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32.幼女をネタに弄られましてもね……



「おきろ、起きろってば。おーきーろー」


 何かふさふさするもので顔中をくすぐられる夢で目が覚めた。


「夢じゃないってば、起きろってば!」

 あ、夢じゃなかったんですね……。


 現実に戻ってくると、いつの間にか服の中に侵入してきていたヴィラが、頭をぐいぐいと押し付けてきていた。

 もさもさしてたのはこれか。


「つか、またお前は勝手に人の服に入ってきて……」

「変に記憶を改ざんするな! 寒いって言ったらおまえが入れてくれたんでしょ、忘れたのか? それより見ろってば。連中が来たんだぞ」


 促されるまま目を向けると、稜線の目の前まで討伐隊の連中がえっちらおっちらと上ってきているのが見えた。先頭集団は既に目の前だ。


 雨はまだ止まないまま、周囲は薄暗くなってきている。

 もう夕方か――いや、連中の移動距離を考えると、まだ夕方なのにもう(・・)来た、か。


 穴が目視できる崖の際にちょうどよく天蓋を形成する岩場があったので、そこで連中が来るのを待つために休憩していたのだった。

 しかし、いつの間にか寝てしまっていたらしい。


「大丈夫だぞ、わたしはずっと起きてたから。逆にこんな状況でのんきに寝てられるおまえがすごい」

「お褒めの言葉、ありがと」

「……たしかにすごいとは思うけど、これ、褒めてるのか……なあ? ……まあいいや。おーい!」


 ヴィラが衿元から片腕だけを出してぶんぶんと手を振る。

 一番先頭を登ってきていたハゲ頭が手を振り返してきた。もちろんタケ兵長だ。





「……あんたらはつくづく、イチャつくのに場所ってもんを選ばんなあ」


 俺がひいひい言いながら登ってきた峰を踏破してもなお、ハゲは息一つ切らしていなかった。その上に皮肉まで言う余裕まであるときた。

 すげえな、戦列屋とやらは。まあ、何する部署なのか知らんけど。


「しかも一つの服に仲良くとか、どこの遭難者なんだかな?」

「……気付いたらいつの間にか入られてたんだよ」

「こうしてるとあったかいんだぞ?」

「ま、いいんだけどな。ほれ」


 タケは呆れたように肩をすくめると、何か包みを放り投げてきた。

 開けてみると、パンキッシュのようなものと、麦茶(?)の入った竹筒だった。

 弁当か、ありがたい!


 見ただけで、思い出したように腹が鳴った。

 固く焼いたパンを器に、肉と野菜を正体が無くなるまでクタクタに煮込んだブラウンシュチューのような何か。

 それでも、今の俺には最高のご馳走だった。

 ああ、調理してあるって素晴らしい! これこそが文明の力だよ!


「……なんだか、わたしが取ってきたごはんより嬉しそうだな」

「いやその……疲れて腹が減ってる時の食い物は、なんだってありがたからさ」

「わたしは、おいしいものだったら何でもありがたい」

「お前のご飯もおいしかったよ?」

「ふんだ」


 のぞきこんで機嫌をとろうとしたが、身体ごとそっぽを向かれてしまった。





「あー、そろそろいいかね?」


 珍しくヴィラより先に、それこそあっという間に食べ尽くしてしまった俺が指先を舐めていると、兵長が見計らったように口を挟んできた。


「そうしていたいのは分からんでもねえがよ、討伐の指揮官である魔道士サマの態じゃねえんでな。しゃんとしてくれや。他のモンにしめし(・・・)がつかねえ」

「ああ、そういや俺、そんな事も任されてたんだっけ」


 タケに随伴してきた部隊員は五名。

 偵察兵なのだろうか、胸鎧に脛当てと小手だけという軽装に、金属で補強された小盾と槍とを持った戦闘員たちだ。

 五名とも初めて見る顔のはずだが、注がれてくる視線はこれ以上もないほど見慣れたものだった。


 うんまあ、昨日から幾度となくこの視線に晒され続けて、さすがに慣れましたよ……諦めるしかないという方向でな。

 こんなんで“しめし”とか言われたって、今更すぎるような気しかしない。

 というかそれ以前に、兵長の砕けきった態度にも、大いに要因がある気がするんだけどな。


「しめしついでに言わせてもらうが、魔道士殿よ、襟元が汚れてんぜ。いったいどこで何をやってきたんでえ?」

「お?」


 あごでしゃくられて示された先。角袖の衿ぎわのところに、点々と赤いしみが付いていた。

 余裕がなかったからか、指摘されるまでまったく気づかなかったが、よく見ると新調したばかりの上着のあちらこちらにも同様のものが飛び散っている。


「ああ、昨夜の……」

「なんかあったのか?」

「……生まれて初めて、狐を……生で……」

「ああ……嬢ちゃんのメシってか……」


 タケは、俺の服の中でいまだに「んぎー」とかいいながら固いパンと格闘している少女に、一瞬だけ目をやると。


「その……うまかったか?」


 そんな労わるような目でこっち見んなや。かえって腹立つわ!





