四話 インターネットの民
「あ、いたいた。」
突然聞こえた声の方に目をやると、女の子が立っていた。
「ヒィッ!!」
誰も来ない昼休みの校舎裏。
こんなところに自分以外の生徒が現れるのは初めてだ。あまりの驚きで、情けない声を出しながら弁当を落としてしまう。
「うわっ、びっくりした。大丈夫?」
そう言いながら近づいてくる姿を見て、彼女が同じクラスの人なのが分かった。彼女は天城さんや新田君がいつもつるんでいる四人組の一人。名前は確か、えっと…柳さん、だったはず。
「あ、はい…。」
「よかったよかった。いやー探したんだよ。」
そう言って、彼女はいきなりスマホの画面を僕に見せてくる。そこには、例のスレがデカデカと映っていた。
「ねね!やっぱこれ、滝沢君だよね?」
予想外の彼女の言葉に、耳を疑った。僕がこのスレの主=滝沢君だとわかっている事を、なぜ彼女が知っているのか。というかそもそも、こんな陽キャ女さんが何故このスレを知っているのか。
「え、た、多分。」
聞きたいことが多すぎて、これしか言葉が出なかった。
「だよね!!やっぱりそうだよね!!ヤバ!マジで面白い!笑」
一人えらくテンションが上がっている様子だが、正直こっちはそれどころじゃない。
「あの…。」
「何?」
「なんで、僕にそれを聞いたんですか?」
「え、だって小林君もこれ見てるんでしょ?」
「そうですけど。なんで僕がこれ見てるって知ってるのかと思いまして…。」
「あー。こないだ滝沢君がアイのこと誘った時、小林君めちゃくちゃびっくりしてたじゃん?それで、もしかしてって思ってたんだよね。」
「え、そんなことで。」
「そそ。そしたら今朝、滝沢君に詰められた時もマジかよって感じだったから!これ絶対スレ見てるじゃん!と思ってさー。あと、小林君ネットとか好きそうじゃん?」
「あ、はぁ…。」
反応とか感じとか、そんなふわふわした理由で、と思ったが、最後の一言で何も言えなくなる。
「クラスメイトがネットのおもちゃになって、現実でその様子を見る!ネットと現実がこんなに繋がるなんてそうそうないじゃん?この非日常感、たまんなくない?」
正直分からなくもない。僕自身、滝沢君がこのスレの主だとわかった時は驚いたしワクワクした。しかし、話を聞いていると、この人もこの人で結構闇が深いのかもしれない。
「だから、この感覚誰かと共有したいなーと思ってたの!」
「は、はぁ…。」
「でもさ?新田たちに教えたら、あたしがこーゆーの好きなのバレるじゃん?それはなんかやだし。」
「あ、嫌なんですね。」
「そりゃ嫌だよ。一応スクールカースト上位の女!だし笑」
「自分で言うんですね。」
「性格悪いと思ったでしょ?」
「い、いえ。すいません、そういうわけでは…。」
「いいの、実際そうだし!てか、そうじゃなきゃネットなんてハマらないでしょ笑」
見た目も喋り方も完全に陽キャなのに、言ってることだけ真逆で頭が混乱する。柳さんのような人でもネットや掲示板にハマることがあるんだなとおもうとやはりびっくりしてしまう。
「でも、アイは結構大変みたいなんだよね。」
さっきまでとは打って変わって、少し真剣そうに切り出す柳さん。
「そうなんですか…。」
「うん。スレ見てたらわかると思うけど、滝沢君結構勘違い激しいじゃん?」
「そうですね。」
「でさ、アイにもめちゃくちゃラインとか送ってるみたいで。」
「はぁ…。」
「返信しないと300件くらいくるらしいよ」
「300!?」
滝沢君の新たなヤバすぎエピソードに、思わず声を荒げてしまう。まさか、掲示板ではなく現実で彼の新情報を知ることになるとは思わなかった。
「はははは!めっちゃ驚くじゃん!笑」
僕の反応にめちゃくちゃ笑い始める柳さん。無理もない。これまで一言も声を発していなかったぼっちが突然感情をあらわにしたら笑うしかないだろう。
「てか、小林君て話してみたら案外普通だね。」
「あ、はい、すいません…。」
なんと返せば良いか分からず反射的に謝ってしまう。僕はこれまでなんだと思われていたんだ。
「ねえ、びっくりした?」
突然彼女に尋ねられる。
「え、何がですか?」
「あたしがネットとか好きなの。」
「ええ、まあ。」
「やっぱそっか、だよねー。」
キーンコーンカーンコーン
何やら少しテンションが下がった様子で彼女がそう言うのと同時に、昼休み終了の予鈴が鳴り始めた。
「うわヤバ!」
そう言って立ち上がり、教室に戻ろうと走り出す彼女。
「スレでなんか進展あったらまた遊びくるねー!」
「え?」
「そうだ、これ!」
そう言って、僕に菓子パンを投げ渡してくる。
「さっき弁当落としてたでしょ、これあげる。」
「あ、ありがとうございます…。」
なんだコイツ、僕のこと好きなのか?
「あ、そうだ!教室では話しかけないでねー!」
地獄。一瞬で地獄。そんな残酷なセリフはっきり言わないでほしい。言われなくても話しかけないから。
高校に入って初めての他人とのまともな会話は、淡い期待を一瞬で打ち砕かれて終わり。一瞬でも変なことを考えた自分が馬鹿だった。
僕は貰ったパンを食べたあと、少し遅れて午後の授業に出た。
続く