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51.御前会議 結の上 少女は暴走する



 まさかのコンシュからの見下すような突き上げに、国主は(すが)るような目線をサシャ権宮司に流す。


「教会としての意見は如何(いかん)?」

「……たった三言の真言にて、この主都の精霊機構は、御方(おんかた)に掌握されましてございます。斯様なる術は、人の身にては持ちえませぬ」

「それのみで、かの娘御が竜であると認めよと申すか?」

「ええ。本来の竜巫女はただの人でありますれば。……あそこに居られます御方は、人には、あらせられませぬ」

「即ち、赤竜を討ちしはラウス兵にはあらず、討伐隊も自らが任務を果たしえたのであろうと?」

「かの御方のお言葉通り、竜におかれては虚偽を述べる事(あた)わぬと聞き及びますゆえに……」

「で、あるか……」


 どうやら国主とサシャさん――つまりこの場での国と教会の責任者たち――の間で、ヴィラの正体はドラゴンであるということで落ち着いたようだ。

 もっとも、国主はサシャさんの言葉に納得できてはいないようだったが。


 ちょっと難しかったけど、要約すると“あんな短音節だけで瞬時に結界を乗っ取るなんて人間の仕業じゃない、彼女(ヴィラ)はドラゴンだ。ドラゴンは嘘をつけないから、討伐隊の報告も全部本当だ”ってな事をサシャさんは言ったようだ。

 そして国主は、教会の責任者に断言されてしまったので、仕方なく同意せざるをえなかったって感じか。つまり少なくとも竜に関しては、国より教会の方がエラいって事だな。

 ヘタに逆らうと、国主でも破門させられたりするんだろうかね。中学の歴史でやったカノッサの屈辱みたく。


 しかし……なあ、ただでさえ理解しづらい“おえらい言葉”に加えて、腹芸とか政治的な言外戦術とかまで加わってくると、話に追いつくだけで苦労するわ。

 俺たちのこれからにも関わってくる事だし、聞かないって訳にも行かないのが余計に面倒くさい。


「まったく、おまえは。めんどくさい事を自分からはじめたくせに、それを面倒くさがるだなんて意味わかんないぞ?」


 自分の用件は終わったとばかりに、俺の膝の上から身を乗り出して自分が蹴散らした料理を拾い集めて回っていたヴィラが、首をかしげて見上げてくる。


 そんなこと言われてもなあ、一番の壁は“おえらい言葉”であって、言葉さえ素直に分かれば後はそこまで難解では――。

 ――そういえばヴィラ、お前“おえらい言葉”って翻訳できるよな? お願いしていい?


「街に入った最初の時みたいに? やってもいいけど、“おえらいことば”の方だと、細かい意味合いは潰れちゃうぞ?」


 うん、その、なんつーか。この“おえらい言葉”ってのが、一つの表現に対して“ヘンな修飾を過剰に付け足す事によって、言いたい事の度合いを表現する”みたいなのは分かるんだけどさ……。


 でも聞けば聞くほど、“マジむかつく”が“げきおこ”から、しまいには“カム着火カインフェルノォゥ”とか“ファイナリアリティぷんぷんドリーム”とか、そんな意味不明な単語が羅列されるアレに聞こえてきてしょうがないんだもんよ。


 正直そこらへんの過剰装飾とか要らないんで、悪いんだけど、また通訳お願いできる?


「まったくもう! わたしのおまえは本当に、わたしが居ないとしょうがないんだから!」


 どこか甘えたようなヴィラの声と同時に、周囲に飛び交う言語がバイリンガル(同時通訳)のように聞こえてくるようになった。


「|まだ続くんですか、この話《未だ、言及の余地があると申せられますか》……」

「|余は、その少女が本当にドラゴンか、証拠を見せろと言ってるだけだ《余は、そやつが真に竜であるとの証左を示せと、言うておるだけよ》」


 かなり平易になったサシャさんと国主の言葉が、お互いに結構イヤそうな感情を伴って聞こえてくる。

 つか、まだやってたんかい、こいつら。


そもそも(そも)、|英知の結晶である竜を自称する者が《英知の真髄たる竜を僭称せし輩が》、|なぜ人間と一緒に居たり《何故に人を従え》、|首輪を付けられたりする必要があるのか《首輪を締めんと申すか》」

そ、それは……(そ、それは……)


