第1話
スギル(地井戸 杉流)
ワイズ・カインド
左からゴーダ・レント、ワイズ・カインド、ネス・ムドイメク
――君は転生して世界を支配しうる能力を手に入れたらどうする?
俺の場合は能力のレンタル屋を始めた。
転生後、多くのチート能力のおかげで快適な生活が送れるようになり、能力を利用していろいろ遊んだが、何でもできることに気が付くと急に退屈になった。
インターネットが恋しかった。
ちなみに俺の転生直後の能力の数は50を超え、レベルと才能は全て最大だ。
その中に【能力付与】という他者に能力を譲渡する能力と、【能力吸収】という他者の能力を奪う能力がある。
ある日、俺の能力の一部を知っている者が俺を頼ったため、【能力付与】で能力を分け与えて助けてあげた。それは想像以上に楽しく充実感があった。
他者の生き方、考え方を大きく変える程の力を持つ能力。それを自分の裁量で分け与えてどうなるか観察することは、多くの人生を追体験しているようで、異世界において俺の最高の娯楽となった。
レンタルをやめられなくなった原因となる、最初の事例を紹介しよう。
―――――
「相変わらず弱いな!ワイズ」
ワイズと呼ばれた12歳の少年は、彼より明らかに大柄な少年に木剣で殴られ、全身痣だらけになっていた。頬は腫れあがり、目には涙が滲んでいる。
「う…ぐ……ご…ごめんね…相手に…ならなくて…ゴーダには…敵わないよ」
「当たり前だ!おれは将来騎士になる人間だからな。まったくこんな植物を集めることしかできないのか。男の癖に情けない」
ゴーダはワイズが生活の足しにするために集めた植物や種の入った袋を拾い罵倒した後、その袋を地面に捨てた。町の外れ、人目の少ないその場所に、もう一人の男が現れた。
「何をやってるんだよ」
「なんだ?文句でもあるのか?」
罵倒したゴーダに向かって言葉を放った男は、植物の入った袋を拾って言う。
「あるよ。もっと厳しくしないと変わらないよ」
そう言うと袋を開けて逆さに持ち、植物を地面に落とした。そして、有ろう事かそれを踏みにじった。
「せめてこれぐらいやらないと」
「ははは、なるほど。じゃあギルドに行くか。ネス」
ネスと呼ばれた少年とゴーダは仲間だった。わざと茶番を演じ、ワイズに恥辱を与えたのだ。
「そうだね、ゴーダ」
笑顔でゴーダに返事をすると振り向いて言う。
「早くママに看てもらえよ、生きる価値なしの雑草ワイズ君」
ネスは薄ら笑いを浮かべてそう言った。ワイズは木剣を持った手を握りしめ顔を上げた。
「はは…そんなこと…言わないでよ…」
ワイズの言葉を聞かずに背を向け立ち去る二人。立ち上がるワイズ――。
「買い物に…行かないと…」
ワイズは植物等を拾い、痛む全身を何とか動かして市場に向かう。
「いらっしゃい!…あー、なんだ、ワイズか。今日は一段と汚いツラしてんなー」
「あはは…すみません。これで買えるパンを二つお願いしたいんですけど」
震えた手で持った植物と種を見せて言う。当然、ネスに踏まれていない使えそうなものだけだ。
「はいはい、じゃあこれね」
植物と種を受け取った店員にパンの切れ端が入った小さな袋を差し出される。
「あ…ありがとうござ…」
ワイズが受け取ろうとしたパンの袋は受け取る直前に地面に落ちた。
「あー、悪い。拾って持ってってくれ」
この店員は毎回手渡さずに落として拾わせる。他の客にこのような態度を取ることはない。
「はい、僕が受け取るのが遅いんですよね…すみません」
ワイズが拾おうとした袋を隣にいた男が奪い、店員に話しかける。
「これの代わりにそこのジャムパンを五つください。不足分は俺が出します」
