33.ニイタカヤマ ノボッテ トラ トラ トラ
落ち着いた感じになった所で、部隊はさっそく封印準備にかかった。
作戦は単純だ。
アイツが洞窟奥深くにいる間に、入り口全てを同時に爆破して生き埋めにする。
たったそれだけ。
説明によると効果的な落盤を起こすには、爆薬の設置場所とその量、他の箇所との同期が重要らしい。
そこで設置前に、工兵による現地調査が必要らしいのだが――。
「――アイツの状況を知るのにわたしが行くのは理解する。でもなんで、わたしのこいつは一緒に行っちゃだめなんだ? 意味がわからないぞ!」
「魔道士殿には我が隊の指揮を担っていただいているのです。兵にそう見せねばなりません。それに、余計な人員を危険に晒している余裕もないでしょう?」
コンシュは文字通り子供に教えるように、だが遠まわしに俺が足手まといだと、言い含めてくれやがる。
それを分かってか分からずか、頬を膨らませたヴィラは。
「そっか……たしかにあんな所に、わたしのあきらを連れて行くのはダメか……わかった、評価する。でもこれは“貸し”だぞ、主子よ。じゃあ行くぞきさまら」
意外なほど素直に身を離すと、工兵を引き連れて夜の帳へと消えていった。
「……なあ、今のって“危険な場所だから連れて行かない”って意味だよな?」
「さて? 私は“連れて行くとドジを踏みそうなので止めてほしい”という意味で提言しましたが」
「いやだからさ、ヴィラもその意味を理解したうえで同意してたら、男の矜持としてちょっとどうなのかなと思って……」
「お嬢さんにはともかく、貴方には私の真意が伝わっていたようで何よりです」
コンシュは心底どうでもよさそうに肩をすくめてみせた。
※
ヴィラたちが去って行くと、コンシュも各種指示を出しに離れて行った。
一人残された俺としては、特段やる事もないので、今さらのように討伐隊連中の観察でもすることにした。
討伐隊の計百名は各班十名の十班編成で、今ここには九班しかいない。
一つ目の班は、現在ヴィラと共に現地調査中だ。
残りは二班づつ三ヶ所の計六班で爆薬の設置を担当。
一班は各種連絡、補助、予備輸送要員。
そして最後の二班は本陣の警護とする。らしい。
本陣要員としては俺とコンシュとタケしかいないようだ。
ここにヴィラを加えても四名で、そこに二十人の護衛というのは多すぎる。というか、そもそもドラゴンに対して護衛なんて意味がないと思うんだが。
だがまあ、爆薬設置に皆でぞろぞろというわけにも行かないだろうから、これはこれでしょうがないのか。
コンシュが各小隊長を召喚し、作戦を詰めていると。
各入り口の調査を終えたヴィラたちが帰陣してきた。
「おわった! 大丈夫だった、多分気づかれてない。全部見てきたぞ!」
集合している兵の中を、外套を脱ぎ捨てながら駆け寄ってくるヴィラ。
長い尻尾をぴんと伸ばした前傾姿勢で駆ける少女の姿に 兵の波がどよめきと共に割れた。
「ちょ、おまっ! 尻尾! 羽!」
「どうせ入り口を調べるのでアレだったんだから、もういいでしょ!」
何がどうアレだったのかよくわからない言い訳を残して、止めるまもなく角袖の中に潜りこんでくる小動物。
「あー寒かった。やっぱりおまえが一緒じゃないと調子が出ない……」
ぎゅーっと冷たい体を押し付けてくると、角袖の胸元から頭と手だけを出して、同行していた工兵を指し示す。
「詳細はこいつらに聞くといいぞ。わたしではよくわかんなかったし」
全身を露わにした少女を見た瞬間から、兵たちの視線が今までと明らかに変わったように思えるのは……多分、俺の気のせいだ。
もっとも、ヴィラに示された工兵たちは、最初から直立不動の姿勢だったが。
彼らの報告によると、入り口付近の色の変わる岩石層に各々五樽分を設置すれば、理想的な崩落を誘発できるだろうとのことだった。
“おえらい言葉”ではないながらも、かなり丁寧な言葉遣いの説明だった。
報告を聞き終えたコンシュは、わざとらしく俺に聞いてくる。
「……ふむ、問題は無さそうですので、早速任務に移るとしましょうか。討伐指令、宣言は自分に任せていただいても?」
「ああ、任せる。始めてくれ」
こちらもわざとらしく鷹揚に頷いて見せると、コンシュも頷いて兵に向かった。
