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42/52

42.とりあえず答合わせ



 行きはどれほどかかったのだろう道程も、帰りはあっという間だった。


 戦闘で激しく掻き乱された空域は、すでにそのエネルギーを発散しきってしまったのだろう。コンシュ達を残して飛び立った山の峰が見えてくる頃には、きれいに晴れ上がっていた。


 岩山の中でもひときわ高い峰々に頭を向けるヴィラに、さっき聞くのを忘れていた事案を聞いてみる。


 ……そういえば、って程度の事なんだけどさ。

『うん? なんだ?』

 あの街の向こうには、もう行かなくて良くなったんだよな? 一番最初は、そこを目指すって話だったけど。

『んあ? あ、うん。……追っ手のアイツも、もういなくなったからな。じゃなきゃ誰もあんなとこには……』


 ……? なんだろう、ヴィラにしては珍しく微妙に言い澱んでいる感じだ。何か俺には言えない事でもあるんだろうか。


『ううん、別にそういう訳じゃなくって! ん、と……あの“しろ”だっけ? あそこの向こうには、その……“精霊の塔”があるんだ。その地には我々“------”は近付かないから、そこに行けば誰も追ってこないかなって……』


 赤いアイツが崩した天守閣のあった城塞都市――たぶんあそこがコンシュ主子様の言うところの“東の都”なんだろう――その向こうにある“精霊の塔”か。

 ニュアンス的には、ただの聖なる地や禁足地などとは微妙に違った感触だったが、そこにはあまりツッコんでほしくなさそうな感じでもあった。

 母親に、行かないように釘でも刺されていたのかもしれないな。危険な所だったりするんだろうか。

 もっとも、もう行く必要もなくなったんだし、気にする必要も無いだろうけど。


 そんな俺の思考を読んだのか、ヴィラが話題を変えてくる。


『そ、それよりも。あいつらに別れを告げてから帰るでしょ?』

 あいつら? ――って、ああ、コンシュ達のことね。


 ヴィラの腹芸のあまりの下手さに、密かに苦笑しつつ答える。

 精霊の塔とやらに関しては、必要があればいずれ話してくれるだろうし、ことさらにヴィラを問い詰める気もなかった。

 ここは話題逸らしに乗ってやることにして、表層思考を垂れ流す。


 うーん、さすがにもう誰も居ないだろ? 俺たちが飛び立ってから、どれだけ経ったと思ってるのさ。

『えっと、経過時間のことか? あ、“秒”に直すんだっけ? ええと、端数は切り捨ててっと――わたしたちがあの崖から下りてから、おおよそ一万五千六百八十二……三……四……びょうだぞ』


 行くまでもないだろうと思いつつ答えたら、やけに詳細な“おおよそ”が返ってきた。細かすぎて逆に実感できない。


 ええと、一時間が六十分で一分が六十秒だから、一時間で……三千六百秒?

 いちまんごせん わる さんぜんろっぴゃく ってなんぼだ?

 ……まあ、体感的には四時間くらいは経っている感じか。


 つまり、四時間も経ってしまっているのだ。

 だいたい、最初の一撃以降はずっと雲の彼方での戦闘だ。地上からでは何も見えやしないだろう。

 それに、もし赤いアイツが勝利して戻ってきたら――実際そっちの可能性の方が高かったわけで――あんな何もない山の上では逃げ場も無い。

 連中もバカじゃない、そんなところに四時間以上も留まってはいないだろう。


 森のどこを放浪しているかもわからない連中を、駐留地の村で待つだけというのもアホらしい。報告も挨拶も明日でいいだろう。

 という内容を、ヴィラに思考で伝えかける。


 そんなわけだから、今日はもうお前の家に帰って寝よう。お前も疲れただろ?