「え!?スギルさん!?わ、わかりました!まいど!」
ワイズは腫れあがった顔でスギルを見上げる。
「あ、ありがとうございます。でもあのパンはこの店で一番高いやつじゃ…」
「この店を丸ごと買えるくらいのお金ならあるよ」
「え…?す…すごいですね…」
スギルは店員からパンを受け取るとワイズに渡す。
「子供が心配するのは他人の財布より自分の体だよ。これで肉か魚でも買うといい」
そう言ってワイズに銀貨を渡し、スギルは立ち去る。
「えっ…あっ…こんなに…!?…すみません…ありがとうございます!」
深くお辞儀をして感謝を表すと、言われた通りに次の買い物へ向かう。
日が暮れ始めた頃、買い物を終わらせ帰路につく。
「母さん、ただいま!今日はすごく良い人にお金を分けてもらってたくさん買えたよ!」
「あらまぁ、こんなに…ありがたいねぇ…。でも、こんなに傷だらけになって…すぐ看てあげるからね」
「大丈夫だよ、母さん、これ食べたらこんな傷すぐに治っちゃうから!ね?食べよ!」
小屋のような小さな古びた家で、普段より豪華な食事を食べ始めたところにワイズの父が帰ってきた。
「はああっ!?なんだこの飯は!!」
「ワイズが買ってきてくれたのよ。良い人に分けてもらったって…」
「おれが命がけで魔物と戦ってる間に……こんな旨そうなもん食ってやがったのか…!!よこせ!」
父は食べかけのワイズの食事を奪うと、勢いよく食べ始めた。当然、父の分は別にある。
「んーっ、うめぇっ!お前にはもったいねぇよ、ワイズ!」
「う、うん…そうだね。父さんいつも家族のために頑張ってるもんね…たくさん食べてね」
ワイズはそう言って昨日食べたパンが入っていた小さな袋に残っているパンくずを集めて食べた。
食事が終わると母がワイズに薬を塗った。
「くっ…」
「痛むのね?かわいそうに…大丈夫、いつかワイズも父さんみたいに強くなれるわ」
「うん…ありがとう…母さん」
各自寝る準備をすると、いつものように同じ部屋で三人とも床についた。
夜も更け、ワイズはボロボロの寝床も相まって体の痛みを感じてなかなか寝付けずにいた。さらに空腹で鳴るお腹を隠すように抑えるワイズに、別の布団から起きてきた母が近づき耳元で話しかける。
「ワイズ…眠れないの?」
「か、母さん?」
「これ…ジャムパン一個取っておいたから…食べなさい」
「…あ…ありがとう…」
上半身を起こし、母からジャムパンを受け取ろうとするワイズだったが、ジャムパンが何故かちぎれてしまう。母が持っている方のジャムパンは彼女の指の力で潰れ、中の赤いジャムが飛び出て滴っている。
まるで血のように。
「…ワイズ…このパン……盗んだの…?」
「ち、違うよ母さん!僕はそんなことしないよ!」
「…口答え…?口答えするのね…?母さんのことが嫌い…?嫌いなのね…?…そう…そう……そうなのねぇぇぇ!!!うぅぅいぃぃあぁぁぁぁ!!!」
母は奇声を発し、発狂してワイズを叩き続けた。ワイズは頭を抱えうずくまっている。
「母さんっ!や、やめてっ!」
「私に指図するなぁぁぁ!!この盗人がぁぁぁ!!!」
「ごめんっ!ごめんなさいっ!母さんっ!!」
「やっぱり盗んだんだろうがぁぁぁっ!!このゴミがぁぁぁぁっ!!!」
父はいつものように耳栓をして背を向けて寝ている。
30分程度でこの発作は治まることをワイズと父は知っていた。母は発作が治まると泣きながらワイズに謝り、そのまま彼の寝床で寝てしまうことも彼は知っていた。
「いらっしゃい!あぁ、ワイズか…いつものか?」
「はい、すみません。お願いしま――」
