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41.ラストターン 決着



 発動の掛け声と共に二つの巨体が、それぞれの方向に散開(ブレイク)する。


 反転だ。全力下降――はするな。背面飛行で。

『え!?』

 アイツはこっちが下降で速度を稼ぐのを知っている。下を狙ってくるぞ!


 そしてヤツも上昇からの背面飛行に移るだろう。こちらの状況を確認するために。


 案の定、火球は俺たちの進路よりかなり下に向かって飛んでいった。

 素直に反転下降していたなら避け切れなかっただろう。


“読まれていたか。しかし、こちらも直撃を避ければ済むだけだ”

 ……なら、避ければいいさ。


 敵の予想経路を推定して攻撃を置くという発想は、今のヴィラには無い。

 撃てと言われれば、ただただ素直に敵の位置めがけて攻撃を発動する。

 言葉通り、赤竜は背面飛行からわずかに下降曲線をたどりつつ紫電の球を避けていた。


『……はずし……ちゃった……』

 いいや、そこでいいんだ。完全に狙い通り(ドンピシャ)だ。


 そもそも今回の攻撃の主眼は、雷撃本体ではない。


 雷撃から発生したただの物理現象である(・・・・・・・・・・)球雷が、内包した力の開放の場を求めて、赤く巨大なシルエットに引き寄せられていく。

 そのほとんどが避雷針に引き寄せられる雷のごとく、巨躯の首に突き立った金属の棒めがけて殺到した。

 青白く輝く高温のプラズマ塊が、“竜殺しの剣”に接触するたびに、細かな放電を発しながら剣を灼熱させてゆく。


“この些些(ささ)たる球雷が本命だと? 過去に学ばぬ輩だ。いくら当たったところでこの程度、瑕瑾(かきん)にすら――ぐぁ!?”


 五つ目の球雷が赤竜の首にはじけたその時、“竜殺しの剣”が閃光を放った。


“がああぁぁぁぁ――”


 ぶつり、と赤竜の思念が途絶える。乖離(かいり)接続そのものが切れたようだ。


 熔けるように形を崩した剣が、赤竜の体内に沈み込んでいく。その周囲から激しい炎が上がり、剣の沈んでいった穴からは強烈な紫白色光が漏れてきた。


 ヴィラ、あの光は見るな。目を灼かれる。

『え、えっ? なにがどうなったの!?』



 ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉ



 赤竜の苦悶の咆哮が、雲海に響き渡った。


 下方で攻撃点に達した火球が、膨れ上がった。

 この近辺の空には、それほどのエネルギーは蓄えられていなかったのだろう。火球の熱量に曝された雲は、雷雲になりきれずに押しのけられ、ぽっかりと穴を開けた。


 その中を、火球に煌々と照らされた赤竜が、自身から発する紫白色光を纏いつつ、燃えあがきながら落ちてゆく。

 さすがにあの様子なら、行動不能で済むレベルじゃない。致命傷だ。


『なんだあれ……勝った……のか? なんで……?』


 拡散してゆく火球の衝撃波に翼をくゆらせながら、ヴィラが呆然と呟く。

 だが、すぐに我に返ってわめき始めた。


『ちょっとまてあきら! なんだあれは、魔法なのか? おまえ精霊使役なんて、してなかったでしょ!?』

 ああ、あれは精霊じゃないよ。

『じゃあなんなんだあれは!?』

 あの“竜殺しの剣”を構成してたアルミって金属は、細かくするとアブない性質になってくれてね。いったん燃え出すと、周りのいろんなモノを巻き込む性質があるんだ。


 ある程度以上に細かいアルミ粉末は、確か危険物取扱い免許が欲しいほどの危険物だったはずだ。

 最初は鉄サビから、十分な温度になれば今度は水からまで、酸素を奪い取って燃え上がる。つまりヤツの体液自体が燃料になるのだ。

 さらには(H2O)から酸素()を強制的に奪われて遊離した水素(H2)が、熱で再び空気中の酸素と燃えて水になる(H2+O=H2O)というオマケまで付いてくる。

 その到達温度は、岩すらも溶かすほどだ。


 なるほどな、竜殺しの剣って、本当にドラゴンを殺すための剣だったんだな。

『これが、おまえの言っていた悪魔の“きかい”魔法か……我々“------”には感知できない術なんだな……』

 いや、アイツが燃えてるのは、機械とは何の関係もないよ?

