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36..次ターン 今さらの宣戦布告



 気付くと、全身が悲鳴を上げていた。


 どこもかしこも、すっげえいたい。

 切り傷こそないようだが、打ち身とか肉離れとか、全身がそんな痛みで満ち満ちている。


 とはいっても、これは俺の身体の話ではない。

 触手を通じてヴィラから伝わってくる身体の感覚だ。

 衝撃波一発でコレか。嫁入り前の巨体に、どれだけ無茶をさせてしまったのか。



 がおおおおぉぉぉぉ



 遠くから赤竜の足掻く叫びが聞こえる。

 いつの間にか雲はもう、すぐ目の前だった。


『……がおお? って……え? いたたたた……な、なにがどうなったんだ?』


 衝撃を頭にモロに食らったヴィラは、半分意識が飛んでいたらしい。

 アイツの声で気が付いたのか、慌てた声を上げる。


『ここどこ……ってもうこんな高く!? おまえ、いったいどうやったの?』

 ……ごめん。衝撃波面に乗れれば、楽に上昇できるとか考えてたんだけど。考えてみれば衝撃波って音速の空気の壁だもんな。死ぬほど痛かったな。

『痛いのは痛いけど、別にいいんだ。死ぬよりマシだもん』

 ともかく想定が甘かった。悪かった、この責任はちゃんと取る。

『うん、だからそれはわかってるってば! それよりアイツはどうなったの!?』

 ……ああ、そっちが先だよな、そうだよな。


 言われて、はるか下方へと意識を向ける。

 ヤツは熱せられて白く濁った空域の中、周囲から幾重にも襲い来る衝撃波にもみくちゃにされたのか、ぐったりとしていた。

 こちらの惨状はともかく、あっちの方は想定通りの状況に持ち込めたらしい。


 よし今だ、トドメを刺せ。お前の持ってる魔法を全部叩き込んでやれ。

『わかった! われはここに介入を宣言する。精霊よわが翼に集え』「------」


 俺の――ドラゴンの喉から、甲高い音価が発せられる。


『圧縮……投射、投射! 墜ちろっ!』「--- …… ---- ----! ----!」


 ヴィラの思考に同期した音価と共に、人の頭ほどの火球が数条、燐光の尾を曳きながら赤竜に吸い込まれていく。

 先ほどよりはささやかな、それでも奴の体ほどはある爆発が連続して発生した。

 次々と咲き誇る紅蓮の花の中に、奴の姿がかき消える。


『すごい、撃ち放題だ! 圧倒的じゃないか、わたしたちは!?』

 ……それ負けフラグだからやめて。

『なに言ってるのかわかんないぞ?』

 いい気になってると負けるって事。ともかく位置を変えよう。


 翼の周りには空虚しか感じられなくなっていた。

 ヴィラの度重なる介入による領域確保によって、こちらの周囲の精霊濃度もかなり低下している。

 もちろん確保した精霊も、今の連続攻撃でスッカラカンだ。

 精霊のいる空域まで移動しないと、こちらもこれ以上は何もできない。


 しょうがない、もう一度雲の上まで戻るか。


 上昇気流の名残を体に受けて雲の中に飛び込もうとした、その時。

 脳内に声が響いた。





“----,-----”


 古く錆びたクズ鉄の山が風にぎいぎいと軋んで揺れる、そんな不吉で悲しげな音。

 ……なんだこれ、ヴィラの思考はこんな感じじゃないぞ。


『当たり前だ、アイツの声だぞ! ……でも、なんでヤツがわたしに乖離(かいり)接続を……どうやって……』

“----,……やはり人を抱きこんでいたか、欠陥品よ”


 ひび割れた音が、人間語に変わった。


『だまれ! なんでキサマがわたしと繋がっている!?』

“浅薄に過ぎる。分からぬか、秩序を破壊する者よ”


 届いてくる思考は完全に平坦だった。度重なるヴィラの攻撃にも、ダメージを負っているような気配は全くない。

 炎が収まって白いモヤだけになった領域に、尻尾の触覚を向ける。

 靄が雨に洗い流されている中から、赤いドラゴンが悠然と羽ばたきながら、その巨体をあらわにし始めているのが、つぶさに感じられた。


『なんだあいつ……無傷――なのか? あれで効いてないなんて……』

“残念ではあろう。だが期待とは、ただの願望だ。無為な行動だ”


 軋るようなヴィラの声に重なって、赤竜の思念が響く。

 風を切って飛ぶ全身が、ぴりぴりしだしてきた。


『これは――ヤツの触覚認識だ! さわられてる!』


 感覚を共有することに大分慣れたからか、初日のような漠然とした触覚ではなく、かなり細かく具体的な感覚まで感じられた。

 無数のザラついた手袋で全身を撫で回されるような、執拗で陰湿な感触。

 全身に怖気が走った。


 これがあの赤い奴の触覚だってか……あいつ、ぜってー変態かなんかだろ。

『わたしもアイツ大っ嫌い! 気色悪い!! おまえがわたしを触る時の気持ちよさと全然違う!』

 いやそこ、頼むから俺を比較対象に出さないで!?