『それはもちろんだけど……でもあそこで何か燃えてるの、ほらあれ、あいつらの火じゃない?』


 思考と共に拡大されたヴィラの視界には、尾根の岩陰に熱が反射してちろちろと光っているのが見えた。

 たしかにどう見ても、岩場に映る焚き火の灯りだった。


 ……なんでまだあんなとこに居るの?

 もしかしてバカだったのか、あいつら。





「……バカとはまたずいぶんな(おっしゃ)り様ですね」


 飛び立った時と同じ岩場の上で俺たちを迎えたコンシュは、そう笑った。

 俺のかたわらで暗がりの中にうっそりと巨体を(たたず)ませるヴィラを、なぜかまぶしそうに見上げながら。


「私はここで待つと、ちゃんと言いましたからね。それにあなた方の勝利も確信していましたし」

「なぜそんな確信を持てたんだ、主子よ?」


 ドラゴンのままのヴィラが、頭を垂れていぶかしげに聞く。

 距離を取って岩陰から不安げにのぞいている少数名の兵士たちが、ひそひそと囁きあっていた。

 こんな巨体でも声は少女のものなだけに、余計に違和感があるのだろう。

 温泉で尻尾付きの少女姿を当然のように受け入れていたコンシュとタケの二人だけが、焚き火を囲っていた。


 まあこの二人は、ヴィラの本性が実はただの幼女なのを知ってるからな。


 などと益体もない事を考えていた俺の内心を、誰かが忖度してくれる筈もなく、二人は嬉しそうにヴィラに答える。


「同格の戦力同士、初撃で主導権を握ったのをこの目で確認しましたのに、どうして負けを想定できるというんです?」

「ありゃあ見てて痛快だったぜ、嬢ちゃん。こっちまで危うく吹き飛ばされるとこだったがな」


 がははと豪快に笑うハゲ、もとい、タケ兵長は砂櫟と埃まみれだった。多分“危うく”では済まなかったんだろう。

 まあ、そうね。戦闘の最初の方だけ見れば、さぞかし優位に見えたかもね。


「簡単そうに言うけど、大変だったんだぞ? 実際、わたしだけでは手も足も出なかったし」

「では、どうのようにして討伐を為したのかお聞きしたい――ところなのですが、先にお願いを一つ聞いてはいただけないでしょうか、お嬢さん」

「ん、わたしか? なんだ?」

「人の姿に戻っていただきたいのです。あなたが大きなままでは、皆で暖を取るには少々手狭です。この場に留まってくれた兵も、温まらせてあげたいのです」


 頭上から巨大な牙をむき出しにされるという、おそらく生まれて初めての体験をしてしまったコンシュの顔は、わりと引きつっていた。

 さすがに遠巻きならまだしも、眼前まで迫られては、平然とはしてられなかったようだ。


「まさか、この姿が怖いのか? わたしのこいつは最初から全然平気なのに」

「魔道士殿と一緒にしないでいただきたいのですが……」

「そうなのか? それなら、人になってもいいけど、今変身するには銀を使わなきゃならないんだぞ。対価は上乗せだぞ?」

「……私が破産しない程度でお願いいたします」

「頑張って手に入れろ」


 ヴィラはぶふーっと鼻息を噴き出すと、頭を俺にすり寄せてくる。


「あきら、上の平らなとこにいこ?」

「なんで俺が必要なのよ」

「だって、人に戻ったら寒いんだぞ。それにアイツの介入式じゃないと、十分な上級精霊を集められるほど広域に展開できないでしょ。銀が必要なんだってば」

「ああ、嵐の後だもんな。まだ精霊どもも戻りきっていないのか」

「そうだぞ。じゃ、さきに上がってるから」


 翼をひと羽ばたきさせただけでその巨体をふわりと浮き上がらせ、軽々と岩場の上に飛び上がっていってしまった。

 やれやれと嘆息して顔を上げると、気遣わしげな表情のコンシュと目が合った。


「あの……どの程度の量が必要なのです?」

