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48.御前会議 起 こっち側と向こう側の違いって、なんです?



 階段を上がりきった所でタケ親子に見送られた俺たちは、お大尽方に続くように扉をくぐった。


 石と木の柱と漆喰の壁の中、数多のロウソクや篝火の明かりを反射して煌めくシャンデリアの下。

 長いテーブルに着いた面々を目にしたコンシュが、戸惑いの声を上げる。


「は……あ? これは……晩餐会見……では」

「晩餐会?」


 一番奥に設えられた最上座をたぶん国主席とした、幅は二メートルで長さは十五メートルほどの縦長の、左右に重厚な木の椅子がずらりと並べられた、分厚い木のテーブル。

 国主席とその左右には誰も座っておらず、その下座には現在、計十人ほどのお偉そげな連中が座っている。こいつらがこの国の主要な貴族――要するに家臣――ってヤツらなんだろう。


 そして、そんな連中の座っている長テーブルの上には、陶器盃に盛られた果物類や透明度の高くないグラスなどが並べられている。

 たしかに、これから始まるのは会議ではなく食事会だと言われたほうが納得がいく光景だった。


 ヴィラが「ごはんか? ごはんなのか!?」と色めきたつのを抱きしめて静かにさせ、コンシュに顔を向ける。


「確かにメシ食う場って感じだけど、それが何かマズいのか?」

「マズくはありませんが……正式の会見や会議ではなく歓談の場にする、という事です。通常ですと重要ではない式典等の、間を持たせるために用意される場なのですが……」

「歓談の場なら、主子サマにも発言の機会があるって事だろ。好都合だったじゃん」

「ええ、謁見や会見よりは格段に。ですがてっきり、私を糾弾する場になるものとばかり思っていただけに……油断させるつもりでしょうかね」

「んー?」


 コンシュの言葉に、ヴィラが俺の髪の中に突っ込んでいた鼻先をもたげる。


「じゃあアレらはまさか、わたしたちを油断させて襲うつもりなのか?」


 視線で促す先は、吹き抜けホールの二階部分を取り巻く廊下の、装飾された柱。

 確かに階上にも槍を携えた衛兵は散見される。だがそいつらじゃなくって、柱?


「あれがなに――」

「いいから聞けってば」


 問うより先に、ヴィラの聴覚が向けられる――柱の影に心音。

 しかもひとつじゃない、聴覚を向けられた先々にあった。全部で六つか。

 これはホール全体を完全に囲まれている事になるな。


「……まさかこれ、刺客?」

「しかくはよくわかんない。でも、あれで隠れているつもりなら、浅はかだな」

「刺客ですか、どこにです? ああ、気づかないフリでお願いします」

「ええと――」

「――二階回廊の柱の裏だ。背中側の入り口上に一人、右奥柱から二四、左奥から一三四番目の、計六人」


 ヴィラがどう説明したものか言いよどむのを、脇から補足してやる。

 階上をうろつき回っている衛兵が見咎める様子もないという事は、明らかにお偉いさん方の手配だ。

 コンシュも素早く視線を流して位置を確認し、微妙に首をかしげる。


「……はて、特に我々用というわけでもなさそうですが」

「なんでそう言い切れるのさ」

「私どもの席は、あそこですから」


 軽くあご先で、長いテーブルの一番手前側、出口近くに空いている三つの椅子を示した。


「あんな端っこ? あんた仮にも主子様だろ」

「これが私の、この国での扱いです。そこが私の定席ですよ」

「マジですか」

「席次などに興味もありませんし、どうでもいいのですがね」


 本気でどうでも良さそうに、自ら末席に着く主子様。

 たしかに二階に潜む連中の標的がコンシュや俺たちだとするなら、こんなにホール全体を囲むようには配置しないだろう。

 ここはとりあえず様子を見るべきかと、俺もコンシュに従って空いた残りの席に着くことにした。


 ヴィラをコンシュと俺とで挟むように座ろうとすると。


「やだっ! こんなとこ座れない!」

「やだって、お前ね……」

「だってこの板を見ろ、尻尾ない連中じゃなきゃ座れないでしょ!」


 ああ、分厚い背もたれに重厚なひじ掛けまである立派な椅子だもんな、確かにヴィラが座るのはちょっと難しいか。


「な? な? 横から流すにも狭すぎるし無理だぞ。だいたい、わたしの“なわばり”は、おまえの上なんだから!」

「それはつまり……膝の上に座るつもりってこと?」

「おまえ以外の何かに、わたしの背中もおなかも預けられるわけないでしょ!」


 だんだん大きくなってくるヴィラの声に、コンシュが額を押さえながら、強い調子で囁いてくる。


「どこに座っても構いませんから、静かにお座りください!」

「ほらみろ、怒られた」


 したり顔でヴィラ。

 ……え、俺のせいなの、これ?





