地地方の間に置く。
「A軍集団がここに突破口を穿つ。大規模な砲兵による制圧射撃ののちに我が軍は50キロから60キロに及ぶ突破口を形成。一気に敵の後方へと回り込む」
敵との交戦を避けるのではなく、装甲部隊で踏みつぶして押し進む。
それが新しく形成された西方戦役の作戦だった。
ガブリエラとミヒャエルが考えた方法だ。
「空軍には東方戦線に回す部隊は別として全力で支援してもらう。それと同時にC軍集団が南方で陽動を仕掛ける。敵の永久陣地複数を攻撃し、南方での脅威を増長させる」
新しく作戦案に加わったのは、ストラティスブルグム正面を担当するC軍集団による陽動作戦だった。
それに加えてもうひとつ欺瞞工作が行われている。
「敵には何としても低地地方こそが我が軍の主力だと思わせる。それを以てして作戦が成功に至るのだ」
低地地方に敵を引きずり込めなければ作戦は失敗だ。
敵に前大戦の記憶を思い出させ、降下猟兵という派手な戦力を使い、敵には低地地方こそ共和国軍の進撃路だと思わせなければならない。
「国防情報局の方でも欺瞞工作が始まっている。我々は全力で連合王国と王国を騙す。共和国と全ての人民に栄光あれ」
「共和国と全ての人民に栄光あれ」
A軍集団司令官にはヨーゼフ・リスト上級大将。
B軍集団司令官にはヨハネス・フォン・ルントシュテット上級大将。
C軍集団司令官にはアルベルト・レッティガー上級大将。
A軍集団隷下には第5装甲軍団を3個装甲師団と2個自動車化歩兵師団で編成。
B軍集団隷下には第1装甲軍団から第4装甲軍団のそれぞれ6個装甲師団を中核に編成。
フリーデンタール教導猟兵連隊については国防情報局からA軍集団指揮下へ。
それから1時間後、共和国政府はガリア王国とブリタニア連合王国に宣戦布告。
そして、陰謀と殺戮と流血の蠢く世界大戦がついに始まった。
勝利するのは連合王国、王国、抵抗の同盟か、それとも共和国の連合か。
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