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38.第四ターン 塔に隠れたお姫様



 速度を落とさないよう旋回しながら高度を徐々に上げる。


 次第に息が苦しくなってくる。高度はもうすでに、さっき雲の上に出た時より大分上のようだった。

 やはり積乱雲として発達しているのだろう。

 これは盾にするにも隠れるにも、ちょうどいい城塞ができた感じだ。

 問題があるとすれば、長時間いると俺が高山病になりそう所だろうか。まあ、どうなるにせよ、そんなに長い時間はかからないだろうけど。

 鼻を強く摘まんで、耳の空気を逃がす。


『……なあなあ、疑問に思っていることがあるんだけど』


 大きく円を描いて上昇している俺に、ヴィラが聞いてくる。


『壊滅した村でおまえも見たはずだけど、なんでアイツはわたしと同じ“定点雷撃”を使えるんだ?』

 ん? なんでってそりゃ……。


 魔法は術式さえ持ってれば誰でも使えるんだろ、と返しかけて気付く。


 定点雷撃は、目標地点に直接電撃を発生させる魔法だ。

 最初にアイツと対峙した時、そう、あのバタバタ羽ばたいてるしか出来なかったあの時だ。

 なぜ、ヤツは定点雷撃を使って来なかった?

 今ならともかく、あの時の俺たちに定点雷撃を避ける事なんて、できるはずもなかっただろう。

 なのに、ヤツは爆裂光芒しか使ってなかった。

 さっき使おうとしていた投射爆発すら、使ってこなかったのだ。


『うん、それなんだ。アイツはあの時、術式を持っていなかった?』

 そう考えるのが妥当だろうな。……そして、それなのに。あの“襲撃された村”では、ヤツはその定点雷撃を使っていた。それは何故かって事だな?

『うん、そうなんだ……』


 つまり俺たちが逃げてから、あの村を訪れるまでのうちに、ヤツはそれらの術式を習得したという事だ。

 ならば……答えはひとつしかないだろう。


『わかったのか? でもわかんない事がもう一つあるんだ』

 ……アイツと思考が繋がってる“乖離接続”とかいうヤツだろ。

『それもわかるのか!? 距離を隔てて繋がる乖離接続には、お互いの身体を構成する物質の交換が必要なんだ。だけど、わたしアイツと喋った事すらなかったんだぞ。なのに、アイツはなんでわたしと繋がっているんだ!?』


 字面通り、やっぱりそういう機構か。

 乖離、つまり“元々一つであるべき事象が、引き剥がされた状態”だ。

 現実世界で言う類感呪術とかEPR相関とか量子テレポーテーションとか、そういった何かを利用した通信なんだろう。

 つまり――。


 ――だから、それが答えなんだよ。

『え?』

 あのな……お前が俺と会う以前に、お前の体を構成していた物質を持てる存在なんて、たった一人だけだろ?

『え? あ……そうか……わたしを産んだ牝を喰った……のか。……わたしを産んだ牝を殺したのなんて、アイツしか考えられないもんな……』


 そうだ。ヴィラの使う知識も、ヴィラを構成している物質も、元をたどれば全て母親から受け継いだものだ。

 幼いヴィラには辛い結論だろうが、そうとしか考えられない。


『……やっぱりわたしのせいなのか。わたしを生んだせいで……わたしを生んだあの牝は死んだのか……。そうか、わたしが……』

 ヴィラ……。


 小さく消え入りそうになっていく心の声。温泉村に向かう森の中で俺から逃げた時と同じだ。

 やはり何だかんだ言っても、このくらいの歳の子供にとって、親は親だったのだろう。

 さすがにかける言葉が見当たらなかった。


“安んぜよ、欠陥品よ。この世には、お前以外にも欠陥品は数多(あまた)だ。お前の存在を許容していた、お前を産んだ個体も同様に”

『……わたしがキサマと繋がっているのは……わたしを生んだあいつの全てを……利用しているからだなああぁぁぁ!』



 きゃおおおおぉぉぉぉぉ



 お……おい……ヴィラ?


 絶望に沈んでいるものとばかり思っていた幼いドラゴンが、いきなり絶叫する。

 いきなりの変貌についていけず、思わずたじろいでしまった。


 なんだよそのキレ方は。まさかヤケになってるんじゃあるまいな?

