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5.少女の身体で好き勝手(TS要素なし)



 先ほどよりは細い光芒が、同時に複数、空を貫いた。

 そして爆発。


 ざりざりとした感触が空に増える。

 空間感覚に障害物が増え、触覚の範囲がかなり狭まった。後方の敵どころか、地上の森すら触れなくなってしまう。


 敵の攻撃の本当の狙いはもしかしてこれだったのか。こっちの目を潰しておいて、その間に何かする狙いか。

『そんな狙い、聞いたことも、考えたこともない!』

 ……ふむ、つまりこれは意図的な状況じゃない?


 昔の戦争みたいに、大砲撃ってたら煙で相手が見えなくなりましたとか、そんな感じなのかな。

 それなら爆炎が治まらないうちは、隠れられるていということだな。

 よし、じゃあ今のうちだ。


 ドラゴンに呼び掛ける。


 なあ、羽ばたきをやめて翼をまっすぐ伸ばしてくれ。推力を全開にすることだけ考えるんだ。

『やめたら飛び立てないんだぞ? 加速しなくなっちゃうぞ!』

 加速のための力(トルク)と、速度のための力(馬力)は、似てるけど微妙に違うモノなんだよ。すぐ済むから、ちょっと試させてくれ。

『うん? うん、そこまで言うなら……』


 ドラゴンの翼がぴんと伸ばされると、とたんに前方への加速が感じられた。

 指の隙間から流れ込んでくる風の強さも格段に強くなる。

 もはや目を開けるのも、口を開くのも難しい。

 やっぱりな。


『でもこれだと、すぐに飛べなくなっちゃうんだぞ』


 言われるそばから、進路がふらつきはじめた。

 さらに体の前後バランスが悪いのか、どんどん上向きになっていく。

 胴体に対して翼が小さい上に、身体後部が重いのだろう。特に尻尾が。


 なるほど、身体重心と揚力重心が合ってない。このままじゃ失速だ。

 これじゃ飛べないとか言うわけだ。


 よし、じゃあお前の身体、少し俺に任せてみてくれる?

『え? ええ!? もう“おまえ”呼ばわりなのか!?』

 なんで反応すんのソコなの? 今そういう余裕ないからね、わかってる?

『だ、だってわたしたちまだ契約したばっかりなのに……う、うん……わかった、どうぞ(ユーハブコントロール)……』

 あ? ああ、ありがとう(アイハブコントロール)


 ドラゴンはなぜか恥ずかしげな感情をにじませた後、素直に全身の主導権を渡してきた。

 背中にもう一対の腕が生え、思うままに動かせるようになったのがわかる。

 かなり妙な感覚だ。

 とりあえず翼の推力軸方向をまっすぐ後ろではなく、少し開き気味に固定した。


『でもこれじゃ、ますます尻尾が下がっちゃうぞ?』

 わかってる、だからこうするんだ。


 翼である第二腕をなるべく後方に下げて、揚力重心を身体重心になるべく近づける。

 もちろんこれだけでは足りないので、次はぴんと伸ばされていた足を開き気味にし、胴体との間に気流を入れる。

 これで身体後方がリフティングボディに近い状況になり、尻尾が浮き上がってきた。

 うん、これでよし。格段に安定した飛行姿勢になった。


 かなり気を使わないとまっすぐにすら飛べない身体だが、逆に言えば機動性が高いとも言える。

 うむ、どっちかっていうとCCV(運動能力向上機)風の味付けだけど、この素直さは二一型の飛行特性にもかなり近いと思う。

 ゲーム好きから嵩じた知識だが、まさかリアルで役に立つ日が来るとは思わなかった。まったく何でも真面目にやっとくもんだぜ。


『なんだこれ……なんでわたし……ちゃんと飛んでるんだ……』

 そりゃ、機体重心と揚力重心のバランス取れてないだけなんだから、下半身側に揚力用意してやれば姿勢も安定するだろ――っと、もう少し待て。


 推力ベクトルを推進軸に合わせたのに、思ったより速度が伸びていかない。

 対気速度に対して排気速度の方がまだまだ全然速いのに、だ。


 これはつまり、推力が細いってことか。

 どういう原理なのかは知らないが、こいつは何かを噴射して推進している。つまりジェット推進機構を持つのだ。

 この推力の細さは最初期のジェット機(Me-262)に近い感じか。初期加速は遅いが、長いこと加速してると最高速度は高くなる。そういう加速形態なんだろう。


 身体は加速力が重要な高機動型なのに、推力はトップスピード重視の一撃離脱型ってか。なんともアンバランスな機体構成だなあ。


 どちらにしろ、このままでは向こうが追いついてくる方が早い。


 これはどうしたもんかと思い悩んでいると。

 ドラゴンがなぜか寂しそうな、悲しそうな感情を抱いて、密かに押し黙っているのに気付いた。


 ん、どうした。そんな不安がらなくても大丈夫だって。俺、ちょっとだけどツバメ(Me-262)も使った事あるんだ。なんとかなるよ。

『ううん、そうじゃなくって。わたしはやっぱり欠陥品の足手まといでしかないのかなあって……』

 は?