 おのれの尊厳とかいろいろなモノをあきらめて、漆黒の竜の化身に抱きつかれたままの身を、大人しくコンシュの隣に下ろした。

 膝の上ではさっそく、ヴィラが鼻先を人の首元に潜りこませてくる。

 ついでとばかりに、引き裂かれたドレスの後部から黒い尻尾をぬろりと長テーブルに投げ出して。

 そして、しゅるり、しゅるり。

 正体を明かす手間も面倒なので、とりあえず好きにさせてみたワケだが。


 しかし意外な事に、注意を向けてくる者は皆無だった。

 参加者たちは近くの者同士で談笑しているだけで、こちらには目もくれない。


 あえてこちらに意識を向けないようにしているのだろうか。

 階段下で冷笑を浴びせてきた時の雰囲気と、なんだかずいぶんと違うような気がするんだが。


「そうだな、おまえの言う通りワザと無視しているみたいだ。……もしかして気に食わないのか? 折ってくる?」

「折りません。意外だと思っただけだよ」


 まあここの連中にとっては、俺たちは正体の知れない胡散臭い二人連れだ。その上に連れてきたのが、ただでさえ元から疎まれている主子様だ。そんなのに下手に関わって面倒事に巻き込まれるのは御免だとか、そういった感じだろうか。

 しかしまあ、ヴィラのこの羽や尻尾を前に、誰も騒がないってのにはいっそ感心するわ。


 テーブルの上でぬろりぬろりと周囲をサーベイ(走査)するヴィラの黒い尻尾をそれとなく眺めながら、隣のコンシュを軽くつつく。


「主子サマよ、貴族ってのは、こういうのを目にしても動じないように訓練でも受けてるのか?」

「……いえ、ただ単にデキの良い作り物だとでも思っているのでしょう」

「ああ……竜巫女ってヤツだっけ?」

「この国で竜巫術が禁制となったのは、私の幼い頃です。私もうっすらと記憶していますよ、この地に住まう白い竜を象った巫女を」

「白い……ヴィラの母親、か……」

「……でしょうね。白い髪鬘(かみかづら)に角飾りと羽を着けて、収穫祭で吟い上げていました」

「たしかに、あんたですら最初はヴィラを竜巫女(ニセモノ)呼ばわりしてたからな。ここにいる歳食った貴族サマ方なら、なおさらって事か」

「面目次第もありません」


 ため息と共に吐き出されたコンシュの言葉には、かすかな自嘲の響きが潜んでいるようだった。





 コンシュのため息を合図にするかのように、背後のホール入り口が重い音を立てて閉まった。

 続いてホール奥、上座後ろの扉が開く。


 壁際に控えた兵の「国主のお成りである」との声と共に、小さいながらも荘厳な装飾が施された分厚い両開きの扉から、近衛らしい鎧兜に身を包んだ兵士の一団が、列をなして入ってきた。

 今までのやり取りの名残か、コンシュの口調はほとんど投げやりだった。


「始まりますよ……さて、どう来るつもりなのか――」


 が、その声がいきなり小さく強張る。


「――権宮司殿!?」

「え、ごんぐうじ……って、あんたの婚約者のサシャさん?」

「あの……その言い方はちょっと……」


 なぜか不本意そうな顔になるコンシュを無視して一団をよく見ると。

 侍従数名を率いた偉そうなおっさん――多分この人が国主サマなんだろう――の後ろに、見覚えのある赤毛の女性が続いていた。

 確かにあれはサシャ権宮司だ。


 サシャさんはテーブルの奥の俺たちと一瞬だけ目を合わせると、すぐに困ったような顔になった。

 それを誤魔化すように、目深に一礼。


 二人の入室を確認した衛兵が、これ以上の来訪者がないことを示すように、彼らの背後の扉を音を立てて閉めた。


「あれ? “ごんぐうじ”って敵だったの? 主子の契約者じゃないのか?」


 ヴィラが困惑したような顔で、俺とコンシュとサシャさんをきょろきょろと見比べてくる。


「あちら側に座っていれば敵、という訳ではありませんが」

「それにしても、なんであの人アッチにいるんだ?」


 困惑している末座三人をヨソに、サシャが最上座隣の角の席に座る。

 それを見届けるかのように、どこかコンシュに似ている国主サマ――やはり親子なのか――が、立ったまま自分の席の杯を取り上げた。

 テーブルに付いた各員も座ったままグラスを持つ。コンシュも無言で追随したので、俺も慌ててそれに倣った。


「宙よりの禍難はその元始たる赤竜の遷化を以って終わりを告げた。この未曾有の事態をして幸いにも臣民に大過なかりしは、これも偏に諸卿の尽力と教会の薫陶の賜物である。此先未だに光明の開けたるとは言えずとも、此度は、何は扨措き一時の安寧を翫味しようではないか。乾杯」

