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25.主子様がアレならの婚約者もコレ



 人の小走り程度の速度で走る荷馬車の上。


 すべてに燃え尽きた俺が荷物に身体を預けていると、投げ出した足にまたがっていたヴィラが、気遣わしげに顔を寄せてきた。


「あんまり気を落とすな。本当ならわたしにしか乗りたくないのはわかるけど、大丈夫だぞ? この“にばしゃ”とかいうやつは、ただの引きずられてる荷物と同じだ。な?」


 見当違いのなぐさめだったが、訂正する気にもなれない。

 ぐったりしていると、ヴィラは頭を抱きしめて鼻を押し付けてきた。

 鼻先で髪をぐりぐりとかき回される。


「ちょっ――いきなりなんだよ。ヒトの頭のにおい嗅いで楽しいの?」

「うん? 大丈夫だぞって、頭なでてるんじゃないか」

「もう大丈夫だから、持ち直したから」


 あきらめ半分で、どうにか身を離させる。

 荷台には俺たちだけだけど、馬車の回りは人と馬でいっぱいなんだよ。


 この場にいるのは俺たちのほかに、最終便の荷馬車二台に御者二名づつ、それとコンシュ、護衛兵四名、なぜか同行している白いローブを被った教会術士一人をあわせて六騎の計十人。


 逆に言えば、その全員にヴィラの甘えっぷりを思いきり見られてる。

 ……まあ、いまさらなんだけどさ。


「どうやら正気に戻られたようですね」


 ようやく再起動した俺を確認したコンシュが、荷台に馬を寄せてきた。

 ひらりと荷台に移って、併行する教会術士に「こちらへ」と声をかける。


(うけたまわ)りましたわ」と優雅な返事で馬を寄せてきたのは、赤毛の若い女性術士だった。


「第三主子殿下に於かれましては、ご機嫌うるわしゅうございます。何用でのお呼び立てにございましょうか? わたくしめの……」

「いいから早く乗ってください」


 コンシュ第三主子は、慇懃を通り越した女性の口上を気にもせずに、面倒くさそうに片手をぷらぷらと振っただけで、こちらに視線を戻す。


「魔道士殿、紹介します。こちらは被災状況を目的とした偵察分隊の長を勤めていただきましたサシャ権宮司(ごんぐうじ)です。権宮司どの、こちらのお二人が今回の討伐に助力してくださる、魔道士殿とその契約者のお嬢さんです」

「お初にお目もじ致します、サシャにございます。よろしくお願い致しますわ。また、お二方に置かれましては、末長くご多幸でありますよう」


 主子の紹介に応じたサシャ権宮司は、小柄な体に見合う身軽さでひらりと荷台に乗り移ってくる。

 途端にヴィラがいきり立った。


「あ、こいつ、こいつだぞ! おまえを獲物を狙う目で見てきた牝だ!」

「どちらかでお会い致しましたでしょうか?」

「ごまかしても無駄だぞ! 昨日、わたしのこいつから銀を受け取ったくせに!」

「あら、あの方たちでいらしましたの?」

「なんだそれは! しらじらしい!!」


 あ……まさか、宿の場所聞いた露天商の人か?