 この子はいきなり何を言いだすのか。


 ええと、もしかして誰かに言われた?

『直接に言われたわけじゃないけど……アイツに追われて住処から出た直後に、蹴り墜とされたんだ……冷たくても親だと思ってたのに……』

 蹴り落されたって、お前の親に? ……なんでそんなことを。

『羽ばたくしかできなかったわたしを、おとりにしたんだと思う。だってわたし、足手まといだから……』


 それきり黙りこくってしまう。

 あんなのに追われたあげく、親にまで見捨てられたってのか。

 今まで偉そうな態度をとっていたのは、ただの虚勢だったって事か?

 俺を喚んだのが最後の希望だったとすれば、そりゃ強気にも出ざるをえないよな。


 なんか、うん。腹の底がぐるぐるする。さっきからずっと感じていたもやもやした気分の悪さが、ここに来て極大に膨れ上がってきた感じだ。


 もしかしたらこいつは、世界(ドラゴンのコミュニティ?)を破滅させる何らかの因子――血筋か何かだろうか――を内包している存在なのかもしれない。そうでもなければ、こいつが世界の敵とか到底理解できない。

 それにしたって、大人が寄って集って殺しにくるのも、親がここぞという所で見捨てるのも、なんか違うと思う。

 それならいっそ生まれる前とか、生まれてすぐに何とかするべきだった……んー、それもそれでなんか微妙な気分にさせられる訳なんだが。


 まあ、このイライラの原因は、実は明白だ。

 俺が、この自分が、こいつを取り巻く環境に、まったく納得できないからだ。


 ……よし、わかった。安心しろ。

『え、安心って、なにが?』

 どうせ一蓮托生なんだし、俺が何とかできる範囲では何とかしてやる。

『ほ、ほんとに?』

 ああ。だからとりあえず、お前の搭載兵装を教えろ。

『へいそう?』

 あーっと……。


 ゼロ戦とかメッサーシュミットとかの戦闘機と比べているうちに、気分がゲームモードに入ってしまっていたが、そういやこいつナマモノだったっけ。


 ええと、武器だ武器。アイツの爆発するレーザーみたいな攻撃手段。お前も何か持ってるんだろ?

『う、うん。定点雷撃精霊式と、投射爆発精霊式と、火炎息吹と、毒息吹各種を知ってるぞ。息吹は遠くまでは届かないけど、殺傷系だけじゃなくって麻痺とか睡眠とかも……』

 おっけ、その中で射程と威力の高い――ええっと、一番遠くまで届く攻撃と、奴に一番効きそうな攻撃は?

『精霊術式は両方無効化された。息吹は試す前に、蹴り墜とされたから――』

 ――理解した。それ以上はいいよ。


 とりあえずわかった事は、こいつの持ってる攻撃オプションでは、遠距離攻撃は仕掛けても無駄だということだ。

 ならばここは、逃げるのを優先した方がいい。


『えっと、どう逃げるんだ? そろそろ“熱い”のが落ち着いてきたから、感覚が戻るぞ』

 ああ、そろそろまた向こうのターンか……。


 言われるまでもなく、触覚感覚が晴れてきたのが感じ取れた。


 触覚で触れる範囲はまだ狭いままだったが、薄くなってきた煙の向こうにうっすらと巨大な赤い翼が視認でき――。


 ――って、上!?


 もう追いつかれていた。

 くそっ、やはりこのまま飛んでいるだけでは振り切れないか。加速が悪すぎる。


 向こうもこちらを認識したのか、咆えた。

 そして光芒。


『撃ってきた!』

 当たるかっての!


 まだよく見えもしない、触覚もお互いを認識しきれてない、そんな状況下で予備動作の長い攻撃なんて当たるわけがない。


 よし、こうなりゃ意地でも逃げ切ってやる。下へ行くぞ。

『なんで!? もう追いつかれてるのに!』

 速度が足りない時は、こうやって稼ぐんだよ! ダイブ!!

