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30.ドラゴン飯

ヒロインの貴重な解体シーン(する側)なので、多分にゴア表現が含まれます。ご注意ください。



「なっ……いきなり何をする!」


 目の前の闇から、少女のキャンキャンいう声が聞こえてきた。

 いや、うん。わかってた。ヴィラだってのはわかってたんだけどさ。


「こっちこそびっくりしたんだよ。だいたいなんで返事しないんだよ? 何度も呼びかけただろ」

「だってこれくわえてたんだぞ! 返事なんてできるわけないでしょ!」

「なんだよこれって」

「キツネだ、ごはんだってば! こんなちっちゃい獣は今まで狩ったことなかったから、ちょっと時間がかかちゃったの!」


 んなこと言われてもこの暗さじゃ、人間には何も見えねーっちゅーの。


「ちょっと待っててくれ――っていうか、多分そのキツネの下敷きになった四角い金属のヤツ、俺に手渡してくれる?」

「う? これか?」


 ヴィラからライターを手渡してもらいつつ、懐からシャッター付きランタンを取り出す。

 全方位に光りっぱなしなライターはともかく、三方の遮光板を閉じたランタンなら光を一方向に制限できる。

 探索行には向かないが、休憩中であれば、そして向ける方向に注意すれば、使っても赤いアイツに見つかる可能性も少ないだろう。


 なかなか点かないライターに苦労しつつどうにかランタンを灯すと、ヴィラが自慢げに獲物を突き出してきた。


 「ほら」と目の前に出された茶色のもふもふは、固めの毛に全身を覆われた中型犬ほどの大きさの動物――の死体だった。

 犬よりも耳と尻尾と鼻面(マズル)を長くしたようなこの動物は……動物園で遠目にしか見たことがないけど、なるほど確かにキツネなんだろう。


「こいつ、こんなちっちゃいくせに首が太いから、なかなか折れなかったんだ。ずっと暴れてて大変だったんだぞ」

「手で持てばいいだろ。口に動物をくわえたお前、かなり壮絶なビジュアルだったんだからな?」

「あ、そっか……つい、いつものクセで」


 手に持ったキツネと、それを持つ手をしげしげと見比べてヴィラ。

 それから気を取り直したのか、嬉しそうに顔をあげて。


「それより、ごはんにしよ。おなか空いてるとやる気が出ないでしょ?」

「うん、そうね……」


 丸々と太ったキツネを掲げてみせるヴィラに不安を感じながら、俺はあいまいにうなずいた。

 だって、どうやって食うつもりなんだ、これ。


「……まさか、そのまま生でじゃないよな?」

「ほかにどうやって食べるんだ?」


 微塵の邪気もないヴィラの不思議そうな目が、俺の不安が当然のように的中したことを告げていた。


「そりゃ、焼いてとか、煮てとか。……宿で出た鳥の丸焼きは、おいしそうに食べてたでしょうが」

「焼くって……火は使っちゃだめじゃないのか? このあたりはもうアイツの“なわばり”だぞ?」

「ですよねー」

「もしかして悪魔って、そのまま食べたりしないの?」

「まあ、ほとんどね」

「じゃあ知らなくてもしょうがないな。わたしが食べ方を教えてやる!」


 ……とうとう来てしまったか。

 いつかこの日が来ることは予期していた。そのとき、自分には拒否などできないだろう事も。

 だってこれを拒否したら、ヴィラに人間の食事を食べさせた俺は何なんだ。


 思わず生唾を飲み込んだ喉が、ごくりと鳴った。

 その音を良い方に取ってくれたのだろう。ヴィラは嬉しそうな声を上げる。


「な、おいしそうでしょ? わたしもキツネは初めてだから楽しみなんだー」

「……お手柔らかにお願いします」

「あ、大丈夫だぞ、ちゃんと前肢でやるから。たった今、ちゃんと使えって言われたばっかりだからな!」


 俺の返事をどう解釈したのか、ヴィラは得意げに鼻を鳴らして鋭い爪を見せ付け、そっとキツネの腹に押し当てた。

 爪は意外と鋭いのか、少女は慣れないはずの前肢()を器用に駆使して、キツネをさばき始める。


「えっと、馬なんかとあんまり変わんないな? じゃあ、はらわたを破らないよう注意して……これ間違って食べちゃうとくっさいんだー。馬なんかおなかの半分くらいがこれだから、もったいなくって」


