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27.ドキッ! ポロリも……ていうかツルリ?



 荷馬車が駐屯予定の村に着いたのは、夕暮れも差し迫るころだった。


 窪地に続く高い崖の始まる端に位置し“禁断の地”を一望できるその村も、もちろん襲撃の対象から外れてはいなかった。

 ただ人的損害はほぼ無く、あの爆発するレーザーが村近傍に数発落ちた程度で、村民もすでに主都である東の都近傍に避難しており、部隊が駐留するのに何の問題も無いとの話だった。


 昼過ぎくらいに出立して、速歩きと小走りくらいの速度を繰り返しつつ夕暮れ時まで走ったんだから、三十から四十キロくらいは進んだろうか。

 俺たちが一日歩き通した距離が、たったの四五時間だ。騎馬部隊の移動速度って意外と速いんだなあ。

 ……まあ、ヴィラにかかれば数分で飛べる距離でしかないんだけど。


 そんな速度差によるヴィラの優位性をいまさらながらに噛み締めつつ、目の前の景色に目を向ける。


 崖から望む禁断の地は、地平線まで平らかな針葉樹の森だ。

 地平線に消えた森の向こうに、巨大な崖とそれに続く崖々の峰が夕日に赤く燃え上がり始めているのが見えた。


「この道はこのまま崖を降りて、川向こうまで続く林道となりますので、探索基点としても適切でしょう。元々ここら一帯は私の領地ですし」

「へえ、さすがは主子様。領地持ちだったんだ」

「代官一人で何とかなってしまう、森しかない土地ですがね」


 切り立った岩肌にへばりつくように作られた九十九(つづら)折れの道を下りているのは、俺とコンシュの二人だけという奇妙な取り合わせだった。

 眼下には、小さな木造小屋が数棟、湧き出る湯気に煙っていた。

 そしてかすかに漂ってくる硫黄の匂い。


「そういえば、お嬢さんはどうされたのです?」

「いちおう誘ったんだけどさ、全力で拒否されたよ。サシャ権宮司サマのところに逃げていった」

「仲良くなったようで何よりですよ」

「余計なこと吹き込まれなきゃいいんだけどね。……しかし、風呂なんて何日ぶりだろうなあ」


 しかも温泉だなんて、それこそ何年ぶりって話だ。

 足元に注意しつつ指折り数えていると、コンシュが顔をしかめた。


「湯を汚さないよう、身体はしっかり洗ってくださいね。決戦前の慰安も兼ねて、この村を選んだんですから」

「それはわかってるけど……あのさ、今まで着てた服も洗いたいんだけど、さすがに風呂場で洗うのはまずいよな?」

「オークですか貴方は! 鼻デカ白豚連中みたいなマネをしたら、風呂場から叩き出しますからね!」


 あ、この世界にもいるんだ、オーク。

 しかも仲良く風呂に入るんだ……。





 木造の湯殿は、小さいながらも掛け流しの湯が湛えられた、立派な造りだった。

 湯船からあふれ出たお湯は、ヒザほどの高さの溝を通って湯屋の壁際を流れており、それに沿って木製の腰かけと桶が並べられていた。

 コンシュは、まっすぐにそこへと向かう。

 なるほどここで身体を洗うのか。この壁に掛けられた、たくさんの巾着袋は何に使うんだろう。


「ところで、石鹸が見当たらないんだけど」

「……あなたは本当にどこの王侯貴族サマなんです? ここは民生の保養所ですよ、糠袋で我慢してください」

「ヌカって米の? そんなんで身体洗えっての?」

