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26.女たちの魔の手?



 各々の反応に満足したように目を細めたサシャが、発言を続ける。


「首は無く、全体的にかなり焼け焦げてございました。引きちぎられたような跡もございましたので、赤き竜に喰われたのやもしれませんわね」


 この地に棲まう白き竜って……。


 いやな予感――というかほぼ確信――を持って、少女を見る。

 サシャの言葉を黙って聞いているその横顔は、能面のように真っ白く無表情で、そして硬くこわばっていた。

 そっと手を伸ばしてヴィラの手に重ねると、触れた手が一瞬怯えるように震えた。

 安心させるようにぎゅっと握る。


 やっぱり、お前の親……か……。

『違う。あんなの親じゃない。わたしを産んだだけの、ただの牝だ』


 本来、母親とでも聞こえるべき言葉が、俺の脳裏にひどく冷たく響いた。

 伝わってくる思考には、明確な拒絶の感情が伴っていた。


 赤いアイツの目前で蹴落とされたというのは聞いていたが、それにしても、ここまで強い拒絶になるだろうか。

 もしかしたら、これまでもずっと何かされ続けてきたのか。


『何をされたかだと!? 別に何もされてない!』


 俺の思考が逆鱗に触れたのか、ヴィラは激昂して立ち上がる。


『ずっと欠陥品扱いされていただけだ! わたしがあの牝の思うように育たなかったからな! 赤いアイツの眼前にわたしを叩き落して囮にし、自分だけ逃げただけだ! わたしがいると足手まといだから!』


 ぐちゃぐちゃな感情が少女の思考を寸断し、ひどく混乱している。

 燃えるような赤い瞳が丸く開き、俺を睨み付けていた。


 気持ちはわかるけど――いや、ごめん。理解なんてできるわけないだろうけど、少し落ち着いてくれ。

『あんな奴のために、なんでわたしが取り乱したりする必要がある? 死んだだと!? 二度とわたしなんかを見る事もなくなって、良かったじゃないか!! |自分の行った様でも存分に見てろ《ざまあみろ》、だ!!』


