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28.あした天気になるな



 風呂あがり。

 来た道をえっちらおっちらと、また村へと登りきったところで。

 それまで何かを考え込んでいるようだったコンシュが、いきなり口を開いた。


「今後の方針ですが。試作兵器を用意しましたので、探索行にお役立てください。馬に乗れないお二人のために、ツテを頼って特別(・・)に用立てました」

「そりゃ助かるけど、何を用意してくれたのさ?」

「先に上がったタケ兵長に調整を頼んでおきましたので、お楽しみに。……いえ、もう来たようですね。あれです」


 コンシュが指を差す。

 その先には、ふらふらとした足取りのチャリ。

 酔っ払いでも乗っているのかとよく見ると、いつものハゲだ。

 ハゲ!? ――いやタケ兵長だっけ? ってかツッコみたいのはソコじゃなくて――チャリだって!?

 この世界って、自転車があるのか!?


『じてんしゃってなに?』


 抱っこされたまま首筋にかじりついているヴィラが、鼻先ですりすりしながら聞いてくる。

 なんだと聞かれても見たままのアレだけど……まさかこんな物があるとはなあ。


「兵長、急がせてしまい、すみませんでした」

「いえ、左校殿のためとあらば。しかしこの教会の試作兵器、なかなかですな」

「無理を押して手配した甲斐はありそうですか」

「鳴き声もなく、エサもいらず、積載量もそこそこあり、これ自体の運搬も容易なうえに、訓練も馬と比べりゃ無いも同じです。不足した馬の代替として開発されたと聞きますが、そのうち馬よりコレの時代が来るんじゃねえですかい?」

「……貴官には珍しく、べた褒めのようですが」

「移動速度こそ馬にはかないませんが、徴用兵への配備まで見越すとあっては、ある意味では“暴虐の黒竜”さまさまってモンですぜ」

「量産には程遠いですから、そこまでではありませんけどね」


 勢い込んでくるハゲに若干ヒキ気味のコンシュだったが、話が事務的な内容に及ぶと、双方とも普通の様子に戻っていった。

 最後に二人が一瞬だけ、こちらに意味ありげな視線を向けると、


「……では左校、ここでお渡ししちまっていいですかね」

「はい。では魔道士殿、受領してください」

「え、俺?」

「どちらにしろ貴方が使うものですから。なお、最初に言っておきますが、これはまだ、この世にこれ一基しかありません。くれぐれも大事に扱ってくださいね?」


 チャリの数え方が一基二基ってなんだよ――あれか、新式の神輿でも開発するって名目で予算を組んだのか? 他国にバレないよう戦車を水タンク呼ばわりしてたイギリスみたいに。


 まあそれはいいとして、これなら問題なく乗れるな。馬より全然マシだ。


 車輪が鉄の輪に木の枠を貼り付けたモノだろうと、フレームがパイプではなく木の棒だろうと、ギアがほぼ等倍だろうと、チェーンがそれにもまして太かろうと、チャリチャリ鳴るベルが付いてなかろうと。

 チャリはチャリだ。乗れないはずがない。


「ふうん? おまえは乗れるんだ、これに」

「……は? 乗れるのですか? というか、ご存知なのですか。つい先月やっと完成したばかりの動力伝達式の銀輪を」


 ヴィラがかしげた首に、コンシュが目ざとく反応して驚愕していた。

 あー銀輪っていうのね、なんか聞いたことあるわ。

 っつかチャリなんてこちとら幼稚園から乗ってたんだぜ。

 世界に一台とか言われたって、驚くマネすら無理だっつうの。


「あー、それよりさ、主子サマ?」

「なんでしょう」

「この補助輪、ジャマだから取ってもらっていい?」

「……はい。兵長、そのように」





「ふむ、馬に乗るのはダメだけど、これならいいんじゃないか?」


 いつの間にか、ちゃっかり荷台に陣取ったヴィラが軽くお尻をゆすって座り心地を確かめていた。


「……二人乗りって初めてなんだけど、いきなりは危なくない?」


 しかもたしか、法律違反じゃなかったっけか。

 いや、ここは日本でも公道でもないので、問題ないのか?

