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寂れた喫茶店にて

本日2回目の更新です。

……………………


 ──寂れた喫茶店にて



 仕事を探しに行くには時間が遅すぎた。


 もう周囲は暗い。職業安定所も開所時間を終えている。


 とりあえず、今日の寝床と食べ損ねた食事を、とガブリエラは店を探す。


 路地に寂れた喫茶店があった。


 酒を出す店ではないことを確かめてから、ガブリエラは喫茶店の扉を潜った。酒を出す店だと鬱陶しい酔っ払いなどに絡まれる可能性があった。


 治安がいいハーフェル=ブランデンブルクと言えど、この時間帯ともなればよからぬ人間が出てくる。今の右派政権を敵視する社会主義の非合法な活動家だったり、単なる犯罪組織の下っ端であったり。


 思えば着替えくらい持って出かけてくるべきだったとガブリエラは後悔する。今のガブリエラは貴族令嬢を絵に描いたような格好をしている。この手の格好はエスコートしてくれる男性がいてこそだ。


 その男性に今のガブリエラは酷く失望していた。


「何になさいますか?」


「紅茶とサンドイッチを」


「畏まりました」


 店は寂れてはいたが、清潔で、問題なさそうだった。味についてはこれからだ。


「今日はもう来た?」


「まだ。もー。本当に困るわよね。あの図体で何時間も居座られたら」


 女給たちがガブリエラをよそに話している。


 貴族や富裕層が通う店ならあり得ないことだが、もうガブリエラは貴族であることを止めたのだ。今はこの噂話に興味が出ていた。


「陸軍の中佐、だったっけ? 態度も偉そうだし」


「家族とかいないのかしら」


「あれじゃあ、嫁は来ないでしょう。あたしは絶対嫌ね」


「分かるー」


 女給たちがそんな話をしていたとき、ガランと扉が開いた。


「い、いらっしゃいませ」


「コーヒー。砂糖は大匙4杯。ミルクはなし」


「はい」


 入ってきたのは共和国陸軍の軍服を纏った軍人だった。


 片目を負傷しているのか眼帯をしている。気難しそうな顔立ちはいかにもな軍人然とした顔立ちであり、軍人と聞いて思い浮かべる顔だ。ただ、そこまで酷い顔じゃない。アダムより威厳があっていいなとガブリエラは品評した。


 年齢は30代ごろだろうか。女給は中佐と言っていたがあれは大佐の階級章だ。


 30代で大佐となると結構なエリートじゃないかとガブリエラは思う。


 しかし、だ。


「コーヒー! もうポットごと持ってこい!」


「は、はい! ただいま!」


 叫ぶ。唸る。意味不明な単語をぶつぶつと繰り返す。


 確かにこれは営業妨害だとあまり味気のしないハムとチーズのサンドイッチを食べながらガブリエラは思った。


 いったいあの陸軍大佐殿は何をお悩みなのだろうかと考える。仕事であるならば陸軍省が近くにある。そう思ったが、陸軍省の喫茶店は官営なのでこの時間帯には閉まっているなと思い出した。


 だが、大佐なら従兵なり、家族なりがいるだろうに。


 そう思うとますますあの眼帯の大佐が何を考えているのは不思議になってくる。


 どうせ明日にはこの街を出ていて、あの眼帯の大佐──あるいは喫茶店潰しの大佐──と出会うこともない。ここはちょっとばかり知的好奇心を満たしてみるのも悪くはないとガブリエラは思った。