 うん、翻訳と元々の“おえらい言葉”の齟齬もそんなに無いようだし、そろそろ耳から聞こえてくる“おえらい言葉”の方は無視でいいかな。





 ――なんてのん気に考えていたら。

 なぜかヴィラが突然、腕の中から上座の二人に強い視線を向けはじめた。

 今の国主とサシャさんのやり取りに、何か不満があったのだろうか。


 いきなりの事態に戸惑っている間に、ヴィラが吼えはじめる。


「わたしのこいつを従者と(おとし)めるのか!? わたしと、わたしのこいつは、どっちが従うとか従わないとか、そういう関係じゃないんだぞ! わたしたちはつがい(・・・)なんだから!」


 あ、そこですか。

 俺的には他人からどう見られようとも、問題さえ起こらなければどうでもいいんだけど。


 国主はなぜか諦めたかのような力のない視線で。


「……サシャが認めたというのに、自分から馬脚を晒すな、愚か者め。英知を代々に渡って継承する孤高の存在が、人と(くな)いでどうするつもりだ」

「やっぱり、人間は浅はかだ……」


 珍しく、ヴィラが呆れたようにため息を吐く。

 そんなヴィラの反応に国主の顔が微妙に歪むが、ヴィラは気にもせずに続ける。


「わたしのこいつは、わたし自身よりもわたしの全てを知っている。どう動いて、どう戦えばいいのかを。だからわたしたちは、赤いアイツに勝てたんだぞ!」

「……魔道士ごときが竜自身より竜の事を知っている? 面白い冗談だ。その程度の知識で竜を騙ろうなど、片腹痛いにも程がある。人を背中に乗せて人の指示をただ待つだけの存在なら、馬と何が違うのか」

「背に乗るだと? 飛んでいるわたしの背にか? 蒙昧(もうまい)な人間め。そんな所に乗って生きていられるほど、今のわたしはノロマじゃないぞ!」


 呆れたようにあごを上げてみせる国主殿下に、こちらもジト目で返すヴィラ。


 ……まあ、アレ(戦闘中のドラゴン)の背中に乗ってるとか、無理だよなあ。

 それこそ6G(体重六倍)機動にもなる戦闘機の胴体にしがみ付いて、なんで落ちないでいられるのかって話だ。


 強烈な向かい風で窒息か、高空の寒さで凍え死ぬか、吹き飛ばされての墜落死か、そんな結末がいいところだ。

 死にたいならあれほどの環境なんてそうそう無いだろう。

 俺のこいつは、ノロマでも欠陥品でもないのだ。自分の性能を、俺と出逢うまで自覚していなかっただけで。


「えへ……」


 思考を読み取って満足そうに見上げてくるヴィラは、俺の手を取って両手で大事そうに胸に抱く。


「……わたしのこいつは、わたしがこうやって抱くんだ。それで初めて、わたしたちは完全になれる――人間のきさまには、及びもつかない領域に」


 国主がゲンナリと天井を見上げる。ヴィラの熱烈な俺推しに、毒気を抜かれてしまったのだろう。

 正直なところ、俺も結構恥ずかしかったりするわけだが。


「……その惚気(のろけ)の何が、そなたが竜である証拠となるのか。そもそも、余が知りたいのは、討伐隊が赤い竜の討伐に、本当に関わっていたのかどうかよ」

「どう関わっていたのかなんて、わたしのあきらがいくらでも言ってたぞ。まさか聞こえてなかったのか、それとも、理解できてない?」


 ヴィラが国主に首を傾げてみせる。


「そんなにわたしが我々“------”だと信じられないのか? じゃあ戻って見せればいいか?」


 おもむろに額飾りを外そうとするヴィラを慌てて止めた。


「まてまて、いくらお前が軽量級とはいえ、ここで元に戻ったら床抜けちゃうでしょうが」

「え? んー……わたしそんなに重くないぞ?」

「それに、こんな日光もない夜の室内でドラゴンになったら、人型に戻れなくなるだろ? 壁でも突き破って外に出る気か」

「それこそ大丈夫だってば! 今はわたしがこの地に積層された精霊の全てを掌握してるんだぞ、いくらでも変身できるもん」

「……ああ、そういやそんなモンも手に入れてたっけね」


 そうか、ヴィラが人間の領域には精霊が少ないって言っていたのは、そういう事だったんだっけな。

 つまり教会か国かは知らんけど、ようは結界みたいなモノを張って、そこに精霊を貯めこんでいた、と。

 精霊が結界に囲われててドラゴンが“介入”してもアクセスできなかったら、ヴィラたちにとってはそりゃ当然人界は精霊が希薄(・・・・・・・・)に見えるだろう。

 教会術士たちはその結界内に貯め込んだ精霊を使役して魔法を使おうとしたが、不用意にも、よりにもよってドラゴンの前でその汲み上げ術式を晒してしまい、あっさり乗っ取られてしまった、と。


