共和国国防情報局
本日1回目の更新です。
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──共和国国防情報局
国防情報局の建物は元々は前大戦での海軍の暗号解読所だったそうだ。
セキュリティがしっかりしており、穴がないことから、ここが国防情報局の拠点として選ばれたということである。
海軍の暗号解読所は国防情報局に併合され、今では王国、連合王国、帝国全軍の暗号解読に勤しんでいるらしい。
屈強な守衛が正門前に立ち、身分証の提示と宣誓書への署名を求めた。
今回はガブリエラだけでなく、ミヒャエルも。
それだけ国防情報局の警備は厳重だと言うことだ。
全ての手続きが終わり、着任を知らせるとセキュリティクリアランスが表示された身分証を渡された。ミヒャエル、ガブリエラともにセキュリティクリアランスは上からふたつ目のレベル4だった。
一番上はレベル5。このレベルになると相当な検査をパスしないといけないようだ。
「局長に挨拶に行く」
「はい」
ミヒャエルの後をついて、ガブリエラが進む。
「ところで、局長はどのような方で?」
「海軍上級大将ということしか分からん。諜報の世界の人間は得てして正体を掴ませないものだ」
もしかすると俺たちを集めたのも何かしらの欺瞞作戦かもしれんなとミヒャエルは肩をすくめた。
「コンラート・カナリス上級大将に。アポイントメントはある」
「お通りください」
神経質そうな空軍中尉が手元にある自分たちの写真と目の前の自分たちを見比べたのをガブリエラは見逃さなかった。
「ようこそ、国防情報局へ、ブロニコフスキー少将、ゲーリケ中尉」
「はっ。着任いたしました」
カナリス上級大将はその姿を見てもどんな人間なのか想像の出来ない人間であった。
諜報の世界という嘘と裏切りと一握りの真実の世界にあって、その最高部門である国防情報局の局長を務めるほどなのだから、相当な大物なのだろうということぐらいしか分かることはなかった。
「君たちは」
カナリス上級大将が話し始める。
「1ヵ月で王国を降伏に追い込めると断言して見せたそうだね?」
どうやらブルモフスキ元帥との会話も知っているようだ。
「勝たなければ共和国はお終いです。無謀な戦いに乗り出す羽目になります」
「確かに」
微妙な沈黙が場を支配する。
「消耗戦では共和国が不利だ。純粋な資源の問題として、人的資源の問題として、共和国は長期戦になればなるほど不利になる」
カナリス上級大将はそう言った。
「私は前大戦では潜水艦乗りだった。だから言える。消耗戦になった段階で共和国は破滅に向けて突き進むことになると。だが、西方への脱出が成功したならば、消耗戦は避けられるだろう」
「ええ。西方への脱出が重要です」
カナリス上級大将はガブリエラに視線を向けた。
「陸軍参謀本部では随分な噂になったそうだね」
「彼女は優秀です」
「分かっている。身元も調査した。だが、まだ家族には会っていないようだな」
ミヒャエルが庇うようにいうのに、カナリス上級大将はそう言ってきた。
「我々はあらゆる可能性を考える。部下のひとりが社会主義者だったら? もし、あの男が敵の間諜と寝ていたら? あるいは分析官が偽の情報を掴まされていたら?」
諜報の世界は疑いの世界だとカナリス上級大将は語る。
「最終的に信頼できるのは自分ひとりになる。私はそれを体験してきた」
「提督はそうなのでしょう。私は彼女を信頼しております」
なるほどとカナリス上級大将は頷いた。
「君たちの信頼関係はよく分かった。では、聞くがどうして家族と会わないのだ、ゲーリケ中尉。貴族であることに反発を抱いたかね?」
これは自分が社会主義者かどうか試されているとガブリエラは受け取った。
「私について調査されたのならば分かるかと思いますが、私は婚約者に手酷く振られました。そのことで家族との関係も悪化しました。今はお互いに頭を冷やしているだけです。貴族であることに反発はありません」
「口ではどうとでも言える」
カナリス上級大将はそう返した。
