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39.第五ターン 絶望



 俺たちはなんとか雷の直撃を避け続けることに成功し、薄灰色の水蒸気のスジを引きずりながら、どうにか雲から飛び出した。


 最後に置いた定点雷撃を貫通するように、一条の紫光が背中を掠めて行った。


『ぬ、抜けた……』

 油断するな。アイツ、俺たちが逃げてる間にも色々唱えてたぞ。


 雷雲から離れ、体にまとわり付いていた水蒸気が流され薄くなるにつれて、触覚が次第にその範囲を回復してくる。

 星明りに淡く光る雲の波の上に、複数の精霊圧縮領域を探知できた。

 その中心に小さく、ヤツのシルエット。


『脱出方向読まれてた!?』

 それ以前だよ! 俺たちがヤツの望む方向に追い立てられてたの!


“三光撃”


 赤竜の重々しい宣言。

 目の前に三本の光芒がそそり立ち、行く手にふさがる壁となった。

 くそっ、これはさすがに回避は無理か!?


“やはり触覚無しでは精度が甘いか。高密度圧縮”

 行き先塞いで投射爆発ってかよ! ええい、このまま押し通る!


 ヤツの次なる攻撃宣言を聞きながら、翼を畳んで身を細くする。

 光軸が広がる隙間ぎりぎりを、舐めるようにすり抜ける。

 翼を広げると同時に光芒の爆風に煽られて体勢がよろめいた。


“――完了、投射。落ちてくるがいい”


 下方から巨大な火炎の玉が、猛烈な速度で上昇してきた。

 上空に向かって俺たちの脇をすり抜けていく。

 がおおおという赤竜の音価咆哮が、ようやく届いた。


『あれが投射爆発!? あんなでっかいの!?』

 ヴィラ! 俺たちの後ろ上方に小規模圧縮(投射爆発前駆)だ、すぐに用意!

『え? あ、圧縮――でもどうするんだ、こんなの――』

 任せろ。同時に背中の魔法結界も強化だ、できるな? やれ。投射。

『――と、投射! 複合強化!』


 アイツの火球より先に、ささやかな爆発が後方に咲いた。

 触覚に球形の壁が音速で迫り来るのを感じた。

 翼を閉じ、浅い角度で尻尾から背中に向けて衝撃波を受ける。


 大丈夫だ、今度は傷つけない――よし、いい角度!


 それでも背中に蹴飛ばされるような感触を受けながら急加速。

 ほぼ同時に、後方の上空で膨大な熱量が解放され、音速を超えた衝撃熱風が叩きつけられてきた。


 ――来たか。だが、もう乗り方は覚えたぜ。


 アイツの投射爆発で、再度の、今度は渾身のウェーブライド(衝撃波乗り)

 結界を超えて侵食してくる投射爆発の術式処理はヴィラに任せて、俺たちは音速に近い速度で、赤いアイツに迫っていった。





 爆発の影響でこちらの触覚もほぼ死にかけている。

 だがヤツは真正面に急速に迫ってくる。

 赤竜は下方の雲の少し上、触覚ぎりぎりの範囲を悠然と飛んでいた。


『あちゃちゃちゃ! あわわわわ尻尾侵食されて……あ、ここも! ええと、鼠頸部分配経路まで戻ってこっち優先して……わぎゃっ、ここも!?』


 障壁を超えて侵食してくる術式に、ヴィラが忙しそうに対処していた。

 忙しいからなのか、爆発の影響なのか、それとも損傷の影響なのか、感知範囲はずいぶんと落ちてしまっている。


 それでも不可視の精霊領域が多数、ヤツの周囲を遊弋しているのは感知できた。

 今の攻撃でわかった。あいつは本来、高攻撃力で強引に押してくる遠距離型だ。近づいてしまえば、自分の巻き込む可能性のある高威力範囲攻撃はできない。

 ならば強引に近接戦(ドッグファイト)に持ち込んでやる。



“であらば、来るがいい。――全領域解放、収束、起動”

 ふん、お呼びとあらば即参上ってな! おいヴィラ、そろそろ帰ってきてくれ、精霊の補給が必要なんだ。残量半分切ってるぞ。

『わひゃっ!? あ、う、うん。か、介入!』


 再び銀をばら撒きつつ、きゃおおおと鳴く首をヤツに向ける。

 ヤツの進路は変わらない。迎撃に集中する気だ。


“待機収束群、一から五。無作為拡散、斉光撃”

『撃ってきた!』

 こんなの、当たらなければどうってことないんだよ!


 扇状に広がりを見せる五本の光芒がランダムに広がって、周囲を駆け抜けていく。

 だが射撃方向は掴める上に、発射までタイムラグがある。避けるのはそんなに困難ではない。

 光芒が爆発して広がる間を抜けながら、間合いを詰める。

 爆風に視界も触覚もジャマされるが、問題は無い。

 どうせヤツはこの爆風の中心点だ。


“六から十。微調整、順次光撃”


 爆風の中を縫うようにレーザーが飛び込んでくる。

 移動範囲を制限した上で、その範囲内にさらにランダム射撃か。

 範囲攻撃で囲んで内部にばら撒き弾とか、どこのシューティングのボスだ。


 ――だが、こんなまばらな攻撃、シューターを舐めすぎだっつうの。当たってやれる気もしねえわ。


 身体を左右にひねって、落ちる木の葉のように光芒と爆風の間をすり抜ける。


『最初の時からそうなんだけど、どうしてコレを避けられるのか、意味がわかんない……』


 俺にいいように身体を操られているヴィラが、他人事のように呆れてくれる。

 しかし、さすがに相手をしている余裕はない。


 わかんなくていいから、通常規模で雷撃用意! 目標はまだだぞ。

『あわ……起動!』


 左斜め下方向から爆炎の範囲外へと抜けて、赤竜の方向を見定めた。

 どうせ抜け出たところを次の狙い弾が来るんだろう事は、とっくに承知の上だ。


“多重層解放”


