第14話
俺達がいるペリペティア王国は各町に冒険者ギルドがあり、多くの冒険者がいる。冒険者はいつ命を失ってもおかしくない危険な仕事だ。当然、孤児も多い。その問題を解決するために各町には孤児用の施設が用意されていて、そこで育った者の多くは冒険者になる。他に生きていく術がないからだ。
孤児の中でも能力に恵まれた者、体格や運動能力等が優れている者、容姿が整っている者等は国や貴族、富豪等に引き取られることが多い。彼女、ルタールも貴族に引き取られて育った一人のようだ。リアスは同い年の彼女を治療しながら話を聞いた。
「命に別状は無さそうね。助かったのはあなただけよ」
「私だけ!?そんな…」
ルタールは荷台の残骸を目にしてそれを悟った。
「なぜあなたがこんなところに?」
「…リアス様が家出された後、しばらくして奥様から声をかけられました。リアス様のお世話をさせていただいていた私が不要になったのでしょう。他の貴族の元へ行くよう命じられました」
「――!!屋敷には私が稼いだお金を送って、使用人の費用に充てるよう頼んでいるのに…!」
「私は要領が悪いので疎ましく思われるのも当然です。次に仕えた所でもそうでした。しばらく仕えた後、タストの町の富豪の方に引き取ってもらいました」
「自分達で引き取っておいて…本当に勝手だわ!」
「リアス様が如何にお優しかったか、再び身に染みました」
「私は特別じゃない。貴族が傲慢なだけよ」
「富豪の方にも愛想をつかされました。孤児の子達と一緒に隣町に送られて、孤児の子達の世話をする予定でした。それがなんで…こんなことに…」
ルタールは両手で顔を覆い、嗚咽をもらした。
「力のない者は利用される。もしくは死ぬ。野生の動物や魔物も一緒だ」
「まぁ実際そうっすよね」
「奴隷のように扱われなかっただけマシかもしれん。隣町ではそうなっていたかもしれんがな」
「力ある者が利己的だからよ。彼らには自身だけでなく他者を守る力すらある。それなのに私利私欲のために力を使う。私はそれに嫌気がさして家を出たのよ。変わっていないどころか酷くなっているみたいね」
「世の中、どうしようもないこともある」
リアスはペリペティア城の方角を真っ直ぐ睨んだ。
「誰も変えないなら私が…!」
「…言うだけなら簡単だ。変えようがない。王族、貴族が政治によって体制を変えることはできても、外からじゃどうしようもない。貴族に戻るのか?」
「いいえ、外からでも一つだけ方法があるわ。国家の一撃による革命よ」
「えぇっ!そんなこと言っていいんすか!?」
「本気か…?」
「リアス様、無茶はなさらないでください」
「今の私には力がない…力を蓄えるわ。人望も集めないと。強力な革命軍を結成できれば…望みはある」
その横顔を見た時から、俺は既にリアスに惹かれていたのだろう。
「ルタール…私と一緒に暮らさない?昔みたいに…っていっても質素な生活だけど」
「!…でも私には何もありません…ご迷惑をおかけするだけです。革命を起こすのでしたら尚更――」
「――いいのよ。あなたは何も気負わなくて。でも、一つだけ条件があるわ」
「…私のようなものを引き取ってくださるのでしたら何なりとお申し付けください」
「ホットケーキを作ってくれる?」
「えっ…?」
「程よい甘みでいい香りがするルタールのホットケーキ、たまに思い出すのよ」
「リアス様…!」
「あ、それと、リアスでいいわ。もう主従関係じゃない。友達…いえ、私の家族になってくれないかしら」
「!!…う…うぅ…もったいないお言葉…あ…ありがとう…ございます…リアス様…」
「まずは敬語から直さないといけないわね」
依頼に失敗した俺達は町に戻って詳細をギルドに報告した。その日から俺はリアスの行動が気になるようになった。リアスは人望を集めるためか、できるだけ多くの冒険者と関わりを持とうとしているように見えた。ルタールを養いながら地道に力を蓄え、革命が起こせるようになるには何年、何十年かかるのか。それは本当に実現できるのか。