「さあね、さっきは魔法一回ごとに小粒を一握りづつばら撒かされたけどな。いっぱいに詰まってた袋が、もうこんなに軽くなったよ」


 数度の介入式で半分の重さになってしまった小袋をかざして、笑いかけてやる。

 なんだか無理をして元気そうに振舞っているヴィラへの、ささやかな償いというわけでもないが、せいぜいこいつからは毟ってやろう。

 いままで俺たちをさんざん都合良く使いまくってくれた礼もあるしな。


 すごく味のある顔になったコンシュを残して、俺は岩場に足をかけた。





 削り取られたかのようにそこだけが平らになっている岩場の上に出ると、満天の夜空にシルエットを浮かべるヴィラの大きな肢体が、星明りを反射させてきらきらと輝いていた。

 この姿での全身をまじまじと見るのはこれで二度目だが、やはりなんというか、均整の取れた機能美のようなものを感じる。


 ……人間になると、あんなに円筒形なのになあ。


 触手が繋がっていないのをいいことに、好き勝手に感想を垂れ流していると、大きな頭が、ずい、と眼前に押し出されてきた。


「どうしたんだ、ぼんやりして。始めないのか?」

「ああ――いや、始めるよ」

「二粒でいいんだぞ? おまえはさっきから無駄使いしすぎなんだから」

「はいはい。じゃ、いくよ」


 手元の見えない暗がりの中、小豆ほどの小粒を慎重に二個だけ取り出す。

 ほんの数時間前に飛び立った崖の上から、銀の粒を放りなげた。


「-----」


 タイミングを合わせて、ヴィラが音価を吟唱。

 ほのかに光りながら落ちてゆく燐光が、さあっと同心円状の幾何学模様となって広がる。見た感じだが、極限まで細い糸状になった銀が、一斉に広がっているのだろうか。

 数瞬後、平面的な炎の花が立ち上がり、術式を焼き尽くして闇に消えていった。


「――うん、いっぱいになった。じゃあ変身するから、おまえはそこを動いちゃダメだぞ」

「わかってるよ。そもそも着替えは村に戻らないと無いんだし、俺の角袖で包むしかないでしょうが」

「うん、わかってるならいいんだ」


 そう言い残すと、ヴィラの身体は、漆黒の球形空間に包まれ始めた。


「……“掌握”に続く“化身”ですか、なかなか幻想的な光景ですね」

「やっぱりノゾいてやがったな……」





 背後からの声に振り返る。

 岩場の影からコンシュが顔をのぞかせていた。

 どうせ来るんだろうとは思っていたので、特に驚きもしなかった。


「しかし、仮にも国の重鎮であらせられる主子サマがノゾキとは、ずいぶんと良いご趣味じゃありませんかね?」

「情報が国家の明暗を分けるこのご時勢ですからね、これも主家に生きる者の嗜みですよ」


 しれっとした顔のコンシュは隣まで来ると、やれやれ、と腰を下ろした。

 もちろんこいつがただノゾキに来たのではない事は重々わかっている。


「で、わざわざ変身中を狙うって事は、ヴィラには聞かれたくない話か」

「ええ。とはいえ、無理に聞き出そうとまでは思わないのですが……」


 コンシュは、言葉を捜すように視線をさまよわせた後、咳払いをした。

 顔は漆黒の変身球体の方に向けたまま。


「人里への赤竜の襲撃は、人に化身したお嬢さんをいぶり出すため……ですね?」

「ああ、赤竜の奴もそんな事を言ってたし、俺も最初はそう思ってたよ」


 でも実際は、それだけじゃないだろうけどな。


「何か裏がある、と?」

「赤竜とは、ヤツが死ぬ前にそこそこ話はできた。それで思ったんだが、教会はあの赤い竜と繋がっていた――よな?」

「……まさか」

「本当にまさか(・・・)か? 薄々気付いていたんじゃないのか?」


 首を振るコンシュに、俺は疑問の目を向けた。

 教会側のタブーは“竜を殺すのは禁止、竜の持つ知識を追い求めるのも禁止”だ。