「汚れは取れますよ。ヌカ臭くはなりますが」


 コンシュが壁にかかっている巾着袋を一つ、ほいっとよこしてきた。

 自分でも巾着袋と手ぬぐいで体をこすりだし、俺が戸惑っているのを意にも介さずに、勝手に話を始める。


「さて、ではさっそく。風呂にお誘いした理由ですが」


 まあね、男二人だけで風呂なんて、密談の一つでもあるんだろうとは思っていたけどな。


「お嬢さんの正体についてお聞きしたい。もう明言してもいい頃合いでしょう?」

「……主子様におかれましては、薄々わかった上で、ブザマに踊る俺を見て楽しんでいらっしゃいませんでしたかね?」

「明確なご返答、感謝します。やはりあの白き竜は、お嬢さんのお父上だったのですね。連れ立って飛んでいるのが、たびたび目撃されていました」

「さてね、俺も詳しくは知らないけどな」


 本当はお母上だけどね。

 さすがにそのあたりの説明は微妙にはぐらかした。

 詳しくないのも本当だが、ヴィラが欠陥品扱いだったと知られるのも気分が悪い。あまり詳細を話したくはなかった。

 たとえそれが事実ではなかったとしてもだ。


 コンシュは俺のはぐらかしを、さして気にした風でもない様子でこちらを向く。


「魔道士殿、お嬢さんと共に在るという事を、くれぐれも易くお考えなさらぬようお願いします」

「……どういう意味だよ、それ?」

「貴方がいなければ彼女は暴虐(・・)のままでした。そして今後もそれは変わりません。お嬢さんを更なる暴虐(・・・・・)には、しないであげてください」

「あ? ああ……」


 なるほどな。俺という唯一の味方がいなくなり、世界に絶望してしまったら。あいつは純粋な“暴虐”そのものに、それこそ本当の世界の敵に、なってしまいかねない、か。

 指摘されてようやく気付いたが、その通りかもしれない。

 もっとも、それを指摘した本人は、人間に利するよう導いてくれという程度の心づもりだったのかもしれないが。


「まあ心配されなくとも、元から見捨てるつもりなんてないんだけど」

「ええ、存じております。一応、明言しておきたかったただけですよ」

「ていうかさ、俺って実は重要人物だったんだな、わりと」

「少なくとも我が国の存亡は、貴方の双肩に掛かっていますね。わりと」


 真面目な顔で俺の軽口に答えたコンシュは、肩をすくめて立ち上がると湯船のほうに消えていった。





 しかしコンシュといい、ヴィラの親といい。

 まだ十歳にもなっていない少女に、いったいどれだけを求める気なんだろうか。


 まあ、逆に強大な力を持つ種族だからこそ、幼くとも強い自制と自分の持つ力の制御を求められる、そんな存在であるとも言えるのかもしれないが。

 その意味では確かに今のヴィラは、ドラゴンに相応しくない個性を持っていると言えないこともない、か。

 つったって聞きわけは悪くないし、ちゃんと色々教えて分別をつけてやればいいだけだと思うんだけどなあ。


「――きら……あきら。いるのか?」


 ヴィラの事ばかりを考えていたからだろうか、声まで聞こえてきた。

 しかも今まで呼ばれたことすらない俺の名前の連呼ときた。

 うん、こりゃ幻聴だな。


「返事しろー。においが続いてるから、ここにいるのはわかるんだぞー。わたしのあきら?」


 また聞こえる――って、もしかしてこれ、幻聴じゃない?