そう思っていた俺の考えを覆したのは彼女の目だ。何年経っても覚悟を決めた目は死んでいなかった。彼女の目にはずっと国家や貴族、それに虐げられる人々が映っていたのだろう。人生をかけて国を、人々を変えようとしている。
こんな女性は他にいない。俺は彼女が守ろうとしている人々より、彼女に幸せになってほしいと思った。革命は俺が起こして彼女の手を汚さなくてもいい。俺が彼女に頼られる存在になり、事を成す。いつしか彼女の夢は俺の夢にもなっていた。
―――――
「…惚れた女一人守れない自分は…!もっと許せん…!!」
男と巨大な水の塊は高圧の水を複数噴射しながら急加速してゴーレムの頭部に隕石の如く落下していく。
「伊達流 岩断瀑水斧!!!」
ゴーレムは反射的に右腕で頭部を守ろうとするも、それを止める力はなかった。
ゴーレムの右腕と頭部は破壊された。いかなる攻撃でも傷つけることができなかった表面の鉱石ごとである。ゴーレムは完全に沈黙し、彼らは激しい戦いに勝利した。
「スノシュさん!リアスは!?」
ルナはすぐに二人のもとに駆け付けた。キリニティは少しの間立ちすくんでいたが、顔を拭いてから振り返り、三人の元へ戻った。リアスは寝かされており、スノシュが肩を支えていた。二人が到着するとスノシュは説明を始める。
「脈はあるが気を失っている。奴の右足が当たる間際、咄嗟に両腕で体を守ったんだろう。吹き飛ばされた後、両腕が明らかに曲がって折れていた。それ以外にも骨折していたかもしれないが、下敷きになって潰されなかったのは不幸中の幸いだ。すぐに魔法薬を全部使って回復し、声をかけ続けているが意識が戻らない。……戻るのかもわからない」
「キリ兄さん、魔石をくだサイ!」
ルナはキリニティから奪うように魔光石と魔石を取り、すぐに魔法を使った。
「自然治癒力強化!」
「…お願い…!リアス…起きて…!目を覚まして…!」
「リアス、いつまで寝てるんだよ。キリ兄が奴をぶっ倒して帰ってきたぞ!財宝はいらないのか?祝杯はどうするんだよ!お前がいなきゃ…誰がパーティを纏めるんだよ…!」
キリニティは両手でリアスの手をゆっくりと握り、俯きながら語りかけた。
「すまない、リアス…俺のせいで…お前をこんな目に…。…俺には何もできないのか…お前を守ることさえも……」
彼は成し遂げた。誰も突破したことのないゴーレムを完膚なきまでに倒し、財宝が眠ると思われる未踏の地へ足を踏み入れる権利を得た。未探索の階層の全容を解明する地図も手に入れ、冒険者として、男としての箔もついただろう。だが、それらは全て、目の前で意識を消失している女性のためだった。彼女に頼られる男になり、彼女の夢を叶え、彼女を生涯幸せにするために命を懸けて戦ったのだ。
キリニティは目に涙を浮かべながら握る手を震わせていた。
「俺は…自分が憎い……自分が…情けない…!」
涙で滲むリアスの顔が動いた気がした。
「…まさか…泣かないわよね…。一番涙が似合わない男がさ…」
「リアス!」
ルナは意識を取り戻したリアスを抱きしめた。キリニティは手を離し、立ち上がって背を向けた。
「よかった…よかったよォ…」
「まったく、心配させんなよ。置いてくとこだったぞ」
そう言うスノシュも安堵で涙ぐんでいた。ルナは大粒の涙をボロボロとこぼしている。
「俺が…泣くかよ…」
背中越しに若干うわずる声で話すキリニティ。
「そうよね…。…はぁ…安心したわ…みんな無事で…」
「なんでリアスが心配してるのよォ…」
「本当だよ。こっちの身にもなれ」
(本当に…無事でよかった…)
キリニティの足元の床は【水魔法】のせいではなく、彼の目から零れ落ちる温かい水滴で濡れていた。