「乾杯」「和国に栄光あれ」「我等が手に勝利を」


 意味のわからない“おえらい言葉”の国主の口上に合わせて、列席者の乾杯の唱和が重なる。

 口上を完全に聞き流しつつ、俺は形だけを周囲に合わせて杯を傾けるフリをした。

 元々酒なんてロクに飲んだ事もないし、こんなワケのわからない状況でもし酔っ払ってしまったら、さすがにヤバ過ぎるだろう。

 それにこれ、なんかクセのある匂いがして、舐めてみる気にもなれない。


「そうか? わたしは結構おいしいと思うけど」

「まあこういうのは、好きな人は好きなんだろうけど……え?」


 胸元から聞こえた声に驚いて見下ろすと、いつの間にか自分の分のグラスを両手に抱えてご満悦なヴィラの姿があった。


「ちょっ、お前、子供は酒飲んじゃダメだろ!」

「ん? にゃんでわらひらけに言うんらー。おまえだってー、まら成体じゃにゃいんれしょー?」

「俺は口つけるマネしただけで、飲んだわけじゃ……」


 ……あっという間にふらふらになりやがったぞコイツ。


「ふりゃふりゃににゃんてにゃってにゃいもー」


 ぐってり。


 なんだこれ、あいつら一体何を飲ませたんだ?

 力なく身を預けてくるヴィラからグラスを奪い取って、底に残っていた少量を舐めてみる。


 うわ……。

 いや、うん、多分毒とかは入ってない。でもこれ……きっつっ。

 透明な酒だけど、ウィスキーを割らずにそのままって感じなのかこれは。みんなこんなの飲んでるのか?

 多分だけどこれ、グラスになみなみと注ぐ酒じゃねえだろ。


 だが周囲の連中もヴィラ同様、杯を一息に飲み干しているようだった。

 隣でもコンシュが平然とした顔で杯を空にしていた。


「食前に蒸留酒とは。本当に、いったい何を企んでいるんでしょうね」

「よくこんなの一気できるな。……ってアレか、最前列の二人のグラスのこと?」

「お気づきでしたか」


 他の連中が杯を一気に空け、給仕から次の酒を注がれたりしている中、最後にホールに入ってきたサシャと国主の二人の杯だけは俺のグラスと同様に、ほとんど減っていなかった。


 とはいえ、俺だって別にワザワザ連中を観察していたわけじゃない。乾杯の様子を見まわしていて偶然目に入っただけだ。それをこの主子サマは……。


「……あんたこそ、よく見てたもんだ」

「それは私が言うべき言葉では?」

「かもね。……で、だ。サシャさんは教会員だし、酒を飲まなくてもまあ、なんとなく納得できる。でも音頭を取った国主サマ自らが飲まないってのは、アリなのか?」

「いえ、当然ナシですよ。ですから何かを企んでいるのではないかと」

「具体的な心当たりは何かあるのか? あんたのオヤジは、いったい何するつもりなんだ」

「さて、酒で皆の判断力を鈍らせておいて、何らかの案件を押し通してしまおうとしているのでしょうかね?」

「アリなの……?」

「ナシですよ。とはいえ評議に必要なメンツは揃っていますからね、ここで通ってしまえば正式承認扱いで押し通せますから」

「なるほど……」


 それだけ強行に反対されるはずの、しかし是非とも通しておきたい“何か”があるって事か。


「……それをわかっていて、酒飲み切ったのかよ、アンタは」

「ご安心を。私も軍で鍛えられました。この程度ではホロ酔いすらできません」

「ああ、そう」


 いいかげんに返して自分の手中を見る。俺の手にあるのもちょうど、ヴィラの飲み干した空の杯だ。

 自分で空けたフリをしてテーブルにグラスを置くと、給仕がすぐ次を注ぎに来る。


「あー、今のはちょっとキツかったので、酒じゃないものをお願いします」


 注文をつけながら、上座の二人に視線を走らせた。

 いつも通りに鷹揚に構えているサシャはともかく、国主の方は満面に笑顔を貼り付けて、しかし視線だけは鋭く列席者を見渡していた。

 コンシュの想像通りかな、これは。


「ん、にゃ……にがだぁ?」

「お前、いいから寝てろ」

「んにゅ……」


 頭を首元に抱き込んでやると、そのまま大人しく寝息をたて始めるヴィラ。


「当面はお嬢さんの出番はないでしょう。賢明な判断です、魔道士殿」


 あったりまえだろっつうの。

 酔っ払った幼児に好き勝手させたら、平時でも惨事にしかならんわ。




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