『え? でも、わたしが川で身体を洗わされた時に、おまえが言ってたんだぞ? 悪魔は精霊じゃなくって“きかい”で魔法を使うんだって』

 あれは材料が特殊なだけの、ただの燃焼だよ。つまり焚き火が燃えるのと何も変わらないの。魔法も機械も関係ないよ。

『そ、そうなのか? なんだかよく分かんないけど……あれはちょっと怖い……』


 火球の消えた雲の穴からは、微かに街の明かりが見えた。

 その中を、紫白光を発しながら、赤竜の体がゆっくりと落下していく。

 どうやらヴィラたち親子の住んでいた崖に囲まれた盆地――“禁足の地”とやら――からは、とうの昔に外れてしまっていたようだ。

 いつの間にやら人里の上か。


 さあ、ヴィラ。結末を見届けよう。

『うん。終わらせてやる』


 少女は自らの黒い巨体を、雲に開いた穴の中に滑り込ませた。





 雲を潜り抜けると、下方にはかなりの規模の都市が広がっているのが、尻尾(触覚)に感じられた。

 周囲を城壁で囲われたいびつな八角形の城塞都市は、昨夜泊まった街など比較にもならない巨大さだった。

 所々に灯される篝火を背景に、真っ逆さまに落ちていく赤竜が点のように小さなシルエットになっていた。


 なあヴィラ、ここってもしかして……。

『うん。地図で見た位置からすると、たぶん“東の都”だぞ。……どおりで飛び辛いわけだ。下がるにつれて精霊密度が薄くなってるもん』


 力を失ったままの赤竜の巨体は、市街の中心へと落下していった。

 都市の中でもさらに囲われた中心部の、一番高くそびえる建物へと向かって一直線に落ちていく。


 あれは……もしかして城か? しかも天守閣?

 まさかアイツ、せめてもの人間へのダメージに、わざわざ狙ってあそこに向かって落ちてるワケじゃないよな。

『わかんない。でもここはもう人間の結界の中だから、今のアイツではなんにもできないはずだぞ。わたしだってただ飛べるだけだもん』

 魔法で吹き飛ばして落下位置変えるのは……無理か。

『うん、確保残量も無いし、見てるしかできないぞ』

 ああ、うん……。


 視界の中で赤いアイツは、天高くそびえ立つ天守閣のような建物を斜めに圧し崩しながら、城の中庭へと転がり落ちていった。


 上空からはヴィラが迫るように降下しているというのに、その身はもはや、うつぶせに横たわったままピクリとも動かない。

 すでに息絶えてしまっているのだろうか。


『生きてはいるみたいだぞ。鼓動も弱いし、呼吸には血泡が弾けているから、もう高速吟唱もできないと思うけど……視ろ』


 ヴィラが暗視情報を流してくる。

 目を閉じて苦しげに息をついている赤竜の、首の辺りを中心に黒く焼け焦げた身体からは、未だに炎がくすぶっているのが伝わってきた。

 白い背骨が見えるほどにえぐれて炭化している傷口からは、赤熱して光る液体がぽたりぽたりとしたたって、地面を焦がしていた。

 髪の毛の燃えるような嫌な臭いが、ここまで立ち登ってきている。


 ……これは、どう見ても致命傷だな。

『うん。他のところならまだしも、首にあの大きさの傷では……降りても大丈夫……でしょ?』

 一応、油断はするなよ?

『うん』


 ヴィラは滑空を羽ばたきに切り替えて、城郭の中庭へと降下する。

 大きくふわりとした浮遊感の後に着地。


 ヤツは頭をむこうに向けたまま、まったく動く様子はなかった。

 暗がりの中、遠くから城の兵たちが、こちらを遠巻きにしていた。


 俺たちが降りたのを感知したのか、赤竜の首がぐらりと横を向いた。

 片目だけが薄く開く。

 もう殆ど何も写さなくなってしまったその瞳は、どんよりと濁っていた。

 弱々しい、しかしそれでも重い音が赤竜の口から漏れた。


「------、---」

「---、-----。――だが人間の言葉で話せ。貴様に勝ったのはわたしじゃなくて、わたしのこいつだぞ」

「……然り、欠陥品よ。吾は、お前に負けたわけではないな」


 赤竜の言葉が現地語に変わる。

 なにか俺に言いたいことでもあるのだろうか。


「……まさか、死ぬ前に全てを喋る気にでもなったのか?」

「戯れ言を……勝者としての作法を、為すがいい」


 赤竜は苦しそうに(わら)う。声にごぽごぽと粘りつくような水音が混じっていた。

 作法の意味が分からず、しかし赤いコイツに直接聞くのも何か違う気がして、無言でヴィラの頭を見上げる。

 赤竜の宣言と俺の視線を同時に受けたヴィラの声は、重く沈んでいた。


「……おまえは、死に行くこいつから、全てを継承する権利を有する。――見ろ」


 ヴィラが赤い巨体を足蹴にして、ごろりと転がす。

 仰向けに腹を晒した赤竜の、その白い腹と首の接合部位辺りに、さらに白い、本来ならば背中側に生えているべき竜鱗が、あった。


 え、あれってまさか。ヴィラ、お前のお母さんの……?

「うん。コイツはわたしを産んだ牝を喰って、その身に取り込んだんだ――持てる知識ごと全部」

 え、ちょっと待って。知識の共有って、俺とお前の“契約”みたいな?