『なるか! こんな戯れ言の相手なんかしてられるわけないでしょ! わたしのおまえ! こんなヤツなんか、雲を抜けたら即座に撃滅しちゃって!』


 よかった。なんでか知らないが、ともかくいつものヴィラだ。

 ふさぎ込んだ挙句に絶望されたりしたらかなりマズかったけど、とりあえずその心配はなさそうだ。


『あったり前でしょ! 交流したこともない連中の存亡に、なんでわたしが関係するんだ! しかもそれを一方的に係累(けいるい)を殺す理由にまでされて! おまえはそんなの、納得できるの!?』

 言われてみれば、そりゃそうだな。

『そもそもわたしの味方は、生まれてこの方、わたしのおまえだけだぞ! いままでと何が変わるっていうんだ!』


 ヴィラが再びきゃおおおおおおおと吼える。


“やはり感情は真実を糊塗(こと)するだけの存在だ。人界に紛れ一生を地に這うままであらば、まだしも見逃していたであろうものを”

『――っ!? まさか、あの巣穴の前に居たわたしたちの事をわかってて、それでも手を出してこなかったのか! 人間だったから!!』

“? ……先刻の人間がお前たちだったと? よもやその身に滅びが迫ろうとも、吾が一座の姿に戻ろうともせぬまでに、人に堕していようとは”


 感情を否定するはずの赤竜の思考が、かすかに嘲りの表情を帯びる。


『……っ! その想像力の無さゆえに、キサマは今、わたしのこいつに尻尾を焼かれているくせに!』

“それはお前の力ではない。吾はいま少し、人界を掃討しておくべきであった。吾が侮っていたのは人間であり、ただ、それだけだ”

『そうだ! きさまはわたしのあきらに負けるんだ! 自分の様でも見てろ(ざまあみろ)!!』

“人に操られ悦に入ろうとは、(らち)外に過ぎる。欠陥品とはいえ、一座としての矜持すら持ちえぬか”

『ふん、わたしの矜持はわたしのこいつの物だ。キサマはその役にも立たない矜持でも何でも、好きなだけ抱いたまま、わたしの、わたしだけの“あきら”に墜とされてしまえ!』

“ではその場より出るがよい”

『言われなくったってぇ!』


 ヴィラと赤いアイツとの(ののし)り合いに、俺は密かにため息をついた。

 どっちにしろ決戦を挑むつもりではあったが。

 なんか優位な場所を捨てさせられるハメになりそうだなこりゃ……。





『あきら、戦るぞ! もう怒った! 何をしてでもヤツより多くの領域を確保してやる! 銀を撒け!』

 銀って、小袋に入ったやつ? これ全部投げろっての? 何すんのさ。

『うん! ……う? ううん……あの、ちょっとでいいんだ。二粒くらい?』


 小袋全部という言葉に、ヴィラの高揚が一瞬でトーンダウンしたのがわかってしまった。ったく、ヒカリモノ好きのドラゴンってのはこれだから。

 まあトチ狂ったまま突撃だとか宣言されよりはマシか。

 ズボンの尻ポケットに入れておいた小袋を取り出し、手探りで何粒か握り締める。


 で、どうすればいいのこれ?

『ええと、アイツの宣言してた介入式を途中まで解析したんだ。それでどうしても解析不能な変数域が下部構造にぶら下がっていたから、変換領域を外に確保して――』

 ――まてまて、魔法はお前の領分だから説明は今度ゆっくりでいい。で、このまま外に撒けばいいんだな?


 難しい術式の解説を始めようとしたヴィラを止めて話を進めさせる。

 流れ上、これを術式に使うだろうというのはわかるし、生き残るためなら銀なんて使い切ってしまおうと全然かまわない。


『わたしはかまうんだけど……じゃあそれを落として?』

 あいよ。


 ヴィラの太い指の隙間から銀を握った手を突き出し、その手を開いた。

 風にさらわれた銀の小さな粒が、雲内の微かな光を反射してきらきらと後方に舞い散ってゆく。


『あ! そんなに撒くなってば、もったいない!』

 いいから早くしろ、落ちてくぞ!