 いやいや、そもそも危ないのはコケた時の話であって、法律関係ないよな。


 などと葛藤していると、ヴィラはのん気そうにのたまう。


「わたしもいるんだから大丈夫でしょ。乗ってみせろ」


 ……バランスの問題だって分かっているような発言だが、そういや飛ぶ種族なんだもんな、そこらへんは本能的に理解してるのか。


「わかった、落ちないようしっかり抱きついててくれよ?」

「うん!」


 なんだか楽しそうな少女に、それ以上の不安を呈す気も失せる。

 まあ、友人と色々やらかした経験もある――あくまでも校庭とかで――わけで。

 しかたなく俺は、硬い木のサドルに跨って漕ぎ始めた。


 最初は重さにふらついていたが、ある程度漕ぎ出すと、逆に重さが安定感へと変わってくる。

 ただ、快適かと言うとそうでもなく。

 ほぼ金属製のタイヤに、緩衝バネの無い座席。ちょっとした段差のショックが直接脳天まで響いてくる。


「ぐあー……お前の羽ばたきと、いい勝負だなこりゃ」

「なんだと!?」


 だが、当然のことながら自分の足で走るよりはるかに速いし、楽だ。

 左右に旋回してみる。

 抱きついた腕から俺の運動野を感知したヴィラが、身体の傾けに先駆けて尻尾を振って調整してくる。

 ふむ、重心移動を自分でしなくていいのも、かなり楽だ。


「おまえが前に進んで、わたしが左右の旋回調整か。飛ぶ時と逆だけど、これはなかなか楽しいな」


 ヴィラが抱きついた腰にぎゅーっと力を込めてくる。

 しかし二人乗りなんて子供の時以来だが、意外とスムーズに乗れるもんだ。

 それにしても、水浴びイベントの後に、全裸少女と一緒に寝て、その後に自転車二人乗りってのは、順番としてはまったくの逆なんだろうけどな。


「何が逆なのかよくわかんないけど、でもこれに乗るのはしばらくおあずけだぞ」


 俺の背中で真っ赤な夕焼けに頬を染めながら、沈み行く夕日を見て発したヴィラのこの一言。


 これが結局のところ、これから続く強行軍の始まりだった。





「おあずけって、なんで?」


 聞き返した俺に、ヴィラはきょとんとした顔で断言してくる。


「だって太陽があんなに真っ赤なんだもん、あしたは雨でしょ」 

「……夕焼けって晴れのしるしじゃなかったっけ」

「そうなのか? でも南の海からの風が強いと、なんでか夕日は赤以外の色が弱まるんだ。そうすると雨が降るんだぞ? 空気も湿ってるし、雨で間違いないぞ?」

「まじで?」


 チャリを止めて風向きを確認する。

 遠くに見える村中央に掲げられた討伐隊の部隊旗は、夕日を背に右へとたなびいていた。つまり言われた通りに、南からの風だ。

 そして禁断の地――切り立った崖に囲まれた窪地――の北側一面は、ヘタな山脈よりも高い崖だ。

 そこに当たった南からの湿った海風は、崖に沿って上昇して雲となり――。


「――なるほど、雨になるか」

「な? 明日は何もできないから、寝床で一緒にごろごろしてような。赤いアイツも外に出たりしないだろうし」

「いやいや、雨が降ったらお休みよってどこの島の大王だよ。働けよ」

「え? なんで?」

「前にも言ったし、そもそも自分で言ってて気づいてないのか? 俺たちは雨を待ってたんだぞ? 赤いアイツに対する絶好の襲撃日和なんだぞ?」

「え? えー……そういえばそうだった? けどー……」


 むずがるヴィラを乗せたまま、俺は徒歩二人組の元へとハンドルを戻し、後ろから声をかける。


「魔道士殿、どうされました?」

「何か不都合でもあったか」

「いや、明日は雨になるんだ――」


 ――おっと、そういや雨の日にドラゴンは巣穴に居るという情報は、人間には広めたくないんだった。


「……なので、雨で臭いが流れて赤竜追跡が困難になる前に探し出したい。すぐに出発する」


 のん気に構えたままの二人に、事実を少しだけ歪めながら用件を伝えた。


「は? しかし……」


 何か言いかけたコンシュだったが、ヴィラの存在を見て何かを悟ったのか、瞬時に左校の顔に戻ると即座に指示を飛ばす。


「兵長、直ちに部隊移動の準備を」

「はっ」

「あ、それは待ってくれ。あんたらは付いてこれないんだ」


 走り出そうとするタケ兵長を押し留めて、説明を続けた。


「これから夜になるが、ヤツに見つかるから明かりは使えないだろ。俺たち二人だけで行くしかない」


 暗闇の中では、光源の光は小さなものでも意外と遠くまで届く。

 ベトナム戦争では、三百メートル先のタバコの火を発見して狙撃を成功させたなんて話があったくらいだ。

 ましてや暗視や熱を見る能力のあるドラゴン相手に、カンデラや松明の明かりが見つからないワケがない。


 しかしドラゴンの能力を知りようはずもないタケは、顔をしかめる。


「明かり無しで夜の森へ行く気かぁよ。最悪なことに、今夜は天標が一つも出ちゃいねえ上に(新月)まで重なってやがるんだぜ。自殺しに行くようなモン――」

「――わかりました、お任せします」


 さらに言い募ろうとするタケをコンシュが遮り、胸元から何かをいろいろと取り出しはじめた。


「簡易地図と筆記具、信号筒、燧石式点火器(マッチライター)です。それとこれは遮光板(シャッター)付き角灯(ランタン)です。非常用に一つはお持ちください。他に必要なものは?」

「用意よすぎだな、助かる。部隊の方も動けるようにしておいてくれるか」

「わかっています。禁足地方面の見張りを徹底させると共に、雨が降り出すまでには封印準備を整えておきますので」

「頼んだ。勝手ばかり言ってすまないな」

「いえ、これでも魔道士殿には全幅の信頼を寄せておりますので」

「……ほんとかよ」


 どうせいつもの皮肉だろうと見ると、コンシュ左校の表情は意外にも真剣だった。

 事あるごとにツッコミを入れてくるくせに、こういう時には何も聞かずに送り出してくれるのは、本当に信用されてるってことなんだろうか。


「ま、できるだけ誠心誠意応えさせていただくよ」


 なんとなく気恥ずかしくなりながら、もろもろを受け取った。


「では、俺たちが襲われるところでも見張っといてくれ。じゃあヴィラ、行こう」

「うぇー……ぃ」

「……すごいイヤそうだけど、お前はここで留守番してる?」

「そっちの方がイヤ!」


 背後から、腹回りをちぎれるほどに締め上げられた。




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