帰国と大統領官邸
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──帰国と大統領官邸
帰国した旨をまだ上司であるカナリス上級大将に伝えると彼は不満そうな顔をした。
「君が帰ってきたら、大統領が君を呼んでいると伝えてくれとのことだった」
「何事です?」
「分からん。分からんが、私は政治的な将校はあまり好きではない」
「自分もです」
ミヒャエルはそう言ってのけた。
「それにしては大統領と懇意なようだが?」
「それは大統領閣下が親軍的なのでしょう」
ふんとカナリス上級大将は鼻を鳴らした。
「まあ、いい。大統領が呼んでいることは伝えたぞ。そのうち、正式な大統領官邸への招待状が来るだろう。その時は君のやるべきことをしたまえ」
「はい、閣下」
「それから君に正式に辞令が下ることになった。発表は明日だが、やはり第1共和国親衛装甲師団だ」
「光栄です」
それでカナリス上級大将は行っていいというように手を振った。
「国防情報局に出入りするのもこれが最後だな」
「ええ。これからは師団長ですね?」
「お前は参謀本部に着任したディートリヒ・シュトラハヴィッツ中佐の部下になる。表向きの人事ではそうなる。だが、そこから出向という形で第1共和国親衛装甲師団に来てくれ。そうすればいざというときお前を前線に連れて行かなくともよくなる」
「私はいいですけど、シュトラハヴィッツ中佐は嫌がりませんか?」
「奴には恩を売ってある。奴が参謀本部に回されるように手を回したのは俺だ」
「そうだったんですか」
ディートリヒは装甲兵総監部から参謀本部に着任していた。
出世街道を突き進んでいると言えるだろう。
「しかし、大統領に呼び出された。理由がさっぱり分からない」
「合衆国の件についてご不満だったとか」
「うむ。考えられるのはそれだな」
今のところそれぐらいしか思い当たる節がない。
「それかお褒めの言葉か」
「最悪を想定しておくべきだろうな」
そう言ってミヒャエルの屋敷に戻った。
大統領からの招待状が届いたのはその日の晩のことだった。
明日、ミヒャエルの師団長就任を祝ってささやかな晩餐会をするから出席して欲しいと招待状にはあった。
「断れそうにはないな」
「師団長就任の準備で忙しくないですか?」
「その点は大丈夫だ。だが、あまり気が進まないな」
「どうしてです?」
ガブリエラが不思議そうに首を傾げる。
どう考えてもお叱りを受けそうな感じではない。むしろ、お褒めの言葉がいただけそうだというのに。
「お前とふたりっきりの時間が減るからだよ」
「お口がお上手なことで。出席しましょう。軍服でいいですか?」
ガブリエラはミヒャエルの言葉を横に流すとそう尋ねた。
「本気だぞ。新婚旅行ではまだ足りない。暫くは新婚さんとしてこういうお誘いはごめん被りたいところだ」
「私だって……。それはミヒャエルと一緒にいたいですけれど、こういうのは断れませんよ。あなたのキャリアに傷がつきます」
「構うものか」
「もう。困った人ですね。これから時間はいっぱいありますから」
我がままを言わないとガブリエラはミヒャエルを叱った。
「分かった、分かった。それから軍服でいいぞ。お前も俺も共和国陸軍軍人だ。軍服で大抵の場所はパスできる」
「それはよかったです。もうドレスは古いのしかないですから」
「それから明日の師団長就任の挨拶は見に来なくてもいいから、ディートリヒに挨拶しておけ。恩を売ったとはいえ、余分なポストを抱えさせることになるからな」
「そうですか? あなたがいいというならいいですけど。シュトラハヴィッツ中佐にはこちらから改めて謝意を伝えておきます」
「ああ。頼む」
そして、明日。
ミヒャエルは首都近郊にある第1共和国親衛装甲師団師団司令部と第1共和国親衛装甲連隊、第11共和国親衛装甲通信大隊が駐屯する駐屯地で挨拶を行った。
これからの装甲部隊の指揮官として将校と下士官の自主性を大事にし、装甲部隊の指揮官らしい素質を養うことを願うということと、次の大戦の勝者を決めるのは君たち装甲部隊の将兵であるとの旨の挨拶であった。
その様子は国家戦線党の撮影技師によってニュース映画になった。