 そして赤いアイツの言っていた事は、要約すると“感情と欲望を持つ者に、知識と力は与えられない”だ。


「教会と竜、言っている事の本質は同じ、知識階級の資格化・特権化だろ? 貴族の使う“おえらい言葉”と、庶民の使う言葉の差も、要は同じことだよな」

「それは……そうかもしれませんが」

「竜、教会、国、その全てが同じ事をしてるんだ、どっかで繋がっていると考えるのは不自然な事か?」

「国と教会との癒着具合については、私も思うところはありますが、さすがに竜との繋がりまでは……」


 コンシュが頭を振るのを無視して、俺はさらに質問を重ねる。


「さらに言うと、あの赤いアイツには対抗勢力が居るよな。それはつまり、竜や教会にも敵対勢力が在る――だろ?」

「……そのような勢力についての心当たりは無いのですが……もしや、あの赤き竜がそのような行動を取っていたというのですか?」


 ん? このカマかけはハズレか? もしかして俺の考えすぎだろうか。

 しかしだとしたら、赤竜のヤツはなんでドラゴンが苦手とする水の多い鍾乳洞をわざわざ拠点としていたんだろうか。

 アイツは何を警戒していたんだ? まさかヴィラの逆襲を怖がっていたわけでもあるまいし。


 とするとやはり、コンシュも――ひょっとして人間側も――知らない、未知の勢力が在るのだろうか。


 心当たりは……無い事もない……か。


 ヴィラが逃げ込もうとしていた“精霊の塔”。

 コンシュたちの主都の、そのまた向こうに在るという領域。

 ドラゴンであるヴィラをして自種族は近づかないと言っていた場所。


 そこには、赤いアイツが警戒し、敵対する、何らかの勢力が存在する?

 ヴィラもその存在を知っていて、それに頼ろうとした?

 いや、あのヴィラをして明言を避けたがっていた以上、“明確な味方”が存在するワケではないのだろう。

 あえてツッコんでほしくもなさそうだったし。


 ……まあ、いくら味方とはいえ、自分たちから進んでコンシュに――人間側に――弱点を晒す必要も無い、か。


 この話はうち切りとばかりに肩をすくめてやった。


「俺も確信があって話題にした訳じゃない。主子であるあんたが知らないってんなら、これ以上はただの妄想にしかならないからな、話を戻そうか」


 コンシュは俺の宣言に、田舎のお婆ちゃんが漬けた梅干しでも口に入れたかのような表情を返してくる。


「……。……つまり、せめては、赤竜の、あの広大な破壊活動の理由については、お教えいただけるということでしょうか?」

「ああ、まあ、ちょうどそれについての話だよ」


 言いつつ俺は、ヴィラを内包している闇色の球体を顎で示す。


「赤いアイツの目的は、俺のこいつを排除するため――だけじゃないよな」

「……それは、いったいどういう……」

「本当に分かってないとか、今さら言うなよ? 赤竜がこの国へ派遣(・・)された目的は、ヴィラのあぶり出しじゃない。そっちはついで(・・・)で、本当の目的は、この国の首脳陣への警告だ。……そうだろ?」

「……貴方の、私への信頼は、痛いほど身に沁みます。ですが私は、その結論には至ってはおりません」

「謙遜はヤメてくれ。赤竜襲撃の直後に、あんたを部隊長とした全滅を目的とする討伐隊の編成だぞ。つまり、あんたが原因で赤いアイツはこの国に来た。この国の首脳部は、少なくともそう見ている。だからアンタを赤いアイツに差し出したんだ。そういう事だろ」

「……」


 コンシュは言葉に詰る。

 俺は息を一つ吐き出した後、結論をたたきつけた。


「あんたは、この国で――いや、この国に、か?――いったいなにをやっちまった(・・・・・・)んだ?」




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