『うー……介入!』「----!」


 翼と尻尾の間、背中付近から領域が拡大していき、周辺の精霊を呼び寄せているのが感じられた。

 銀の粒にまで反応領域が及ぶと、突如として銀が拡散した。

 薄く細く幾何学模様を描きつつ、大きく空に広がる。

 そこからさらに反応領域の規模と強度が増していくのがわかった。


 なるほどこれがやりたかったのか、うまくいったみたいだな。

『どうだろ……このまま安定するなら、もう銀も使わなくていいんだけど』


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに。

 限界まで広がった銀の膜は、ある一定の範囲から不定形にその枝を伸ばし始めた。

 同時に中央部から外側へ向かって焼失してゆく。


『あーやっぱり、負荷がおっきすぎたみたい……』


 気落ちした様子でヴィラは嘆くが、張り巡らされた反応領域は未だ健在だった。

 翼の周囲に精霊が次々と集まり、ある程度の濃度の“場”になった端から尻尾の外縁部に集積され、翼へと保持されていくのがわかる。

 今まで使っていた介入式よりも明らかに早く、強度も段違いだった。


『わかるか!? 中級精霊への置換処理系はヘンな変数もなくてそのまま流用できそうだったから、上位精霊系への命令項目の下層に代入してみたんだ。積層強度が段違いだな、これはいいぞ!』

 ……よくわかんないけど、そりゃすごい?


 ヴィラが脳裏に配線図かフローチャートを複雑化させたようなイメージ図解を展開して得意げに解説してくるが、正直言ってまったくちんぷんかんぷんだ。


“単なる愚鈍ではない、か。だがこのまま塔に篭られても埒が明かぬ。戦域は限定させてもらうとしよう。同時発動。微小集積。――投射”





 ヤツの術式宣言の数秒後、下方遠くで火球の光芒がきらめいた。

 どどどぉと爆発音が雲中に反響する。

 それからさらに数秒遅れて、どこからか低い咆哮が響いてきた。


 投射爆発……だよな? まさかアイツ、この積乱雲を吹き飛ばす気か。

『それこそまさかだぞ。“同時発動”も“微小集積”も初めて聞く複合操作(マクロ)命令だったけど、あの程度の圧縮じゃ熱量も衝撃も足りないもん』


“拡散値定義、多重層解放”


 解放って、まだ何かやる気か。――っつか、今度は定点雷撃? アイツどれだけの領域を保持できるんだよ。


 下のほうからチカチカっと細かい紫電が多数またたいた。それでも俺達の高度までは到達せず、はるか下方で幾重にも小さな紫の放電花火を散らせただけだ。


 これは……一体なにを――。


 一瞬ヤツの意図が読み取れなかったが、ごうごうと下方から湧き上がってくる暗黒色の雲の塊に、全てを悟った。


 ――っつ! ここまで雷を呼び寄せる気か!


 これじゃすぐに、ここも雷雲になる。

 くっそ、結局この雲を出るしかないってか。

 俺は即座に旋回上昇をやめ、下降からの全力加速体勢に入った。


 下層の雷雲から呼び寄せられたのか、眼下で荒れ狂い始めた雲海のそこここに、雷光が迸っていた。

 ヴィラの翼の先、角の先端、手足の爪の先から、炎にも似た青白い何かがシューっと音を立てて光り始める。


 なんだこれ。ヴィラ、何かしてるの?

『これは雷が来る前兆だってば! やだ、やだ! 空がぴりぴりしてきた!』

 ああ、これがかの有名な「翼よ、あれがセントエルモの灯だ」ってやつか。

『なにを呑気に!?』

 いや大丈夫だから。この程度の距離ならまだの脱出の方が早いし――。


“そこか、再解放”


 先ほどより少数の小さな雷撃群が、今度はかなり近い高さに出現した。

 その紫の小さな光に導かれるように、下方で沸騰する雷雲から、上空へと向かって青い稲妻がきらめく。


 なに!? くそっ!

 あいつめ、カミナリの使い方を学習しやがった!


 雷は電気の通りやすい道を探しながら駆け上がってくる。

 下での戦いでは俺たちだけでなくアイツも居たが、ここで空気を掻き乱しているのは俺たちだけ。

 あっという間に、ヴィラの翼に乱された気流に沿って、雷の回廊が出来上がる。


 俺たちの後ろに、次から次へと鋭角に折れ曲がった光の柱が突き立つ。

 その恐怖は、ヤツの爆裂光芒どころではない。


『ぎゃー! 追いつかれる!』



 きゃおおおお



 叫ぶな、口閉じてろ! 空気抵抗になって速度が落ちるんだよ!

 それよりも、小さいのでいいから後方に避雷針代わりに雷撃撒いておいてくれ!

『やっ……むぐ。しゅ、しゅうせき――じゃない起動!』


 感極まって咆哮しようとする巨大な少女をなんとか静かにさせつつ、俺は降下率を上げた。




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