「――いや、今日は外食にしよう。ワイズ」
「えっ?あ、あなたは昨日の!」
ワイズの言葉を遮り、食事に誘ったのはスギルだった。
「もちろん、君の両親も一緒に」
「父さんと母さんも…ですか?」
「君には【不運】という能力がある」
スギルはワイズの耳に口を近づけ小声で話した。
「!!…なんで…知ってるんですか?」
所有能力の情報は冒険者ギルド等の特定の場所でないと鑑定できず、通常は他人の能力を知ることはできない。
「場所を変えて話そう」
二人は人気のない路地裏に移動して話すことにした。
「俺は【能力把握】という自分や他者の能力を知ることができる能力を持ってるんだ。君の能力は…」
<名前>ワイズ
<種族能力>適応(LV0/C)
<先天能力>不運(LV2/B)
<先天能力>剣術(LV0/E)
※()内は能力レベル/才能
※才能はS、A、B、C、D、E、F、G(高←→低)の8段階
「合ってます…。僕が【不運】能力を持っていることは、父さんと母さんには黙っていてもらえませんか?以前、冒険者ギルドで能力鑑定してもらった後、能力はなかったと報告してるので…」
「…母親はもう知ってるよ」
「ええっ!?何でそんなことがわかるんですか!?」
ワイズは思わず大声になり、慌てて口をおさえ辺りを見回す。
「大丈夫。誰にも聞かれてないよ。俺は他にも多くの能力を持ってるとだけ言っておく。母親はおそらく冒険者ギルドに確認して知ったんだろう」
「…。スギルさんって何者なんですか?」
「俺より君のことだ。ちなみに【不運】能力レベルが上がるとどうなるか知らないよね?」
「はい、僕が所有してるLV2までのことしか知りません」
「LV3までの詳細を教えよう」
【LV0】定期的に些細な不幸に見舞われる
【LV1】金銭を獲得する機会を失いやすくなる
【LV2】他者から理不尽な酷い扱いを受ける機会が増える
【LV3】誰からも愛されなくなる
「誰からも…」
「俺には君を助ける力がある。君はどうしたい?」
ワイズは驚いた様子でスギルの顔を見た後、うつむいて答える。
「…僕は……今のままでも…」
「ゴーダ達はまた絡んでくるよ。次は命を落とすかもしれない」
「…僕が弱いのがいけないんです…」
「君が午前中いっぱいかけて探し集めた有用な植物を、パン屋に安く買い叩かれてるのも知ってる?」
「…他の店じゃ取り合ってもらえないから…」
「父親は命なんて懸けずにダラダラ働いているし、稼いだ金で遊んだりしている」
「…それでも…父さんがいないと…」
「……。母親の発作は、君の能力が発覚してから発症するようになった。発作時の攻撃対象も君だけじゃないか?」
「!!」
うつむいたままのワイズは小刻みに身体を震わせている。
「……何でも…知ってるんですね。…僕も…薄々気付いてたんです…」
震えるワイズの顔からゆっくりと滴がこぼれ落ちた。次に彼が発する声も震えていた。
「…ぼっ…僕がっ…悪いがらっ…我慢しなきゃっ…いげないんですっ!…うっ…うぅ…」
スギルはワイズの頭に手を乗せ、目線を下げた。
「違う…悪いのは君じゃなくて能力だよ。ゴーダ達の加減を知らない暴力も、父親が君にきつく当たるのも、母親の発作も、【不運】能力が原因かもしれない。君は賢い子だ…本当はもうわかってるよね?」
ワイズは漏れそうな声を堪えながら小さく頷いた。
「……っ………うっ……」
そして、しわくちゃになった顔を上げて答えた。
「ズギルさんっ…っ…生…ぎるのが…辛い………助けでっ…ぐだざいっ…!」
スギルはワイズの顔を隠すように優しく抱きしめた。
「わかった」