 だいぶ大きくなった赤いシルエットと俺たちの間に、ネオン光にも似た紫に放電する球形の雷光が、多数開花する。

 出現した雷撃が、無数の小さな白い球雷を発生させつつ迫り来る。


 はいはい、知ってる知ってる。大型領域ももう無かったし、そんなところだろうと思ってたよ。

 今さらただ置いただけの定点設置攻撃なんて、誰が当たるんだっつうの。


 いくら爆裂レーザーで妨害を食らっているとはいえ、ここまで近づけば、もうこちらの触覚範囲内だ。当然雷撃魔法を狙った箇所に出現させられる。


“……っ、集積!”

 遅いよ。


 初めて焦りの感情を露わにする赤竜に、俺は薄く笑った。


 ヴィラ、ヤツの攻撃起点を潰す。集積領域に重ねて雷撃。

『わかった、解放!』「----!」


 ぐおおと叫び出したヤツの鼻先に、雷光が青白く出現する。

 吟唱に合わせて術式の形に起動しかけていた精霊領域が、盛大な火花を散らして焼け散っていった。

 逃げるように身をよじった赤い巨体が、俺たちの下をすり抜けていく。


 俺は上昇から背面飛行に移って、速度を位置エネルギーに変換。

 宙返りを半分でやめ、進路を赤竜のそれとほぼ同一にしたまま、後方上空にぴたりと付いた。


『おまえは本当にすごい……。どうしてここまで圧倒できるんだ?』

 うーん、そうは言ってもコイツ、本当に魔法効きやしないからなあ……全身どこに当ててもまったく効かないのか?


 眼下の巨大なドラゴンは必死に旋回してはいるが、雷の直撃を受けた尻尾以外に、その体表面にダメージの痕はほとんど見られなかった。

 あいつは逃げているのではない。ただ単に視界を確保して法撃しやすい位置に着こうとしているだけだ。


『アイツの体表面は対精霊結界に覆われているんだ。それを突き破らないと術式は効かないぞ』

 ……まあでも物理は効くんだ、地道に削っていくしかないかね。次弾雷撃用意。

『はーい、起動――』


 魔法自体は効かなくとも、その影響で発生した物理現象は効果がある。それはヤツの尻尾で実証済みだ。


“どちらが先に果てるかの勝負であるな、集積”


 投射爆発か。こちらの位置を確定しきれないから、範囲で潰しに来るつもりか。

 即座にロールから横滑りさせて位置を変える。

 一度大きく右へ振ってから下降に。ヤツの視界外である真後ろを取る。


 ヴィラ、直接当てるなよ、ヤツの進路先に置くんだぞ。わかってるな?

『うん、わかった! 解放!』

“試してみるがよかろう。投射”


 ヴィラの雷撃は赤竜の進路を塞ぐ形で出現した。

 精霊魔法による大きな放電球体を取り巻く形で、ぼんやりと赤熱する小さなプラズマ塊が多数発生。

 気流の流れか、それとも周囲との電位差によるものか、発生した球雷は赤竜を取り囲むように引かれていき、その翼や白い腹の表面で次々とはじけた。


『やったぞ!』

 ……いや、だめだ。効いてない。


 球雷が当たった痕は表面が黒く煤けているようだったが、焼けたりはしていない。いいところ少々火傷させた程度くらいのダメージでしかないようだ。

 このくらいで墜ちる相手ではない――か。


 勝つためにはまずアイツの索敵能力を完全に潰す必要がある。もしくは、強固な魔法結界を破って体内に直接魔法なりなんなりを叩き込むか、だ。


 アイツの放った火球を翼の下に(かわ)す。

 後方で火球が爆発した。

 膨れ上がった火球は、思ったより規模がでかかった。


 うおっ!?


 衝撃波を避ける間もなく、煽られて吹き飛ばされる。

 体勢を立て直すヒマもなく、左後方から赤竜へ急接近。

 このままでは追い越してしまう。


 ヴィラ、近接――ええと、火炎ブレスは?

『いつでも出せる!』

 よし、試してみよう!


 とっさに推力をカットしつつ片翼だけを畳んで足を開き、進路を流されるままに横方向に身体を回転させる。


 今だ、吐け!


 追い越しぎわに赤竜と正対。口から吐かれる炎が、赤竜の頭を包み込んだ。

 首から上を灼炎に巻かれた赤竜は頭を振ってロール、背中から体当たりしてこようとする。

 ちょっとした丘のような巨体を間一髪でかわし、そのまま水平に一回転。進路方向に頭が向くと同時に翼を広げて体勢を立て直す。

 そのまま降下して赤竜の後方に抜けようと首を上げた。


 これならどうよ!

“作戦は評価する。が……”


 俺たちを旋回して追ってくる赤竜の姿が、尻尾に感じられた。


 え、まさか、これも効かないのか!?

息吹(ドラゴンブレス)も結局は、吾らの体内で通常使役する精霊によるものだ。その程度の強度では我の感覚器は潰せぬ。欠陥品の小娘に勝機が無いのは、これで確定したようだな”


 余裕すら感じられる赤竜の思念だった。




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