 ランタンの怪しく揺れる光に照らされながら。

 幼い少女が嬉しそうに、動物の腹から白ピンクっぽい色の内臓をもろもろと引っ張り出す。

 そんな非現実的な光景を見せつけられ、俺は呆然と答えるしかなかった。


「ああ……大腸な……うんこ袋だもんな」

「うん、そうなんだ。あとこれもダメ。注意しないと、はらわた全部が苦くなっちゃう」


 小さくて濃い茶色の臓器を手の上に乗せてみせる。胆のう……かなあ。

 ぽいっと放り投げてから、再び腹腔内に手を突っ込む。鼻歌でも歌いだしそうだ。


「やっぱり中身は大きな動物とおんなじだな――あ、これも破っちゃダメ」


 ちゃぽちゃぽと音のする皮袋っぽいのを、爪で破らないようにそっと取り出し、繋がっている管を切り離して捨てる。

 流れ出てくる透明な液体に、なぜか気分が悪くなってきた。


 落ち着け俺、本質を見ろ。焼肉屋行ったのと何も変わらないだろこんなの。

 網の上でジュージュー言わしてるアレが美味そうに見えて、目の前のコレが駄目なんて、そんな理屈が通るわけないだろ。


 必死に自分に言い聞かせる。

 煩悶(はんもん)としていると、少女はキツネの腹から何かをずるずると引き出してきた。


「はい、これ。おまえはがんばってるから、一番美味しいところあげる!」

「……いや……これ……なに?」

「なにって、ここの膨れたところが一番おいしいんだぞ?」


 切り取りもせずに差し出してくるのは、ほのかに湯気の立った……血のついたままのピンク色のソーセージ……。

 はい、胃と小腸ですね。ガツとかミノとかコテッチャンとかそういうのな。内容物が入ったままの……。


 腹の上あたりがきゅーっと鳴った。

 胃袋は空っぽなのに、なぜか吐き気がせり上がってくる。必死に飲み込んだ。


「……これ食うの?」

「え? 悪魔ははらわた(・・・・)は食べないの?」

「焼いたのなら食べた事あるよ。美味いのも知ってる」

「でしょ? じゃあはい、食べろ?」


 眼前に突き出された内臓から漂ってくるなま暖かさと血生臭さに、さすがに平静を装う仮面は剥がれ落ちる限界寸前だった。

 生肉ですら初めてなのに、いきなり胃袋を中身ごととか、ハードル高すぎにもホドってもんがあるだろ!?


 ということで、俺は今回は緊急避難させてもらうことにした。


「あー……でもほら、こういう一番美味いところは普通、獲った人が食う権利があるだろ。俺に遠慮しないで食べてくれ。な?」

「ほんとにいいのか? ……じゃあ」


 ちょっと残念そうに、しかしそれ以上に嬉しそうな顔で、ヴィラは腹腔から薄い膜のようなものを引き連れたままのソーセージ――そう、アレはソーセージだ。ぶっちゃけ同じモンだろ!――に、かぶりついた。


「んぎぃー……」


 嬉しそうに両手を添えて、引き千切るように頭を上げる。


 ……と。

 少女の動きが止まった。


「……うわ、こいつ肉食だ」


 口の中のものを吐き出して、破れて内容物が流れ出してきた胃と腸管をぺっと脇に捨てた。


「うえー泥臭い……なんかカエルみたいなの食べちゃったぁ」


 頼むからいちいち実況しないでください……。

 思わず胃の辺りを押さえてしまう。


「うーここも食べられないんじゃ、こいつのはらわたはあんまり食べるとこないな。……あ、でもこれは大丈夫だ。半分こしよ?」


 はいおまえの分、と手に乗せられたのは、一口くらいの大きさの、どすピンク色の臓器。半分に切られた組織の切り口からは、いまだにじくじくと血がにじみ出ている。


「これ……は……」

「ちょっとクセがあるけど、おいしいんだぞ。元気出るぞ?」

「レバー……かなぁ……?」


 手の上で次第にピンクから血色に染まっていくふるふるゼリーを見つめて、俺は絶望した。

 もうだめだ。

 これ以上逃げ回るのは無理だ。これは食べさせられる。

 喰うしかないのか――いやでも、これなら食える。だってレバーだもんな?