 しかしなんであの水嫌いが、よりによって風呂場に? ありえないだろ。


 半信半疑のまま、それでも脱衣所の方を振り向くと。

 額から白い一本角を生やした黒髪の少女が、扉から覗き込んでいた。

 うん、こりゃただの本物だな。


「……ヴィラ、なんでこんなとこに?」

「あ、いた? ――なんでじゃないでしょ!」


 ひょこっと全身を現すヴィラは、首輪と額飾りだけの素っ裸だった。

 そのまま湯気を掻き分けるような不思議なしぐさで、粗い石畳の上をおそるおそる近寄ってくる。


「わたしだって嫌だけどしかたないでしょ。一緒にいないと、おまえを守れないんだし――あ、いた」


 予想外すぎる事態に固まっている俺の前まで来ると、小首をかしげ、しげしげと舐め回すようにこちらを観察し。

 それから湯気に濡れて黒光りする自分の尻尾を、自慢げにかき(いだ)く。


「おまえのそれ、やっぱり尻尾だったんだな。わたしのと比べるとずいぶん小さいみたいだけど」

「いきなりそこかよ! これは大きけりゃいいってもんじゃないの! っつうか見るな!」

「そっか前尻尾じゃ、大きかったら邪魔なだけだもんな」

「そもそもこれは尻尾じゃありません!」


 腕に抱えた尻尾の先をぴこぴことかわいく振ってみせる少女に、俺は股間を押さえて湯船に逃げ込んだ。

 少女は湯気をかきわけつつ、てしてしと近づいてくる。


「まて、おまえ……おま――あきら、どこだ? なんで逃げるの?」

「……男湯へようこそ、お嬢さん」

「あれ、主子? ――も居たのか。あ、よかった、おまえもみつけた」


 声をかけられて初めて、コンシュの存在に気づいたらしい。


「なんでこいつが居るのすら、目に入らないんだよ」

「だってなんか火山臭いし、水音はうるさいし、そのうえ光る霧で何も視えないんだもん……」


 それにしても、と嫌そうに鼻先にシワをよせて、湯に沈んでいる男二人をジト目で見下してくるヴィラ。


「この光ってる液体は水か? こんな何も見えない場所に来てまで水に漬かりたがるなんて、どれだけ被虐趣味なんだ」

「なにが見えないのさ?」


 言葉につられて周囲を見渡す。

 浴場内は確かに湯気で充満しているが、湯船からでも脱衣所の扉が見えた。

 ヴィラめ、開けっ放しで来たな。


「普通に見えるだろ、お湯だって別に光ってないし。逆にお前には何がどう見えてるんだよ?」

「え、ほんとか? ちょっとおまえの視界見せて」


 意外そうに答えたヴィラがしゃがみこんできて、俺の首筋に触れた。


「ちょっ、手ぇ冷たいよ!?」

「……ほんとだ。なんでこんなによく見えるんだ? わたしなんてこうだぞ」


 言葉と共にヴィラの視覚情報が流れ込んでくる。

 少女の視界は、赤白く輝く霧でおおわれていた。

 なんとか見えるのは、光った水面の上の俺の頭だけ。

 コンシュは、頭の輪郭がぼんやりと認められる程度。


 なんだこれ、熱が見えてるからこうなるのか。

 ただ暖かいだけの湯気がこれほど視界の邪魔になるとはね。

 何でも見えてしまうってのも、実は意外と不便なんだな。


「自覚してなかったけど、そうなんだな。これはおまえの視界に頼るしかないな」

「それはまあ、いいんだけどさ……」


 他人のいる前で、恥ずかしげもなく全身さらけ出した挙句に、俺の思考に普通に声で受け答えをしている少女。

 確かについ今しがた俺自身がヴィラの正体をバラしたわけだが、本人がこうまで無頓着だと、今まで必死に隠してきた俺の努力が馬鹿らしいものに思えてくる。


「だいたいお前は、なんでちゃんと裸なんだよ。サシャさんにでも風呂の入り方聞いてきたの?」

「ん? そこにいた、あの頭つるつるに注意されたんだ。ここには服を脱がなきゃ入れないんだぞって」

「つるつるって……おいちょっと待て」


 ヴィラの当然そうな言葉にぎょっとして、脱衣所の入り口に目をやる。

 筋肉で鎧われた中年ハゲ頭の全裸を見つけて、全身から力が抜けた。


「やっぱハゲ……まで居るのかよ……」

「そりゃいんだろ。脱衣所で服脱いでて、風呂に入らないって法があるもんかよ。言っとくがな、先にこっちが脱いでる所に、嬢ちゃんが入ってきたんだからな」


 なにこの嬉しくもなんともない男裸祭……。


 すっかりやさぐれた気分の俺を尻目に、ハゲは湯船から直接湯を汲んで身体に掛けるだけで、湯船に入ってきた。

 布巾を頭に載せて気持ちよさそうにふいーっと息をつく。


「ちなみにだな、魔道士殿。おりゃハゲじゃねえ、タケってんだ。この頭は剃ってるだけで、位階は兵長だ。よろしくな」

「……っつか、あんたまで平気なのな。こいつ見て」

「主都の公衆風呂屋にぁ、ちっさい子なんざごろごろいんだろうがよ。まあこれであと十も違ってたら、さすがに女湯行けって怒鳴ってただろうがな」

「うん、いいんだけどさ……」


 ……今まで俺は何のために、必死でヴィラの正体を隠してきたんだろう。

 ハゲ――タケ兵長だっけ――まで無反応とは、さすがに予想外だったわ。

 こんなんだったら、最初からマントなんて被せなくても良かったんじゃないか。


「あ、そうか。おまえ以外にはこの身体、見せちゃいけないんだった!」


 俺に触れたままだったヴィラが、いまさらのように叫び声を上げる。

 やにわに立ち上がると腰に手を当て、胸を張って湯槽のヘリから男三人を見下し、威厳を取り繕おうとする胸なし。


「ええと、きさまら! わたしの尻尾がきさまらの前尻尾よりも大きいからって、別にヘンじゃないんだぞ。これはただ個体差なんだから!」


 言いわけの方向を完全に間違えている人外少女。

 男二人からの同情の視線が突き刺さってきた。


「つまりお嬢さんは、実はお坊ちゃんだったと。……ええ、稚児灌頂(ショタ趣味)は教会としても公然の秘密なので、何の問題も……」

「さすがにこんだけデカいとな……自慢程度じゃ済まんわなぁ」


 あんたらの優しさは心に沁みるよ。でも方向性を完全に間違ってるだろ……。


 俺はゆっくりと、湯船に沈んでいった。




そろそろシリアスパートに向かいます。

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