“共和国は装甲部隊を飛躍的に進歩させた”というタイトルでミヒャエルの挨拶の様子が撮影され、映画館で放映された。
テレビについては一家に一台を目指して、5ヵ年経済計画にも含まれていたが、まだ実現される様子はなかった。
そして、ガブリエラも映画館に行かずしてそれを見ることになった。
何しろ、大統領官邸の映像室でミヒャエルの師団長就任を祝う晩餐会前にゲストとともにそれを見ることになったからだ。
「素晴らしい。素晴らしい! 次世代の共和国陸軍とはこうあるべきだ!」
エアハルト大統領は満足した様子だった。
別に委任戦術は次世代どころかずいぶん昔からやっていることなんだけどなとミヒャエルは思いながら参列者を見渡した。
エゴン・フォン・ロートシルト5ヵ年経済計画長官。新任のゲルハルト・シュトラウス国防長官。陸軍参謀総長フリッツ・フォン・レヴィンスキー装甲大将。空軍最高司令官グスタフ・フォン・ブルモフスキ元帥。海軍北海艦隊長官フェルディナント・フォン・ホルツェンドルフ上級大将。
新任の師団長を祝うささやかな晩餐会の面子とは思えなかった。
大統領が軍部の長老たちと対立しているのは知っているが、どうも大統領は軍の長老たちを丸め込むのにミヒャエルを使用している節があるとミヒャエルは思っていた。
ガブリエラも同じ意見だった。大統領はゲストを慎重に選ぶことによって、自分に都合のいいように軍の長老に意見を翻させようとしているようだと。
だが、その予想は外れた。
レヴィンスキー大将は装甲部隊の熱烈な支持者だった。
彼はミヒャエルたちが西方戦役での作戦を発表する以前から、帝国のクラスノフ上級大将が書いた著書に影響されて『次世代の装甲部隊』という論文を陸軍大学校で発表していたぐらいだった。
「思うに」
レヴィンスキー大将は晩餐会の席で言う。
「我々が出会うものがもっと早ければ、軍の改革ももっと早く進んだでしょう」
レヴィンスキー大将はその先鋭的な意見から陸軍上層部から煙たがられ、左遷に次ぐ左遷を受けていたのだった。
それが参謀総長に就任したのはひとえにエアハルト大統領の尽力だ。
「そうですな。大将閣下にもっと早くお会いできればと思います」
その点ミヒャエルは幸運だった。彼はシュリーフェン大将に面白い男と評価され、早くから参謀本部で装甲部隊の存在意義を証明する機会に恵まれていたのだ。
「全く。陸軍の長老たちには困ったものだ。私が少尉の時代から何も変わっていない。伝統ある共和国陸軍にはうんたらかんたらと。君たちと遅くなりながらも出会えてよかった!」
エアハルト大統領はそう言って快活に笑った。
「それはそうとブロニコフスキー少将、ガブリエラ中尉。合衆国での講義はご苦労だった。陸軍士官学校に子弟を入れている議員は少なくないのだ。彼らに共和国陸軍は最先端という印象を与えられたと聞いている」
「それは何よりです」
「本当だよ? 合衆国の友人たちから君たちの講義によって装甲部隊に変革を求める声が上がったと聞いている。大統領も感銘を受けたそうだ」
どこまでがリップサービスでどこまでが事実なのかが分からないのが政治家の怖いところだとガブリエラとミヒャエルは思った。
「それからいうのが遅れたが、ロートシルト長官」
「主力魔甲騎兵のバージョンアップが完了しました。軍ではレオパルトAusf.Bとして採用されるそうです。そうですね、シュトラウス長官?」
ロートシルト長官がシュトラウス国防長官の方を向く。
「ええ。装甲の強化と主砲の70口径75ミリ砲への転換。それから今年度末には新しい主力魔甲騎兵のコンペティションが実施されます」
トート・ライン社以外にもゼータ・アルデルト社なども参入したがっておるという。
ゼータ・アルデルト社も実績ある重工業企業だ。
「もう次ですか」
「帝国の魔甲騎兵に関する君らの報告書を見た結果だ。我々の魔甲騎兵では奴らには勝てないかもしれん。そのためには新しい魔甲騎兵を生み出すしかないのだ」
「そうですね」
しかし、ついこの間完成したばかりのような気がするレオパルトAusf.Aが早くも旧式化するという事実にガブリエラはちょっとショックを受けた。
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