『ぁええぇぇぇぇ!?』


 脳内で叫びつつ、翼と足を閉じて飛び込みの姿勢で急降下に移った。





 いきなりの加速圧迫感。

 そして風圧。


 ドラゴンの指の隙間から吹き込んでくるすきま風が、ナイフのごとく、切り付けてくるように痛い。もう目を開けるとか開けないとか、そういうレベルじゃない。

 息ができなくなり、自分の手で自分の口を押さえて風を防ぐ。

 自分が悲鳴を上げているのが、なぜか冷静に認識できた。

 なんだか股間が妙に生暖かく濡れはじめてくる。


 だが今はそんなの気にしてる時じゃない。

 ドラゴンの感覚を通して、うっそうとした黒い森がぐんぐんと迫ってくるのが感じられているのだ。


『も、もう引き起こし……このままじゃ、墜ち……』

 まだだ。

『……え?』

 地表付近は上空に比べて空気が濃いんだ。まだ、いける。


 不安に震えるドラゴンに対し、自分でも意外なほど冷静な思考が流れ出た。

 感情と思考と認識がバラバラな、すごく奇妙な感覚だった。

 これは噂に聞く空識感失調ってやつだろうか。感覚や認識がどっかに飛んで行っていて、画面の向こうの情報を見ているだけみたいな。

 だが変に感情に飲まれるよりは、今はこの方が都合がいい。

 だって、つまりこれ、ゲーム画面見てるのと同じだ。


 ドラゴンの今はまだほぼ死んでいる“触覚”からの“情報”だけに意識を集中しつつ、指示を出す。


 お前のこの体の軽さなら、ぎりぎりまでいける。俺は飛ぶのに集中するから、俺の身体をしっかり抱えててくれ。潰さないでくれよ?

『わ、わかった』


 脳裏に流れ込んでくるサイケデリック点描画なドラゴンの視界では、情報が多すぎてよく判らない。片腕で風を防ぎつつ薄く目を開ける。


 眼前の地上は、もう“森”ではなく“木々”になっていた。大して良いわけでもない俺の目にも、個々の木の枝の判別が付くほどに。

 地上まで三百メートルあるかないかだろう。本職のエアレーサーとかなら別だろうが、素人の俺ではさすがにここらが限界か。

 頭を引き起こし、肩をひねる。翼の先から空気の流れが離れていかないように、徐々に、ぎりぎりまで。必要以上に速度を殺さないように注意しながら。


 それでも、体全体が地面方向に向かってすごく重くなる(Gがかかる)

 俺が操っているこいつは、たしかにかなり機動性の高い身体のようだ。

 これなら無理しなくとも旋回は間に合うな。


 ……で、ヤツは付いてきてる?

『わかんない、後ろの感覚が無い!』

 ふむ、たしかにまだ爆炎がジャマだな。まあどっちでもいいんだけど。


 奴の巨体ではこの速度と旋回性には対応できっこない。

 追ってくるなら、地上とキスせざるを得ないだろう。追ってこないなら、距離と相対速度差をそれなりに稼げたはずだ。


 身体を少し斜めにひねったまま飛ぶにまかせ、自分の目で上を見上げる。

 はたして、ヤツの姿は上空遠くに小さく確認できた。





 追いかけてはこない、か。

 相手も考えなしに突っこんでくるほどのバカではなかったようだ。


 じゃあ次の手が来るか。

 この状況で俺がアイツだったら――。


 遠くに見える赤い翼の近傍が、チカチカチカと光った。三回。


 ――やっぱそれしかないですよねー!


 とっさに身体を右に――いやさっきから右にばっか逃げてるか?――左にひねる。


 旋回を開始した瞬間に、進路前方に光の柱がどん、どん、どん、と三本立った。

 真正面を中心に、右、左。


『わぎゃっ!?』

 くっそ裏目った!


 身体をさらにひねって側面飛行で中央と左の爆炎の隙間を抜ける。


『あちちちちち』

 あっちぃ!