「確かにアダム・アッヘンヴァルはいい男とは呼べんな。君は振られて正解だっただろう。この男はよからぬ連中とも付き合いがある」
それは初耳だった。
アダムが碌でもない男のなのは同意するが、よからぬ連中と付き合いがあったとは。
「提督。彼女についてご不満ならば自分も解任してください」
ミヒャエルがそう言ったのにガブリエラが驚いた。
「いいや。ただ、試してみただけだ。さて、改めてようこそ、国防情報局へ。ここでの仕事は痛くない腹の探り合いも含まれる」
カナリス上級大将は肩をすくめてそう言った。
「だが、中尉が副官か。それほどまでに彼女が重要かね?」
「ええ。私の頭脳のひとつです」
「だが、君は今でこそ参謀本部勤務だが、いずれどこかの師団長に任じられることになるだろう。そのとき、彼女をどうするつもりだ?」
カナリス上級大将が試すように尋ねる。
「その時は彼女は副官の職を解かなければいけないでしょう。私も軍人であり、軍隊での生活を知っています。そして、戦争が決して女の顔をしていないことも。戦場では天使たちが戦っているわけではないことも」
ガブリエラはミヒャエルにはっきりとそう言われて少しむっとした。
まるで女だから役に立たないと言われているようなものだと。
「確かにその通りだ。潜水艦などその極致だ。シャワーを浴びる機会もない。髭を剃れれば幸運。艦内は異臭が立ち込め、敵の駆逐艦が迫れば発狂しそうになる」
これは陸軍でも同じことだろうとカナリス上級大将は言った。
「軍隊は確かに婦人隊員を受け入れていますが、彼女たちが戦場で戦うインフラは整備しておりません。シャワーも、着替えも、トイレの区別すらもできていません」
「そういうことだ、フロイライン」
どうやらこの話はガブリエラに聞かせたかったらしい。
「ですが、今は少将閣下のお役に立てます」
「そのようだな。いっそ、国防情報局で仕事をしないかね? 君のような観察眼の優れた人間ならば、モグラ狩りもはかどるだろう」
「モグラ。二重スパイですね」
「そうだ。それがいるからこそ、我々は痛くない腹を探り合わねばならんのだ」
ガブリエラは国防情報局に配属されるにあたって、小娘と馬鹿にされないように用語をある程度覚えてきていた。
「ですが、今は私はブロニコフスキー少将閣下の副官ですので」
「だが、ずっと彼についていくわけにはいかないぞ」
「それではついていけるだけついていきます」
ミヒャエルは驚きの表情でガブリエラを見ていた。
「なるほど。そこまでお互いに信頼し合っているならば問題はあるまい」
カナリス上級大将はそうとだけ言った。
「提督。我々の任務は?」
そこでミヒャエルがそう尋ねた。
「これは陸軍からの要請でもあるのだが、帝国について調べてほしい。特に帝国の装甲戦力について。それについて詳しい情報が知りたい」
連中の海軍は脅威ではないとカナリス上級大将は断言した。
「空軍については前任者が調べた。君たちは駐帝国大使館の武官として赴任し、彼らの探られたくないものを探ってほしい」
カナリス上級大将は続ける。
「君たちは機動戦力による縦深作戦を立案した。帝国も同じことを考えていないとは言えない。向こうの頭脳もそれなりのものだろう。帝国が政治的腐敗に塗れていようとも、帝国軍の脅威は実在している」
カナリス上級大将はそう言って書類をミヒャエルたちの方に向けた。
「外務省とは既に交渉済みだ。駐在武官を交代させることに異論はないそうだ。だが、帝国は意図的に装甲部隊について情報を隠匿している可能性がある」
「奇襲のためか、あるいは脆弱なのを隠すためか」
ミヒャエルがそう返す。
「私は常に悲観的に考えることにしている。帝国陸軍は強力な装甲部隊を擁し、我々が思いついたのと同じような縦深作戦を考えていると」
カナリス上級大将は続ける。
「いつの時代も勝利するのは正しい情報を握っている側であるが、戦場の霧は常に存在する。だが、それを晴らす努力はするべきだ。そうだろう、ブロニコフスキー少将?」
「その通りです」
そうしてガブリエラたちの任務は決まった。
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