 強烈な絶叫の思念を俺に叩きつけると、少女は飛び出して行ってしまった。


「ちょっ、待てよ!」


 コンシュたちの物問いたげな目を無視して、慌てて荷馬車から飛び降りる。


 視界の届く中に少女の小さな姿はすでに無かった。

 この辺りの森は道沿いなだけあって人の手が入っている範囲であるようで、見通しはそれなりだ。

 しかし相手はドラゴンの化身だ。本気で逃げられたら、人間風情には追いつけるはずもない。


「どこ行った、ヴィラ!」


 大声で呼んでみるが、返事は無かった。

 くそ……なんで逃げる必要なんてあるんだ。





 下草に足を取られつつ、小さな背中を捜してあてもなく走っていると。


 通り過ぎようとした大木の頭上から、小さな声が降ってきた。


「……わざわざ追いかけてくるなんて、ばかなんだから……」


 見上げると、地上五メートルほどにせり出した枝から、黒い尻尾が垂れ下がっているのが見えた。

 振り返ればかすかに荷馬車の影が確認できる。その程度の距離でしかない。少女にとっては間違いなく認知範囲内だ。

 やはり本気で逃げたわけではなかったようだ。

 よかった。

 俺が即座に追いかけてきたのを見て、思い留まってくれたのだろう。


 ゴツゴツした樹皮の引っ掛かりとコブを足がかりにどうにか登ると、少女は自分の身体より太い二股に分かれた枝の上で、小さく膝を抱えていた。


「なんで追いかけてくるんだ……わたしみたいな役立たずを……」

「お前を欠陥品だなんて思える要素が、カケラもないからだよ」


 今にも泣き出しそうな小さな声になるべく優しく返してやると、少しだけ頭が動いた。


「たしかにわたしは、おまえに駆られて、初めて、ちゃんと飛翔できたけど……」

「そうだろ? 練習したらできるのは欠陥って言わないんだよ。ただ未完成な存在ってだけだ」

「そう……なのか……?」


 隣に腰を下ろすと、ヴィラはそっと寄りかかってきた。

 さらに小さくなった声で呟く。


「……でも、じゃあやっぱり、わたしを産んだ牝が死んだのはわたしのせいだ。わたしが最初からちゃんと飛べてたら、一緒に赤いアイツも打ち払えた……」

「そして、そもそも飛べない身体の俺なんか、喚ばなくても済んだのに?」

「え?」


 驚いたように顔を上げるヴィラ。


「ち、ちがう! そんなこと言ってないでしょ!」

「わかってるよ……だからしゃべる時はちゃんと相手を見て話そうな。でないと相手が本気で言ってるのかどうか見抜けないぞ」


 ニヤっと笑ってみせると、ヴィラは目を丸く見開いた。


「……も、もう。ウソだったのか!」

「ちょっとは落ち着けた?」

「落ち着けるか! びっくりしたの! これだから悪魔は……まったくもう!」


 頬をふくらませて、首にかじりついてくる。

 これならとりあえずは大丈夫だろうか。

 頭をなでてやりながら耳元に囁いてやる。


「お前の母親は残念だったけど、お前の責任なんかじゃないんだよ」

「でも……」

「親が死んだのが自分のせいだと思って、それで俺がお前を欠陥品だと決めつけると思ったら怖くなった?」

「ううん……わたしを産んだ牝の事はいいの……。わたしが欠陥品なせいで、おまえまで殺しちゃったらどうしようって思ったら……もう……」


 かじりついてきている腕が微かに震えていた。

 ヴィラの背中に回した腕に、少しだけ力を込める。


「お前はまだ子供なんだ。できない事があるのは当たり前だろ」

「でも……、でも……」

「だいたい俺だって、お前がいないと何もできないただの役立たずなんだけど、わかってる?」

「そんなことないでしょ……でもその嘘は、嫌じゃない。評価する」

「全くの本気で、嘘なんかカケラもないんだけど」

「ほ……ほんとに?」


 ヴィラは頭を離すと、口の端を上げて無理やり笑顔を作ってみせた。

 その顔は今にも泣き出しそうだった。


「じゃ、じゃあ、おまえは、これからもわたしと一緒に飛んでくれるのか? おまえは、これからもずっと“わたしのおまえ”で居てくれる……?」

「だから、俺はお前がいないと、そもそも最初から飛べないんだってばさ」

「うん……わたしもおまえがいないと、もう……飛べない……」


 そういうと、ヴィラはそっと、鼻を重ねてきた。





「あら、お姫様のお帰りですわ」


 荷馬車に戻った俺たちを出迎えたのは、サシャのからかいだった。

 目元を真っ赤に腫らしたままに満面の笑みを浮かべるヴィラをお姫様だっこしているんだから、そういう感想も出てくるか。


「わたくしの旦那様にも、これくらいの甲斐性は欲しいものですわ。ねぇ?」

「旦那ではありませんし、第四次教化遠征の撤退の折には、沢で立ち往生していた貴方を、三日かけて探し出した記憶もあるのですが」

「それは当然、心から感謝いたしておりましてよ? ですが、わたくしの言わんとしておりますのは、あのような抱かれ方でございますのよ」


「……わたしは、いろいろな冗談とやらに使われているようだな」


 首に絡みついているヴィラが二人のやりとりにジト目を向けると、サシャはくすりと笑った。


「お話の中心ともなりますれば、良かれ悪しかれ話の種にされるものですわ。有名税とでもお思いになられるのがよろしいかと」

「ああそれ、わかりますよ。俺も民衆への言い訳に使われましたから――」


 便乗して俺もコンシュをちくりとつついてやる。


「――この国の有名税ってやつは、ずいぶんと取り立てが厳しいみたいだよな、主子サマ?」

「ええ、それはもう。私など有名すぎて、命まで取り立てられそうな具合ですよ」

「……ですからこうやって、わたくしが常日ごろから陰に日なたにと、お守り申し上げているのですわ」


 しれっとした顔で返した当人は、しかし、さらに話を奪い返してきたサシャにしなだれかかられると、とたんに苦い顔になった。


「サシャ権宮司殿、そういった戯れはやめてください。この場には部下もいるのですよ」

「皆々さま方にはきちんとご周知いただきませんと、わたくし以外の女性方々に対する示しがつきませんわ? ですからこのように……」

「ですからではなく、この場では止めてくださいと……!」

「あら、この場でなければよろしいのですの?」

「そ、そういう意味では……っ」


 こんなにしどろもどろになっている主子様は初めてで、見てて面白かった。

 だが正直なところ、権宮司様もヴィラの前でイチャつくのは遠慮して欲しい。

 こいつがヘンな対抗意識を燃やしたら、どうしてくれるんだ。


 ……なんて俺の願いは、当然通じるわけもなく。

 ヴィラはさっそくノってきた。


「む? そうやると他の牝に対する牽制になるのか……権宮司よ、こうか?」

「いいえお嬢様、もっとこうですわ」

「こう……こうか」

「いいえ、もっと思い切って、こう!」

「こうか!」

「そうですわ! たいへんお可愛らしいですわ」


 女性二人はいつの間にか、目と目で通じ合っていた。


 危うかったヴィラの感情をうまく散らそうというサシャさんの手腕なんだろうけど、なんというか……なんかもう、ツッコむ気にも、感謝する気にもなれなかった。




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