 むきーっとなってるヴィラの指摘に、サシャ権宮司はにっこりと笑う。


「あの節は、類まれなる御礼(おんれい)、大変感謝をしておりますわ。もちろんそれに続きましたヤキモチも、たいへん可愛く拝見させていただきましてよ」

「……権宮司殿、あなたは今朝がた帰隊したはずではなかったのですか……」


 優雅な態度のままで、しれっと本人であることを認めたサシャ権宮司に、コンシュが苦虫を噛みつぶした顔になる。

 サシャはそんな主子様を無視して、相変わらずヴィラから目を離さない。


「お嬢様におかれましては、ご安心あそばしませ。私も既に殿方との契約を交わしし身なれば、魔道士殿に言い寄ろうなどと、露とも思ったりは致しませんので」

「権宮司殿!」

「なんですの、わたくしの契約者様?」

「……人の場合は“契約”ではなく、あくまで“婚約”でしょう」


 あーこれは、この人、さっきの馬の前での話も聞いてたのか。

 てか、人間界ではやっぱり契約ではなく婚約なんだな。

 まあね、“これから子作りします(契約)”よりは、“夫婦になります(婚約)”の方が、表現もマイルドだしな。

 そしてつまりこの人は、主子様の婚約者、と。


「だいたい、貴女と私が婚約していたのは、私が教会に押し込められていた頃の話です。位はそのままですが、還俗し教会を離れた今、その話は立ち消えとなった筈でしょう」


 主子様におかれましては珍しくも、あぐらに片肘をついて、そっぽを向いておられた。ぶっちゃけ、やさぐれてる。

 そんなコンシュに、サシャさんがしなだれかかる。

 視線はこちらを向いたままで、まるでヴィラに見せ付けるかのように。


「あら、つれない旦那様。わたくしのあなた様への心よりの調査報告に、興味はございませんこと? わたくしはあなた様のお役に立てる女でございますわよ?」

「わ、わたしだって……わたしのこいつの役に立ってるもん!」


 簡単にノセられたヴィラが、首筋に鼻先をうずめてくる。

 つか、なにいきなり張り合い始めてんのこの二人?


 完全にあきらめた表情のコンシュと目が合った。

 二人同時に、深いため息を吐き出す。


 今、俺とコンシュの心は、一つだった。





「……サシャ権宮司、報告をお願いします」

「はい。(うけたまわ)りましてよ」


 コンシュが苦々しげにサシャ権宮司を引き剥がすと、サシャも何のためにここにいるのかを思い出したようだった。

 胸の谷間から分厚い紙の巻物を取り出すと、テーブル代わりの箱の上に広げ、顔つきを変える。


「これは禁断の地を中心に据えた、広域地方図でございます。軍用の詳細地勢図を無断で複製しておりますので、他言はご無用にお願いいたしますわ。……魔道士様は地図の見かたはご存知でして?」


 無断複製の辺りからコンシュの顔がすごいことになるのを無視して、サシャが意外に真面目な目線を寄越してくる。俺はそれをさらに無視して、無言で地図を覗き込んだ。

 この世界に来て三日目、ようやく手にできた地勢情報だ。


 五十センチ四方ほどの厚い紙に書き込まれた地形を、まずは大雑把に見る。


 大きく三方を山と崖に取り囲まれた、いびつな菱形――潰れた長方形?――の窪地。それを中央に、地図の下側――おそらく南方向――になだらかに広がっている平地、その先には海が広がっている。