「これより赤竜の封印を開始します。諸君の中には赤竜によって知人や家族を失った者もいるでしょう。これは、惑乱の赤竜をこれ以上暴れさせないための作戦です。あなた方に残された大事な人の運命が掛かっている事を自覚してください」
さすがに大声を上げるわけにはいかず、それなりに小声だったが、コンシュの激は兵隊さんたち皆に伝わっているようだ。場がかすかに熱を帯びる。
「皆が一丸となって当たらなければ、成功は覚束かないどころかどころか、こちらが全滅です。その後の赤竜の行動は自ずと想像がつくでしょう? ……各自の活躍を期待します。では、始めましょう」
コンシュの言葉と共に兵たちの空気が変わってくるのが、軍隊の経験などこれっぽっちもない俺にすら感じられた。
膝を打ってタケも立ち上がる。
「さんざ好き勝手してくれた挙句、どうせ自分には手ぇ出せねえから好きにしろってんなら、こっちも好きにやらせてもらいやしょうかね」
おい主子サマ、あんたの片腕っぽいハゲは、中身ヴィラと同レベルだぞ。
※
そこここで最低限度の明かりが灯った。
それらが、しとしとと降る雨の中を、音もなく動き始める。
明かりの群れは三つに分かれ、個々の兵が運搬した爆薬が各々の入り口から奥へと運び込まれていった。
それらの作業音は雨に紛れ、ヴィラの聴覚からでもほぼ判別できない。
洞窟の中のアイツには届きもしないだろう。
兵は思いのほか優秀なようで、作業は順調に進んでいる。
しかし本陣とは名ばかりのこの持ち場は、何もすることがなかった。
さすがに火を焚くわけにもいかず、二十余名ほどの兵たちが岩棚の暗闇の中に座ったまま、雨の中段々と下がってくる気温にただ耐えているだけ。
これはこれでなかなかにツラい。
ヒマにあかせてあくびをかみ殺していると。
コンシュが、周囲に漏れないような低い声で囁いてきた。
「一応、先に言っておきます。ここに人員を固めて配置した理由は、封印失敗時の被害担当としてです」
「ここがやられてる間にみんな逃げろって? 護衛人数がやたら多いのって、やっぱりそういう意図があったのか」
「ええ。ですから何かあったときには、我々を捨てて逃げてください」
「主子みずからが囮になるつもりかよ。指揮官って死んだらまずいんじゃない?」
ささやき返すと、コンシュは自嘲気味に苦笑する。
「それは相手が対抗できる程度の存在だった場合の話ですよ。竜相手では散り散りに逃げた方が生存者も多いでしょう。……もちろん爆薬設置にも危険は伴いますので、ことさらにここが貧乏クジというわけでもありませんがね」
「まあそうかもな。……まあでも、そこらへんは大丈夫だと思うよ」
「は?」
すぐ下が崖になっている場所に俺がわざわざ陣取ったのは、ここが山の両斜面にある洞窟の入り口を一望できる場所だからという理由だけではない。ヴィラの初期加速を得るのに最善の場所だろうと思ったからだ。
万が一に爆破封印が失敗したとしても、アイツだってすぐに人間なんか相手してるヒマは無くなるだろう。
「ほら、そんなことより、用意は整ったようだぜ」
いぶかしげな顔をしているコンシュに、注意を促してやる。
わりとあっという間に、三ヶ所全てで準備完了の光が灯っていた。
「ああ……では、開始しましょう」
腑に落ちない顔をしたままのコンシュが、信号筒を打ち上げた。
ポシュンと小さく間抜けな音を立てて、オレンジ色の光の玉が空に舞い上がっていく。
それをほけっと見上げていると、コンシュがこちらを肘でつついてきた。
「言っていませんでしたが、魔道士殿。爆破にあたって留意して欲しいのですが」
「なに? 爆破まで時間がかかるから焦るなとかそういう事?」
「逆です。雨の中でも問題なく燃焼し、なおかつ確実な同期を取るため、今作戦での点火には導爆線を使用しました」
「どうばくせん……」
ってなんだっけ?
「……火薬を油紙や布で巻いて水や熱から絶縁した、紐状の爆薬です。ですので、瞬時に炸薬まで導火します。先に耳を塞いでおいた方が宜しいかと存じますよ。では兵長、始めてください」
「了解しました、左校。――布瀬、点火」
「布瀬ぇ点火ぁ」
コンシュの指令にタケが宣言し、それを復唱した工兵の一人が、足元に集結させられた導爆線に火を点けた。
ジュンともビュンともつかない金属質な燃焼音を残して、コードは瞬時に燃えて行った。
マジか、ほんとに速えぇ!!