 赤いドラゴンが、滑空上昇を開始する。

 ヤツの周囲の精霊はヴィラが焼き尽くしていたからだろうか、その速度はひどくゆっくりとしていた。


“不快ならばその場に留まるがいい。疾く、何も感じずに済む世界へと送ってやろう。此度は逃がさぬ”

『何だと!?』

 挑発に乗るな! 精霊の確保が先だ。このままじゃ何もできないだろ!

『わかった。ちょっとでもアイツの確保領域を削る……介入』「------」

“その関数は高級に過ぎる”



 ぐおおおおぉぉ



 低い地鳴りのような咆哮。

 討伐隊が洞窟を封印爆破した時に、地下から響いてきた咆哮と同じだ。


 見る間に周囲の精霊濃度が、希薄から絶無まで低下する。

 翼付近に予備的に維持していた最後の精霊領域までもが半分ほど支配を奪われ、飛行に使役している内包分を除いては、必要最低限の精霊が残存するだけとなってしまった。


『この声ってアイツの介入式だったのか……なんなんだこの強度と範囲は。外部に積層していた予備分まで全部取られちゃったぞ……』

 マジか、周辺根こそぎかよ……怒りの咆哮じゃなかったんだなアレ。


 精霊が尽きているはずの空域で、ヴィラの渾身の攻撃に平然と耐え、しかもこちらの精霊掌握介入を上書き無効化してくるか。

 精霊領域を奪取したのであれば、対魔法結界も回復しただろう。

 つまり、もはやヴィラの魔法は効果が期待できないという事だ。

 しかもお互いの思考まで通じる上に、今度は逃がさないときた。


“人よ、終焉を理解したか”


 軋るような思考に、こちらから問いかけてみる。


 そんだけ圧倒的な力を持つ奴が、なんでこんな幼い子を追い掛け回してるんだ。こいつに何ができる。何が欠陥で、何の秩序を破壊したって言うんだよ?

“死を前に、なお真実を求めるか。人には稀なる、此方(こちら)に近しい存在のようだ。なれば(われ)は宣じよう、そなたに”

 俺に?

“そうだ。選択せよ、人よ。欠陥品を棄て地に戻るか、欠陥品と空に果てるか”


 赤竜は、咆哮を伴って吼えた。


“力を持ちし者に情感はあるまじき也。感情は不念を呼び、欲望は不和を呼ばん。不具者を体系に迎え入れる事、(まか)りならず”

“吾、情感に耐えし者。吾、神の頂へと至る我が一座より遣わされし者。破滅を(もたら)す者を、ここに()っさん”


 それは明らかな宣戦布告――なんて綺麗なモンじゃない。ただの、大人から幼女への一方的な殺害宣言だった。


 ……ふん。言いたい事は要するに、ドラゴンの力を持つ者は泣いたり笑ったり、誰かを大事に思ったりしちゃダメってかよ。

 ヴィラの母親が言っていたという“欠陥品”呼ばわりの本当の意味も、そこだったのだろうか。


“理解したか、人よ。では決断せよ”


 尊大なまでの言いざまに、俺は思わず呆れてしまった。


 アホかこいつ、選ぶもクソもあるか。

 そんなのただのロボットだ。ヴィラにそんな存在になって欲しいなんて思うわけがないだろうに。

 ましてや、そんな冷血連中が世界の神を目指すとか、笑えない冗談だっつうの。

『そうだぞ! そんな事のために、わたしはずっと欠陥品呼ばわりされてきたのか!? ふざけるな!!』


 まったく、ふざけるな、だ。ただの思い上がりの自惚れヤロウじゃないか。

 こいつらが現代社会にいたら、人間なんて真っ先に“環境を我が物顔で変えた挙句、自滅への道を突き進むだけの欠陥品”とか決め付けそうだ。


 ヴィラだってそうだが、人間も、アンタらに認められるためにこの世に生まれたわけじゃねえんだよ。干渉してくんなっつーの!

“……決裂は予見していた。よかろう、共に墜ちよ”


 赤竜が何かを唱え始める。

 俺はそれに合わせるように、雲の中へと高度を上げた。


 こうして、死闘が始まった。




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