「じゃあそれをちょっと使わせてもらえば――」


 ――挑発的な視線を国主に向けたまま、抱き寄せた俺の頬を舌先で舐め上げてくるヴィラに、なぜかすごいイヤな予感がした。


 ちらりとサシャさんを盗み見ると、案の定というか、真っ青になっていた。

 そりゃそうだろうな。

 ヴィラの宣言は、都市の信仰・防衛・その他もろもろを担う機構――現代に例えると発電所とか放送局あたりか?――を諸々まとめて一挙に掌握したぞと言っているようなものだ。

 それを使ってこいつらを殺したり変身したりするって話を……。


 ……って、ちょっと待て。それって要するにインフラの乗っ取り?

 つまりこれ、テロとか侵略レベルの行為で、完全にこちら側から戦争を吹っかけてる状態じゃないのか?


 ヤバげな事実に思い至って、途端に全身が寒くなった。

 あわてて隣に控える主子サマに目を上げると、ヤツはあからさまに“ようやく気付いたのかコイツ”という顔で、そっぽを向いてくれやがった。





 あわわわわ、こりゃなんとかしないと。

 顔を上げて国主を見据える。


「証明のために、この場でこいつの元の姿を見せるのはいいんですけど、その場合はこの国に溜め込まれた精霊をかなり使ってしまいますけどいいですか? 再び人の姿になるには、精霊を大量に使役・消費しますので」

「すぐにでも人に戻らねばならぬ理由でもあるのか」

「幼くても竜なので、この建物の扉を通れるほど小さくないんです。この建物を崩して出てもいいという許可をいただけるなら、人に戻る必要はありませんけど」

「……それは……」


 困り果てたように、国主が力なく椅子に沈み込む。

 それもそうだろう。ヴィラがドラゴンである事を認めるか、この建物の命運か、国家戦略資源の浪費かを選べって話だからな。

 全部こちらのハッタリなら何の問題も無いのだろうが、ヴィラは実力の片鱗を見せているし、サシャ権宮司のお墨付きもある。

 まさかの事を考えると、賭けに出るにはちょっと分が悪いだろう。


 もちろん、中庭にでも行ってヴィラに元に戻ってもらえば、壁を壊す事もなくヴィラの正体を明かせるワケではあるが、その選択肢は黙っておいた。

 だってこの国の結界の精霊を使わないなら、ヴィラは結局朝まで人型に戻れないわけで。つまり、まあ、いろいろとめんどくさい。


 というわけでここらが押し時なので、俺は妥協案を提示してみた。


「どうでしょう、ヴィラが元の姿に戻って竜であること証明しなくてもいいのなら、積層結界は使わなくて済みますので、そのまま返しますけど」

「え、なんで? なんでだ!? せっかく手に入れたのに! だいたいここにいる連中は、赤いアイツとの戦いで何もしてなかったやつらなんだぞ! えらそうにする権利がどこにあると思っているんだ!?」


 当然、俺の発言にヴィラが咬みついてくるわけだが。

 なるべく優しげに提案する。


「まてまて、結界はこの国ではなく教会――つまりサシャさんの管轄だろ? なら、サシャさんは許してあげたんだし、返してあげてもいいんじゃない?」

「え? ……んー? んー……」


 ヴィラが微妙に納得いかなげに身体をくねくねさせる。

 理屈では納得行っても感情が納得してくれない感じだろうか。


「……でも、でも。介入式をいちいち吟じなくていいから便利なんだぞ、これ。おまえがこの地を支配するのにも使えるし、ちゃんと照合紋も変えたから、わたしたちにしか使えないし……」

「……俺は支配とか征服とかには、まったく、何の興味もないの。だからもういいから、元に戻してあげよう、な?」

「おまえって……」


 テロリスト認定を受ける前に何とかしなければと、だんだん焦ってくる俺にも気付かない様子で、ヴィラはなぜか抱きついてきた。

 人の頬に鼻をぐりぐり押し付けて、尻尾だけでなく翼までをも総動員して、ぎゅーっとしてくる。


「おまえって、ほんっとうに、わたしにしか興味がないんだな! しょうがない、照合紋は元に戻してやる!」

「うん……ありがと……」


 ……同意を示すしかないこんな状況で、うれしそうに人を変態みたく言わないでほしいんですけど。


 吐き出したくなるため息を、どうにか飲み込む。

 いや、うん。まだこれだけじゃ終わりじゃなからね。もう一つやる事がある。


 国主が頑なにコンシュたちの成果を認めたがらない理由が、ヴィラが言った“何もしてなかったやつら”というセリフで、ようやく理解できたんだから。




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