 ヴィラが食べ終わる頃には、すでにコンシュ左校をはじめとする討伐隊員たちに囲まれていた。

 さすがに全員とも、穴に対して尾根の向こう側で身を低くして待機している。


 いまさらのようにフードマントでヴィラの体を包み込んで身を離させると、早速コンシュが弄りを入れてくる。


「魔導士殿、その襟は……」

「遅い。そのネタとっくに兵長が使ったから」

「……チッ、私も先行隊に同行すべきでしたか」


 あからさまに残念そうに舌打ちまでついてくれやがる。

 こいつらは揃いもそろって、なんで俺をいじくり回すのに血道をあげてきやがるんだよ!?


「まあそれはともかく」


 すぐに気を取り直したように真面目な口調に戻るコンシュ。弄れないとなると変わり身はえぇな、おい。


「竜が巣穴に入るのは村からも確認していました。しかし、ここまで近づいて大丈夫なのですか?」

「大丈夫とかいう以前に、俺たち途中で見つかったしなあ」

「……どういうことです」

「どうもこうもあるか!」


 俺がさらっと零した発言にコンシュが食いつくのを、ヴィラが横から首を突っ込んできて憤りはじめる。


「アイツはわたしたちの存在を認識しておきながら、完璧に無視したんだぞ! いままでさんざんわたしたちを追いかけ回したくせに!」

「落ち着いてください、お嬢さん」


 いきなり予想外の方向からの攻勢に戸惑った主子様は、救いを求めて俺を見る。

 いや俺にどうしろと。


 コンシュの意を汲んだのか、タケ兵長が後を継ぐ。


「魔道士殿よ、見つかったのに襲われなかったのか? どういうことでぇ」

「俺のこいつの言うとおりだよ。ここのすぐ下でアイツにバッチリ見つかった。なのに完全に無視された」

「……どういうことでぇ」

「人間ごときが何をしても無駄だ、相手にする価値もない――とでも思われてるんじゃないかね」

「ほぉ……?」


 タケの反応の薄さに苛立った少女が、さらに噛み付く。


「わかってるのかきさまら、バカにされてるんだぞ! アイツをあそこに完全に封殺して、少しは人間の意地というものを見せてやったらどうなんだ!?」

「いや、それはそうなんだけど……なぁ……」


 はたから見ると完全に他力本願の極みな発言だが、迫られているタケ本人は完全に逃げ腰になっていた。

 これ以上放っておいても話がすすまない。

 猛っている小動物を後ろから攫って肩に担ぐ。


「ぎゃーはなせー! まだ言いたいことが……もが……」


「……はぁ、助かったぜ魔道士殿。部下の前でこれじゃ、最先任としての威厳も何もあったもんじゃねえやな」

「威厳ナシ男同盟へようこそ、タケ兵長どの」

「べつにいいんだけどよ、ったく……」


 解放された兵長が、ぶつくさ呟きながら頭を振って首を鳴らす。

 一騒動が治まったところで、ぽん、と膝を打ってコンシュが注目を集めた。


「さて、平時であったならこのまま見物するところですが、今はそうも行きません。教会術士の言ではありませんが、暗くなりきる前に作戦行動を開始したい。状況をお教えください」


 ……あれ?

 コンシュの言葉に、こういうときに一番に騒いでくるはずの御仁が、何故かまったく静かなことにいまさら気づいた。


「そういや、あのうるさいサシャ権宮司(ごんぐうじ)サマは?」

「警備班と共に、術士ともども駐留村に残っていただきました」

「マジか、よく置いてこれたな? あの人、色々無茶振りしてまで付いて来そうな感じだけど」

「日の落ちるこれからの時間帯に、彼女達術士の出る幕などありませんからね。行軍速度を遅くするわけにも、途中の森に捨ててくるわけにもいきませんから」


 コンシュにしては珍しく、にやりと笑った。

 そういや人間が魔法を使うためには、最上級精霊を起動するためだかで日光が必要なんだっけ? たしかにこれからの時間、連中は何の役にも立たないわけだ。

 ああ、だからさっきから、こんな晴れ晴れとした顔をしてたのね。


 ……結局は、みんなそろってコッチ側の人間じゃないですか。

『コッチって、どっち?』

 うるせえ、ソッチ側(男の威厳刈り取り隊)のメンバーには教えてやらん。




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