46.お風呂でGO……なにを
「……じゃあ入ろうか。ヴィラ、服から出てくれる?」
「ん? どうせ一緒にお風呂なんだから、このまま服を取ればいいでしょ」
「お前を抱っこしたままだと、シャツとか脱げないんですけど」
それにしても、会ったばかりの女の子の前でいきなりの脱衣プレイ&幼女と混浴プレイってのもなあ……。
これちょっと上級者向け過ぎやしませんかね。
まあ、やるしかないんですけどね。
「ええと、では今から見てもらいます。こんなんでも俺にしか咬みつきませんから、安心してください」
「それはそうでしょ。おまえ以外咬んでも、別においしくないもん」
「おいしいから咬みついてたんかい……」
メイドさんに目を向けると、笑っていいのか硬い表情をしたらいいのか、複雑そうな顔をしていた。
覚悟を決めて、ヴィラの体を包む角袖を、肩からゆっくりと落としてゆく。
なんかこれ、ようするにストリップですよね。しかも俺がする側って、どこ需要ですかねこれ。
ほんと、すごい微妙な気分になってくるわ。
茶色く薄汚れた衣装が、器用に折り畳まれた小さな翼の上を滑ってゆく。
少し前屈させたヴィラの腰回りから、漆黒に照り輝く鱗が次第に露わになる。
尻尾が見え始めても、メイドさんの表情はほとんど変わらなかった。
んー、コンシュやハゲと同じ反応か。この世界の人間って、わりと物事に動じない人が多いのかね?
伸ばした手先から、角袖の残りをぱさりと落とす。
いつもならだらんと伸ばされている尻尾が――。
――ん、いつの間にか俺の足に巻きついてる?
「だ、だっておふろって初めてなんだぞ。不安になってもしかたないでしょ!」
「尻尾を絡めてくるってのは、犬でも猫でもしない新しい反応だな……ねえ、そう思いません?」
メイドさんに振ってみると、メイドさんはさっきと同じ顔のままだった。
あ、これ平然としてるんじゃないな、固まってるだけだ。
っつか、やっぱりコンシュやハゲが変に落ち着きすぎだっただけじゃねえか。
「あの、大丈夫ですか」
「……え? は、はい!」
刺激しないよう小さく声をかけると、メイドさんは我に返ってくれた。
若干うろたえ気味に、だが気丈にも質問してくる。
「奥様のそれは……飾りものなのです?」
「それって、これ?」
言いつつヴィラの体に介入し、羽をばさり、尻尾をしゅるりと伸ばしてみせた。
いきなり尻尾を動かされてバランスを崩したヴィラが、ぎゅっと抱きついてくる。
「あわっ!? わ、わたしの身体、いきなり動かしたらびっくりするでしょ!」
「あ、ごめん――どうです、作りものですか?」
「いいえ……いいえ」
さすがに今度は彼女も目を見開いていた。
小さく震えるように首を横に振るメイドさん。
彼女の怯えたかのような反応に、ヴィラが口をへの字に曲げる。
「この尻尾のなにが不満なんだ。わたしのこいつも、主子も、へーちょーも、ちゃんと尻尾あったのに。それとも貴様には尻尾がないのか?」
「だから、俺らのコレは尻尾じゃないんだっての」
「じゃあなんなんだこれは!?」
叫び声とともに股間に向けて手が伸びてきた。もちろん人に反応できるような速度ではなく、簡単に握られてしまった。
さすがドラゴン、パンツの上からでも一発で的確にヒトの急所を突いてくる。
男特有の微妙な部分に衝撃が走り、思わずヘンな声が漏れた。
「あふ……」
「ほら、こんなに敏感なくせに。これでも飾りものか? これでもか!」
「やめて……力任せにつかまないで……」
「寝てるときに、たまに動かしてるでしょこれ。いきなりおなかに突き立てられてびっくりしたんだから!」
「そ、それは男の生理現象で――じゃなくて、これ以上ヘンな誤解されたら困るからカンベンして……っ!」
「どんな誤解だ?」
「いいからもう放して……」
強引に体を引き剥がして、何とか大事な部分を死守する。
ぷくーっと頬を膨らますヴィラを置いて目を上げると、うら若いメイドさんは微かに頬を赤らめていた。
あからさまに逸らされた視線に、密かにため息が漏れる。
おかしいだろ。俺はまだ清らかなカラダのままなのに、なんで毎回こんな反応をされなきゃいけないんだよ。
「……おまえって清らかな身体なの? ええとつまり、まだ何も殺した経験がないって事?」
「そういうグラップラー的な童貞の話じゃないから!!」
※
……ええと、何でこんな事になってるんだっけ。
ヴィラの翼膜を石鹸で泡立てたタオルで撫で洗いしつつ、ぼんやりと考える。
俺の背中はなぜか、メイドさんに洗われていた。
「……あの、さっきヴィラが役目を果たしてもいいって言ってたのは、俺にじゃなくてヴィラ自身に対してだと思うんですけど?」
「わたくしめが奥様をお清めさせていただきますのは、多分に恐れ多い事かと思うのですが」