「失礼」


「ん。何だ、貴様」


 眼帯の大佐の向かいに座るのに、眼帯の大佐は怪訝そうにガブリエラを見ている。


「いえ。何やら酷く悩まれておられるようなので、何をそこまで悩んでおられるのか疑問に思ったのです。失礼ながら、酷くうなされておられるようでしたし」


「空襲警報より静かなものだ」


 ふんと鼻で笑って眼帯の大佐はガブリエラを見た。


「そっちこそ随分場違いに見えるが、お嬢様?」


「お嬢様の職は先ほど辞任してまいりました。明日からは人工筋肉工場で働こうかと」


「そりゃ結構なことで」


 興味なさそうに眼帯の軍人はテーブルを睨む。


 いや、テーブルではない。テーブルに広げられた地図だ。


「陸軍大佐殿は何をお悩みで?」


「女の貴様には分かるまいよ」


 ここでカチンと来た。


 散々女らしくないと言われて婚約を破棄され、実家でも責められたのに、ここでは女だからと言われるのだ。温厚なガブリエラでも腹のひとつは立てるというものだ。


「参謀本部のご勤務と思いますが」


「何故分かった」


「陸軍省の傍で、地図を睨み、兵科記号の付いた駒をやたらと弄り回している。それからその装甲兵で示す徽章。自動車化兵総監部の参謀将校の可能性も考えましたが、最近大統領がやたらと装甲部隊について重視するという姿勢を示しておりましたので、参謀本部ではないかと」


「……貴様、外国の間諜ではなかろうな?」


「いえいえ。ただの無職の身です」


 間諜だったとしたら気づいたことについて喋ったりはしないでしょうとガブリエラは涼しい顔をして言った。


「そうだ。俺は具体的な身分は言えんが参謀本部の所属だ。貴様、なかなか鋭いな。ミステリー小説の愛読者か何かか?」


「いえ。大学は文学部ではありましたが、史学科でした」


「ふむ。面白い。では、貴様に聞いてみよう。貴様ならばこの与えられた戦力で、どうこの地域を占領する?」


 やや小馬鹿にするようすで軍人は地図と兵科記号の入った駒を見せた。


「装甲師団16個。自動車化歩兵師団10個。降下猟兵師団2個。歩兵師団複数」


「兵科記号は読めるか。大したものだな、史学科というのも」


「ええ。卒業論文は革命戦争末期に起きたラ・ベル=アリアンスの戦いでしたから」


「ほう。読んでみたい論文だな」


 そう言いながら眼帯の軍人が意地悪く笑った。


「装甲師団と自動車化歩兵師団の進軍速度は騎兵と同等ですか?」


「いや。具体的な数字は言えんが、戦備行軍でも歩兵師団の2.5倍はある」


「であるならば」


 ガブリエラが駒を並べていく。


「まず北部の低地地方で攻撃を仕掛けます」


「貴様、史学科なのに前大戦について教わらなかったのか? 前大戦はそれで泥沼になったんだぞ。『私にもっと強い右腕を!』と」


「知っています。相手もそう思うでしょう。そして低地地方で戦闘が始まる」


 ガブリエラは装甲部隊と自動車化歩兵師団──快速部隊の駒を全て1ヵ所に集める。


「そして敵が低地地方に雪崩れ込んだのと同時に、このアルドゥエンナの森を快速部隊で突破。前大戦で狙った回転ドア効果で敵の後方を遮断します」


 回転ドア。


 相手を目的とする方向に引き付け、そのまま進軍させる。その一方で自分たちの主戦力は回転ドアが押されて回転するように敵と入れ違いに、前進する敵の後方に向けて進軍し、結果的に敵を包囲殲滅する、というものだ。


 前大戦では南部のストラティスブルグムから敵を誘引し、それとは反対の北部の低地地方から、眼帯の大佐も言った『強い右腕』──強力な右翼で後方に殴り込むという戦略が採用されていた。


 だが、前大戦の際は兵站も間に合わず、こちらの意図することに気づいた敵軍の戦略機動もあって失敗に終わっている。


 それを切り替えたのがガブリエラの示した北部での回転ドアだ。


 低地地方を敵戦力の誘因に使い、快速部隊からなる左翼から北部戦力を包囲する。


「いや。待て待て。そんなことは……。う、うむ。しかし……」


 眼帯の大佐はまた唸り始めた。


「アルドゥエンナの森はそもそも快速部隊で突破可能なのか?」


「革命戦争ではこの森で騎兵同士の戦いが起きております。それに私が6年前に家族とともに遊びに行ったときには開けた地形で、一部には道路も走っておりました。塹壕と砲撃のクレーターを乗り越えることが目的で作られた“魔甲騎兵”ならば突破可能でしょう」


 “魔甲騎兵”──前大戦の泥沼の塹壕戦を突破すべく開発された多脚装甲戦闘車両。車長がキューポラから上半身を出した、その姿が軍馬に跨る騎兵のようであったことから魔甲騎兵の名を冠する。


 それが今の世界の装甲部隊の主戦力であった。


……………………

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