「……もっと深く、だ。今のこいつの意識は、わたしを産んだ牝の影響を受けている。だからコイツは、わたしをずっと“お前”って呼んでいたんだ」

 つまり……俺もコイツを食えってこと?

「そして、おまえはその知識も含めて全てを継承し、真理へのの(きざはし)を、一段登ることになる……と思う。でも……」

「でも?」


 俺を抱きかかえている黒い体を見上げる。

 ヴィラはこちらを見もしないまま、ぎゅっと俺を抱く腕に力を込めた。

 首を高く掲げて、赤く巨大な竜の体を、その足元に睥睨(へいげい)する。


「きさまが、わたしを産んだ牝を取り込んだのは、あの日――わたしたちが雨雲の中に隠れた後だな? だから、わたしとわたしのあきらが将来を誓い合ったあの場では、定点雷撃も投射爆発も使わなかった――ううん、術式を持っていなかったんだ」

「然り。欠陥品よ、あの直後だ。吾が身にあるお前の母親の意識は、お前がよほど大事だったとみえる」

「その分析は評価しない。わたしを産んだ牝は、わたしを(かえり)みる事はなかった」

「……愚鈍なる存在よ、やはり救い難い。その眼は感情に曇り、真実の全てを模糊(もこ)の彼方に覆い隠す。お前に真理が宿る時は永劫に来ないであろう」

「きさま!?」

「……その人間を喚びしあの刻、お前はどうして逃げられたと思っているのか」


 色めき立とうとするヴィラを静かな声で抑えて、赤竜の言葉が続く。


「人を抱いているのを確認した以上、地上か川を何らかの方法で移動するだろう可能性は既に得ていた。ヒトの歴史とは水との歴史なのだから」

「わたしたち……わたしのあきらの考えを読んでいたというのか? じゃあなんで――」

「理解できないのではなく、理解したくないのであろう。激情の主よ」

「まさかあの牝がわたしたちを助けに来たとでも言うつもりか!? でもあいつは……わたしをキサマの眼前に叩き落して、自分だけ逃げたんだぞ!」

「それすらも理解しえぬか……。あれは良策であった、評価しよう。あの時、お前の始末を優先していたならば、吾は背中から撃たれていただろう。……挙句、双方ともに取り逃すとはな」


 自嘲を含んだ赤竜の声が、苦しげに揺れた。


「吾もまた、所詮は解脱(げだつ)しきれぬ身よ……」

「そんな……まさか……だって、それじゃわたしは……」

「ヴィラ、もういい。前にも言ったけど、お前のせいじゃないんだ」


 力の抜けてしまった手から身を離して地面に降り立つと、愕然と垂れているヴィラの大きな頭を、両手を回して抱く。


 なされるがままに目を閉じたヴィラの頭に抱きついたまま、赤竜の裏返った巨体を睨みつける。

 この野郎、最後に自分語りでも始めるのかと思っていたら、この期に及んでヴィラに絶望を塗りたくる気か。


「あんたの言葉は全部、都合のいい解釈だろ」

「……真実を受け止められぬか。やはり感情とは、情報評価に致命的な欠陥を(きた)すだけの害悪である」

「偉そうにホザくな。そうやって思い込みだけで決め付けた挙句、俺たちに負けたあんたこそ、よっぽど欠陥品だろうが」

「で、あるか。……なれば人間よ、貴様も吾と同じだ」

「何がだよ」


 赤竜は口の端を歪めて軋むように、ぎしりと笑った――気がする。


「いずれ貴様たち人間も、我々“------”と同じ結論に帰結しよう。吾が回廊を必要とする日も遠くなかろう。勝者よ、継承するがいい」

「……あんたの知識なんかいらねえ。喰うのもイヤだ」

「であらば殺すがいい、持ちえぬ者よ。貴様は勝者としての義務と権利から逃避し、(あかし)は虚無へと散逸せん」

「それがなんだってんだ。そんな義務とか権利とかを背負わされるなんて、頼まれたってお断りだ」

「そは吾が知識だけには(とど)まらぬ。理解せぬか」

「俺のこいつの親御さんの知識ってか? 母親が実際は愛してくれていた事は、ヴィラにも伝わったんだ。それで十分だろ。これ以上は……苦しいだけだ」

「……で、あるか。なれば……永劫に足掻くが……良い……」


 巨竜は、ゆっくりと目を閉じた。

 ヴィラがそっと、巨大な鼻先をこすりつけてくる。


「わたしのあきら、わたしはおまえのものなの。だから……これでいいの」

「ああ……ありがとうな、ヴィラ」


 これでようやく全てが終わったはずなのに。

 勝利感どころか、達成感の一つも湧き上がってこなかった。




テルミット反応の下りで水が燃料になると言う話を出しましたが、どこかで読んだ気がするのですが定かではありません。騙されたかも。


第一章は今話で終わり、戦闘結果に続きます。

次話から一日一話更新になります。

書き貯め残量とか、見直し時間とか、仕事とかが……。

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