 ドラゴンの翼が爆炎にかすり、俺の身体にも若干の余波が被った。俺に魔法は効かないはずなのに、それでも熱を感じる。俺とドラゴンのどちらの身体が熱かったのか、不明瞭で不思議な感覚。


 そのまま続けてローリング。一回転して姿勢を戻す。

 ようやく届く、今の攻撃を発生させたと(おぼ)しき敵の咆哮。

 この距離じゃもう聴覚は当てにならないか。


 ヤツの声を背中に受けつつ、木々の梢ぎりぎりの高度で水平飛行に移る。

 よし、そんなに速度は落ちてない、俺たちの方が明らかに速い。

 もっとも、このままの高度では極端な匍匐飛行になってしまうので、少しだけ高度を上げる……まあ、このくらいでいいか。


『わたしって……こんなに飛べたのか……』


 呆然とした(てい)のドラゴンの思考。


 またひとつ新たな自分を発見できて良かったですね。

 こちとら股間がプライドに関わる状態になってますけどね。


 っと、自虐的になってる場合じゃない。


 再度ドラゴンの身体を傾けて、自分の目で上空を見上げる。

 ヤツは点ほどの大きさになってはいたが、未だ視程内だった。

 だが、まあよし。


 爆発の残滓の影響か、触覚で触れる範囲にアイツの姿は無い。

 あの爆発するレーザーの射程距離内ではあろうが、お互いの触覚が届かない以上、視覚だけでの命中は望めない。

 このまま飛べば、いずれ逃げ切れるだろう。

 それでなくともヤツは急ぐ気配もなく、高度も下げずに悠然と飛んだままだ。

 これは、諦めてくれたかな。


 ――よし、どうよ。逃げ切ってやったぞ。俺のパンツを犠牲にしてまで。

『ううん、まだだと思う』


 ほっとして息を吐く俺に、いまだ緊張したままの思考が返ってきた。


 は? なんだ、アイツにはまだ何か奥の手があるってのか?

『前、だぞ』

 前?


 言われて視線を敵から離す。身体を水平に戻して、俺の頭くらいありそうなぶっとい指の隙間から前方に視線を向けた。


 前方左手にはずいぶん低い位置まで降りてきている雨雲。スコールだろうか、触覚が中に届かない。

 その先にはぼんやりと霞がかった地平線。

 他には何も無い。


『雲の向こうだぞ』

 向こう? あ――。


 言われてみてようやく認識した。

 地表近くを飛んでるのに、いくら低いとはいえ雲の向こう――雲の上方向――に地平線が見えるわけが無い。

 つまりあれは――。


「――壁!?」





 壁か?

 あれ、壁なのか?


 雨雲のそのまた上まで届く壁?


『うん。わたしの棲んでいるこの地は、三方がぐるっと崖に囲まれたところなんだ。わたしたちは崖じゃないほうから飛んできたから――』

 ――おいおい、出口は後ろだけってかよ。

『奥には結構長くて、その崖の向こうには人間の大きな棲息地がある。その先に逃げようとしたんだ。あの近辺は精霊が薄いから、我々“------”は近寄りたくないから』

 目的地はあのそびえ立つ壁の先、か。


 しかしアクロバット飛行の連続で平衡感覚が鈍っていたとはいえ、あんな高い壁を水平線だと思ってしまうとは。

 これが空識感失調の厄介なところか。


 見たところ、雲の上までかかる崖の高さは千メートル強ってところだろうか。結構高い山脈レベルはある。

 いや崖と言っても垂直に切り立っているわけではなく「平地からいきなり急峻な山脈が立ち上がる」って程度の角度ではあるんだろう。

 しかし、今の高度は目算で五十メートルほどで、ほとんど地上だ。地上から見る高度一キロの落差は、まさに崖にしか見えない。

 ここから一キロの高低差を登るとして、どのくらい速度が落ちるのか。


 この角度でこう見えるんだから、ええと、ななめ方向の一番近い崖まで、たぶん十キロくらい?

 つまりここからまっすぐ崖の上を目指した場合、十パーセントというかなり急な坂を登ることになる。

 こいつの推力では急激な速度低下は免れない。崖の上に出る頃には、羽ばたいた方がよっぽど速いって程度になってしまっているだろう。

 かといって崖に沿うように進路を変えて上昇率を下げながら上昇しても、やはり速度は落ちてしまい、アイツとの距離が縮まっていくだけだ。


『すごい概算と知らない単位ばかりだけど、結論としては高度を上げると追いつかれちゃうということだな。わたしもそう思うぞ』


 そして高度を変えずに大きく回りこんでのUターンも無駄だ。

 三方が崖で残りの出口は後ろ。こっちがターン開始を確認した時点で、アイツは進路を読んで出口で待ち構えればいい。


『こっちに来たのはわたしの失策だった。降下するとは思ってなかったから……』

 まてまて、そこはお前のせいじゃないからね? お互い焦ってて意思疎通が不十分だったからで、急降下した俺の責任でもあるだろ。

『そうなのか? でも、じゃあどうすればいいんだ?』

 そうだなあ、こんな時こそ落ち着いて深呼吸だろ。


 猛烈な向かい風の中、二人してすーはーすーはーしたりしてみる。


 よし、落ち着いたな。では今ある状況をもう一度整理だ。


・俺たちは地上スレスレ。上空には赤いドラゴン

・戦っても、アイツに攻撃は通らない

・速度は俺たちの方が速い

・四方のうち、後方以外は雲より高い崖

・登ったら追いつかれる

・回り込んで後方に向かっても、待ち伏せされるだけ


 ……あれ? これ詰んでね?