 俺たちの流されてきた川は、途中に小さな湖を経ながら、最終的にはV字型の湾海へと至るらしい。


 窪地を望む崖の上、北西にはやはり平野が広がり、ひときわ大きなマークが標されていた。ここがこの国の首都なのだろうか。確かハゲが“東の都”とか言ってたっけな。

 飛んでる時にヴィラが言っていた“崖の上の人間の大きな棲息地”ってのも、ここの事だろう。


 その他、三重丸二重丸がいくつか散見される他に、小さな丸が多数点在しており、それらは曲がりくねった線で繋がっていた。つまりこれが町や村とそれを繋ぐ街道だ。

 見た限りでは街道も街も、盆地を大きく包囲迂回するように存在し、窪地内には一本もない。ま、ここドラゴン(ヴィラ親子)生息地だしな。


 地名や細かく書き込まれた情報等はまったく読めないが、それでも十分すぎる。

 惜しむらくは、隅に書かれているスケールの単位が理解できないため、距離感がいまいち掴めない所か。


 街や村の上に印されている手書きのバツ印は、襲撃されたことを表すのだろう。

 街道が記されていない場所にも小さな丸が点在し、中央窪地の周囲の半分かたがバツで潰されていた。

 また、何も無い森と思しき箇所に所々、何か発見した地点を書き込んだらしいバッテンと補足の文字列があった。


 それらを見ていると、どうしても最初にたどり着いた集落を思い出してしまう。

 全滅して動く者の影もない、完全な廃墟。そんなのがこんな大量に存在するっていうのか。


 窪地南の平野部には、川に隣接した二重丸は一つだけ。

 俺はそこを差して、確認する。


「討伐隊が駐留していた街はここだな」

「ええ、そうです」

「……被害は思ったより広範囲だな」

「かなりの執拗に襲撃されているようですね。奴は一体何が目的なのでしょう」


 俺の呻きに、コンシュが顔をしかめて言葉を重ねてきた。

 ヴィラも俺の膝の上で押し黙ったまま、地図を凝視している。何らかの情報を読み取ろうとしているのだろうか。


「集めた証言によりますと、襲撃は全て赤き竜一体によるもののようですわ。突然出現する巨大な丸い雷と、飛翔する火の玉。それと光の柱による空の上からの一方的な攻撃、だそうです」


 丸い雷というところで意味ありげにサシャがこちらに視線を送ってくるが、もちろん無視させてもらう。

 あの探知式の爆発の報告が上がっていないのは、アレを喰らった集落は(ことごと)く生存者がゼロだったからだろうか。


「被害はまちまちなようですわね。一人残らずという村もあれば、人的被害はほとんど受けていない街もありました。大体の所が二三撃で去っているようで、大きな街ほど損害比率は少ないようでしてよ」

「意図が不明ですね。示威行為に見えなくもないですが……ところでこの、村も何もないところに記してある印は何なのです? この“火”と“死体”というのは」

「あら、文字通りのモノでしてよ」

「明らかに禁足境界を割っているように見えますが……もしや?」


 腕を組んだコンシュの水向けを、サシャはさらっと受けた。

 盆地の南東の端のなだらかな山地の、盆地から見て外側の斜面を指す。


「さすがに側までは寄りませんでしたけれども、遠くから見ても異変は明らかでしてよ。ここですわね、洞窟から火でも噴いたかような跡がありましたの。入り口周囲の森林が、大規模に焼け焦げておりましたわ」


 おそらく俺がヴィラに召喚された洞窟だろう。盆地の外側って事は、多分“大きな入り口”の方なんだろう。そうか、この辺りから俺の旅は始まったのか。

 こちらの心情を知る由も無いコンシュが、諦めたかのように首を振りつつ聞いてきた。


「現地を見たサシャの見解は? 魔道士殿の見立てはどうです?」


 俺はその発言を黙殺し、サシャ権宮司は思わせぶりに口端を引き上げる。


「さて……竜同士でのいさかいでもあったのではありませんこと?」

「竜同士で争った……サシャ、あなたはいったい、何を見たのです」

「それは次でご理解いただけますわ。わたくしの主子様?」


 艶然と笑うサシャ権宮司を、盗み見るように見上げる。

 一体この人は何を見たんだ?

 膝の上のヴィラは、まっすぐに地図を覗き込んでいるだけ。少女の横顔からは何の表情もうかがえなかった。

 表情が無いというより、何かを押し殺しているような、我慢しているような。

 全てを拒否しているようにも見えて、思考を確かめるのもためらわれた。

 サシャの報告は続く。


「次の(しるし)は、ここにございました。禁断の地より南東に半旅程ほどの森の中ですわね。報告に戻る途中で見つけましたの」


 洞窟の右下辺りにあるひときわ大きなバツ印だ。

 もったいつけて言葉を切ると、サシャは俺たちを見回す。


 コンシュと俺は顔を見合わせてから、見当も付かないというように首を振った。ヴィラはじっと地図を凝視したまま無反応だ。

 サシャは俺たちの反応を観察するように、ゆっくりと言い放った。


「遺骸、でございましたわ。……この禁断の地に棲まう、白き竜の」


 その発言に、場は凍りついた。




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