 取れたてほやほやのレバ刺しなんだし、何の問題も無いよな!?


 俺は半泣きで、それでも覚悟を決めて、ピンク色のソレを口元まで持ってきた。

 それ以上は、手が動かなかった。


 最後の最後で、覚悟ができてない。

 だって、なあ? 野生動物を生食って、食中毒とかすごく怖いし。


 ……しょくちゅうどく?


 そのフレーズに、なぜか引っかかりを覚えた。

 キツネ、内臓、食中毒。なんだっけ……なにかあったような。

 ……寄生虫?


 そうだ、寄生虫だ!

 キツネって、たしかヤバいのいるって聞いたことあるぞ!


 はっと気が付いて顔を上げると、ヴィラが血の滴るソレをおいしそうに頬張ろうとするところだった。

 とっさに手を伸ばして腕を掴む。


「まて! 食うな!」

「うぇ?」

「思い出したんだ。ナマのキツネの内臓は毒だから食べちゃだめなんだ」


 ふう……ぎりぎりで思い出してよかった。

 おかげでとりあえず今回は生モツを食わなくて済みそうだ。結果オーライってやつだな。


「毒? ……の臭いなんてしないぞ。思い違いじゃないのか?」

「毒とはちょっと違うかな、この中には小さい蟲がいっぱい巣食ってて、生のまま食っちゃうとそれが今度はこっちの腹ん中を食い荒らすんだ」

「それは……やだっ!」


 手のモノをあわてて放り出したヴィラが、地面に打ち捨てられたソレを、おぞましいものでも見るような目で見つめた。

 その顔が次第に悲しそうに歪む。


「ってことは……え? これ、せっかく獲ったのに、食べられない……のか? わたし、無駄なことした? 食べられないのに殺し……ちゃった?」

「内蔵以外は大丈夫だと思うから、無駄ってことはないさ」


 そういや、もったいない殺しはしないとか言ってたっけ。

 さすがに手とか足とかの普通の肉の部位だったら、ナマで食えと言われてもそこまでの拒否感はない。


「さんざん内臓に触りまくったから、手と口をゆすぎに行こう。ついでにキツネも、ちゃんと皮を剥いで洗ってからじゃないと」


 ほれ、と肩を落としているヴィラをせかして立ち上がった。

 地面に置いておいたランタンを拾い上げ、先ほどから音が聞こえている小川の方に向かって歩き出す。

 その後ろを、キツネを両手にとぼとぼと付いてくる少女は、今や半泣き寸前になっていた。


「そんなにがっかりするなって、内臓と皮を除いてよく洗えば、他はたぶん大丈夫だからさ」


 まあ、この世界のキツネにも寄生虫がいるかとか、ドラゴンがそれで病気になるのかまでは知らないけどな。





 結局、毛皮を剥いで丹念に洗った筋肉部位だけでも、ヴィラには好評だった。

 あっという間に機嫌を直して、にっこりと同意を求めてくる。


「キツネって食べるとこは少ないけどおいしいな! また獲ってくる!」

「……ああ、次はちゃんと洗って焼いてから食べような。そうすれば内蔵もいけるからさ」

「うん!」


 口の周りを血だらけにしたまま、牙まで光らせて笑うの勘弁はしてください。それただの猟奇画像ですから――なんて、間違っても言えない。

 こちらも無理やりに笑顔を作って、口の中のものを飲み込んだ。

 水で洗ったとはいえ血抜きもしないままの生肉は、鉄臭さい味しかしなかった。


 次にまた二人だけで出かける機会があったら、絶対に食料だけは持ってこよう。


 俺は心に固く誓った。




野生動物は筋肉部位でも寄生虫や病原菌に汚染されている場合があります。管理・許可された肉以外の生食はやめましょう。

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