銃はマスケット程度なのに、何でここだけ先端技術っぽいの!?
ヴィラの繊細な感覚器がショックを受けないよう、ぎゅっと頭を抱きしめる。
少女はおとなしく、身を預けてきた。
※
そこからは本当に早かった。
点火して一、二秒後には、信号弾の光も未だ消えないうちに、闇の中で洞窟の入り口が光った。
数瞬置いて強烈な爆発音と衝撃が押し寄せ、続いてズズズズと腹に響く土砂の崩れる音が響き渡る。
急激に立ち昇る黒煙の中で、斜面がその形を変えながら崩れていった。
どのくらいの爆薬量だったのかは知らないが、かなりの規模の爆発のようだった。
これなら封印もイケそうな気がする。
「……おまえ、もう大丈夫だぞ」
ヴィラが懐から顔を出してきて、自前の感覚器で周囲を走査し始める。
伝わってくる視覚情報によると、各所は完全に埋まっているように見えた。
山すそにあった小川の流れ出ていた穴は、上部の大きな岩盤まで崩落したのか、斜面の形から変わってしまっているようだ。
もうもうと舞い上がる煙は、爆煙だろうか熱く光る黒煙が大量に混じっていたが、それもしと降る雨に洗い流されて、すぐに冷たく暗くなる。
一連の鳴動が収まると、辺りは再び静かな雨音だけに支配された。
そこかしこから「やった」「成功だぞ!」と声が聞こえ始める。
とりあえず爆破は問題なく成功したらしい。
穴だった所の周辺からは、再び明かりが見え始めていた。
「成功……でしょうか」
「ああ、たぶん……」
見かけ上は完全に封鎖できたようだ。
……だが、脳裏にはどうしても、初めてアイツの姿を目に焼き付けた時の情景がよみがえってくる。
地殻を巻き込んで穴を無理やり押し広げたあの爆発魔法は、果たして本当に今回の封印には通用しないのだろうか。
「心配性だな、大丈夫だってば。ほら、おまえにも聞こえるでしょ、打つ手がないことをアイツも理解したようだぞ。焦ってる、あせってる」
ヴィラの声に呼応するかのように、ぐおおぉぉぉ――、と地面の底から低く、くぐもった咆哮が聞こえてきた。
その響きに兵たちが動揺する気配を見せるが、ヴィラは嬉しそうだ。
俺の襟元から出した首だけを兵たちに向けて、偉そうに宣言する。
「あれはただ絶望にかられて狂乱してるだけだ、大丈夫だぞ! 封じ込めは成功した。きさまらはよくやった!」
少女の叫びに、兵たちは顔を見合わせる。
人外の姿を見せていたのが良かったのか、兵士たちの表情は次第にまた歓喜へと戻っていった。
うおおおという歓声が上がり、槍や盾が宙に舞う。
この雨の中、夜の急斜面だというのに走り出す者もいた。工作班連中に成功を報せに向かったのだろう。
いつの間にかタケまでもが、兵たちの騒ぎの輪の中に消えていた。
それはそうだ。本来ならば全滅覚悟でも相打ちすら狙えないはずのドラゴンを、まさかの損害無しで無力化できたんだから。
「……お嬢さん。あの叫びは断末魔ではなく、そして二度とあの洞窟から出てくることはない。それでよろしいですね?」
「それでよろしいぞってば」
「そうですか、良かった」
ヴィラの断言に、コンシュもようやく心底安堵したようだ。深く長い息を吐く。
どうやらこの主子様は、この期に及んでもドラゴンを殺してしまうことを危惧していたようだった。
そりゃな、こいつにとって今回の赤竜討伐は、さらなる政争への序章でしかない。
英雄を俺におっ被せたとはいえ、万一にでも竜を殺した片棒を担いだとなれば、やはりどうしても立場は微妙になるんだろう。
だからこそ最初から“討伐”ではなく“封印”だったんだろうし。
「これからのあんたらの苦労は察するよ。俺たちが付き合えるのはここまでだけど、あとは頑張ってくれ」
冗談めいてちゃかしてやると、討伐隊司令はようやくその顔をほころばせた。
「ええ、“封印”で済んだのは僥倖でした。あなた方の存在への言及とこの成果を以ってすれば、追及をかわすのも容易でしょう。魔道士殿とお嬢さんには、本当に感謝の言葉もございませ――」
――空間が揺れたのは、その時だった。