「こいつに恐れ多いことなんて、そんなにないと思うんですけど」
「国主閣下の御前にお出でになられます際のお召し物も、香油もご用意させて頂いております。旦那様におかれましては、お気遣いなく奥様をお清めくださりませ」
「はい……」
よくわからない理由で、ヴィラを洗う役目を押し付けるのは拒否された。
さすがにいきなり人外を触るのは気が引けるって事なんだろうか。
「そーだぞー。おまえのわたしは、おまえがちゃんときれいにしないとでしょー」
胡座をかいている俺の膝の上に寝そべったヴィラが、タオルからあふれた泡を両手でもてあそんでいる。なぜか存外気持ちよさそうだった。
こっちはこっちでなんなんだ、いままであれだけ嫌がってたくせに。
「んー? お前の言うとおりだった。水があったかいと、感覚の邪魔になるだけであんまり不快じゃなかった」
「そんなもんかい」
「うんー、わたしもしらなかったー。本当になんでもやってみないと、わかんないんだなー」
全身から力を抜き、へにょりとだらけるヴィラ。
「こら、まだ尻尾洗ってない」
「んーほら、好きなだけ洗えー。側線まわりは敏感なんだからやさしくだぞ?」
全裸の少女はもそもそと身をくねらせて、人に向かってお尻を突き上げてくる。
とはいえ、ちっこい上に後部体積のほとんどが尻尾で占められているため、色気なんてモノは微塵も見当たらない。まことに残念な光景である。
ふと気付くと、俺の背中に当てられていた手は、止まっていた。
ちらりと横目を背後に向けると、メイドさんは、なぜか困惑した表情で背拭きタオルを握りしめている。
俺の視線に気付いたのか、彼女は恐る恐るといった風情で口を開く。
「奥様のそれは本当に、作り物ではないのですね」
「ええまあ……正体は想像つきますよね?」
「はい、この地に住まう黒き竜は、一柱しか存じあげません。人にお為りあそばさせるとは寡聞にして聞き及んではおりませんでしたが」
「思ったほどには暴虐でもないでしょ?」
「ええ、思っていた以上に……温厚であらせられました」
ヴィラがぐねりと転がって、腹をこちらに向ける。
すねたような顔を上げて。
「むー、主子にも言ったけど、馬をちょっと食べただけで暴虐呼ばわりするのって、ひどくないか? 人間の方がわたしよりいっぱいごはんを食べるのに」
「それ、コンシュに直接言ってやれば?」
「……やだ」
馬牧場の損害規模の話を思い出したのか、あきらめたように元の体勢に戻る。
ちょうどこっちも尻尾の先まで洗い終わったところだったので、背中を軽くぽんぽんと叩いてやった。
「よし、洗い終わり。泡を流すから目を閉じてろ。目に入ると痛いぞ?」
「うぎゅ……下向いたら……入ったぁ……」
「……ったくもう」
ため息をついて立ち上がり、ヴィラを湯船の側まで持っていくことにした。湯船から直接の方が早い。
桶をつっこんで頭から湯をかけまくってやる。
お湯は熱くもぬるくもなく、ちょうどいい感じだった。さすがは来賓用。
「いいって言うまで目は開けるなよ?」
「うぎぃ……」
「気持ちいいのはよかったけど、気を抜きすぎだろ」
「だってぇ……」
まったく、俺はこいつのお父さんかよ。
ため息をつきたくなるほどの幼児退行っぷりにゲンナリしていると、背後から追い討ちが飛んできた。
「何度もお聞きして申し訳ありませんが、このような幼い方が本当に黒き竜でいらっしゃ――」
「……貴女に少しでも優しさがあるなら、それ以上は聞かないであげてください」
「――承りましてございます、旦那様」
改まった返答がよけいに心に刺さりますよ、メイドさん。
※
湯船の中で、ヴィラがご満悦の様子で長い息をついてくれる。
「はあーああぁぁぁ……きもちいぃ……」
「……そりゃよかったけど、なんで俺、こんなに引っ付かれてるんですかね?」
「ん? だってこうしないとわたし、浮いちゃうでしょ?」
全身で俺に抱きついているヴィラが、当然そうな顔で首をかしげる。
そういやこいつ、ヤケに軽いんだったっけ。川に入った時も、気をつけてないと身体の半分以上が水の上に出そうだったもんな。
道理で尻尾まで巻きつけて必死に張り付いてきてるわけだ。
「そうだぞ。それに水の中は感覚ぜんぶ遮断されちゃうんだぞ、せめて触り慣れたおまえくらい感じていないとやなの!」
「……うん、まあ、いいんだけどさ」
「おまえは水に浮かないんだから、おまえが上になってくれると楽なんだぞ?」
「それは絵面的にも……いろいろな意味でもダメだろ」
「えづら?」
「とにかくダメ」
「ぐるるるる……」
詳細は語りたくもないが。
役目を終えたメイドさんが脱衣所に戻ったのと、ヴィラがお風呂をことのほか気に入った事によって……。
このあと滅茶苦茶長湯した――っつうか、させられた。