 どうすりゃいいんだこれ。


『やっばりそうなのか?』

 お前の方は何かないのか。逃げ込める洞窟とか、そんなの。何でもいいから。

『そっちこそ対抗手段はないのか。わたしの積層領域を全部使っていいんだぞ?』

 悪いけど、俺は魔法とか一切知らないんだって。喚び出す相手を間違えたな。

『ん、でも、わたしだけではここまですら逃げられなかったからな。だから、きさまは――ううん、おまえはやっぱりすごい悪魔なの』


 こんな状況だというのに、意外とさっぱりとした調子のドラゴン。


 おいまて、もしかしてお前、諦めてない?

『え、そんな事ないぞ? でも、おまえと一緒に頑張ってもダメだったら、それはそれでしょうがないかなって』

 俺はしょうがないとか思ってないからね!? 異世界召喚即死亡とか勘弁してよ! せめてもっと余裕があるうちに喚び出そうぜ?

『自分でどうにもできなくなったから、召喚術式に頼ったんだぞ?』

 そりゃ理屈だけどさあ……切羽詰ってから喚ばれても、状況把握だけで一杯一杯なんだよ。考える時間が欲しいの、わかって?

『んー……わかった、次はもっと前におまえを喚ぶ』

 まてまて、次ってなんだよ!?

『ん、だから今度生まれたとき?』

 来世も俺が召喚されんの決定かよ! つか、もう諦めてんじゃねーよ!!





 何の打開策も思いつかないままぐだぐだしてる間に、俺たちは壁にずいぶんと近づいてしまっていた。


 崖の手前に覆いかぶさるように立ち上がっている低い雨雲が、俺たちの上に半分のしかかるようにせり出していた。

 触覚には雨雲が綿アメのように感じられる。ドラゴンの超感覚をもってしても、中は見通せない。


 この雲をなんとか利用できないかと一瞬考えて、すぐにあきらめた。

 こう低く澱んだ雨雲では、期待できるほどの上昇気流なんてありそうもない。

 この中に隠れても、追いつかれての待ち伏せか、あのレーザーの釣瓶撃ち下ろしがいいところだ。

 いくら命中率は知れたものとはいえ、いつまでも避け続けられるものでもないし、ここに隠れても無意味だろう。

 こんなところで股間濡らしたまま死ぬなんて、控えめに見てもカッコいい死に方ではないなあ。


 ……いや、でも、水ってのはアリか?


 一瞬だけ周囲に目を走らせて目的のモノを探してから、ドラゴンに呼びかける。


 なあ、ちょっといいか?

『ん、なんだ?』

 水の中でお前たちの嗅覚はどの程度利く? たとえば雨の中とか。

『全然だぞ。匂いなんて全部流されちゃうからまったく利かないぞ』

 やっぱりか、理想的な状況だな。

『ちょっとまて、まさかあの雨の中に入るつもりなのか? 触覚は全然利かないし、視覚も雨ですごい邪魔されるし、音もかき消されるんだぞ!?』

 だろうな、それが狙いだからいいんだよ。

『ま、まてってば! まって!!』


 慌てたようにドラゴン。

 なぜか思考の語尾が震えていた。


『たしかに上からも感知されなくなるけど、あんな雨雲すぐ消えちゃうぞ。行く意味なんてないでしょ!』

 上のヤツもそれ知ってるのか? あいつはこのあたりには詳しい?

『わかんない。でも以前にも来てたなら、わたしが見てないはずはないから――』

 ――つまりアイツは、この辺りの事は知らないんだな?

『多分……? でもそれがどう繋がるんだ!?』

 それならますます好都合だなって繋がりです。さあ行くぞ。

『え、ええ――!?』


 俺は、速度も緩めずに翼を雨雲に相対させた。

 けっして失禁したのをなんとか誤魔化したいからではない事は、説明しなかった。


『せめて何するのか説明してから入れー!』


 きゃおおおおというドラゴンの悲痛な叫びは、激しい雨にかき消された。




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